「珈琲を1杯 ーアンタ、見ない顔だな」
知人からタイトルのお題を貰い、お題に沿ったストーリーを書いたものです
珈琲を1杯頼むと言葉少なに注文を投げかけた女。彼女の瞳にはどろりとした重く暗い光が爛々と宿っていた
「珈琲を1杯頼む」
滑るようにカウンター席へ座った女がぶっきらぼうに注文を投げかけた。
僅かに目を見開き女の容貌を注視する。
くたびれたトレンチコートを羽織り、乾いて艶のないひっつめ髪を首の後ろに流した…恐らく30代半ばの女だ。簡単な化粧を施しているが、隠しきれない目の下の隈や肌のハリのなさが乾ききってやつれた印象を与える。
「珈琲はホットかい?それともアイス?」
「…あなたが一番美味く淹れられる方で」
さして大きくはない、けれどはっきりとした声で返事をされ私は鼻白んだ。喫茶店の店員である私の腕前を試しているわけでは無さそうだ。女の目線は先程からカウンターの木目ばかりを追ってこちらを一向に見ない。
「では、当店自慢のオリジナルブレンドをお出ししよう」
わざと慇懃無礼に胸に手を当て、私はブレンドコーヒーを淹れる準備に入る。ケトルに水を注いでコンロにかけ、コーヒーサイフォンの火を入れる。真っ白なコーヒーカップとソーサーを用意するのも忘れてはならない。手早く用意しながら私は女をちらっと見つめる。
「アンタ、見ない顔だな。…ここは初めてかい?」
相変わらずカウンターの木目を眺め続ける女に声を掛けると、ようやく彼女はこちらを向いた。
改めて女の顔を見るとやはり隈が酷く、顔色も悪い。メガネの向こうから覗く目だけが爛々と光り、ある種の執着にも似た強いなにかを宿している。
「…珈琲を飲んだらすぐ出るつもりだ」
「…行くあてはあるのかい?」
「ある。やり残したことを片付けに行く」
女の目にどろりとした重く暗い光が宿る。なるほど、女の目に宿ったものが執着だと判断していたが、どうやら違ったらしい。女の目に宿ったそれは執着と表裏一体の仄暗い感情…憎悪に似ている。
よほど現世で酷い目にあったのだろう。そして、この幽世へさ迷ってしまっても己に憎悪を焚き付けた輩に一矢報いてやる、そう物語る目だ。
私はそうか、と短く返事をして熱そうに湯気のたつコーヒーをカップに注ぎ、女の前に差し出す。
女は小さく感謝を告げると黒々としたコーヒーをちびちびと飲み進める。
ケトルが湯を沸かす音と時折女が小さく身じろぐ衣擦れの音だけが静謐なカウンターに落ちていった




