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人にこの想いを告げるのは初めてで、顔に熱が集中するのが分かる。
顔を赤くしながらイネス先輩を見ると、彼女は真剣な顔をしていた。そして、ゆっくり口を開く。
「まずは、軽々しく尋ねてしまってごめんなさい。ヴィヴィアンヌさんたちの複雑な関係を考えず、浅慮なことを言って本当にごめんなさい」
「いえいえ、全然大丈夫ですよ」
むしろそれくらいに気が緩んでいたというのならとても嬉しい。
「それから、私は貴女がどんな人であれ、恋をする権利がないなんて、絶対思わない」
「イネス先輩……」
「ちょっと長くてお昼休憩全部使っちゃうかもだけど、私の話聞いてもらえるかな?」
私はこっくり頷いて「もちろんです」と答えた。
そうするとイネス先輩は本当に安心したように、笑ってから、中庭に移動してポツリポツリと話し始めた。
「私の父は、罪人なの」
「え……」
「平民の私たち家族は、黒髪を持っていることを理由に、『悪魔』だと呼ばれてたんだ。
だから村八分のような扱いを受けて、平民の中でも貧乏で、毎日を生きるのに必死で、でも村から逃げれるお金も無くて……そんな時、私の弟が流行り病にかかっちゃった」
病院に行けば、薬をもらえればすぐに治るような病気。だがイネス先輩の住んでいた村に薬師はいなかった。三つ山を越えた所にある村には薬師がいたが、その日は嵐で、とてもそんな場所には行けない。
それに、お金なんて彼女たちは持っていなかった。
「だから、せめて、せめて温かい栄養のある物を食べさせてやりたかったんだ。だけど我が家はいつもギリギリだから、そんな栄養のある物がなくて……」
――だから父は、盗みを働いたの。
私はひっそり息を呑んだ。
「近所の卵が売っている所に、父は嵐の中行って、そして帰ってこなくって」
私は、イネス先輩の手を掴んだ。微かに震えるその手は、今まで甘やかされてきた私と違って、傷だらけで、皮膚が厚くて、とても強い手だった。
「弟は、嵐を乗り越えられず死んじゃった」
それから、嵐が止んだ次の日にイネス先輩と母は、父を探しに行った。そして見つけてしまった。
鞭打ちにされ、地面に倒れている父を。体はピクリとも動かず、父を囲む村人たちは「死んでしまったな」「この盗人が」と言葉を吐いている。
その様子を、遠くの家の陰から見ていたイネス先輩は、お金もなく行く宛もないが村を出ていくことを選んだ。
父が、家族で決めていた指文字の一つである『逃げろ』をしていたから。
弟の死体も、割れた卵を守るように蹲っている父も捨て、イネス先輩と母は走り出した。
そして、道端で倒れていた所を運良く薬師のおばあちゃんに拾ってもらえ、そこで知恵をつけ王宮のメイドになれたらしい。
「ヴィヴィアンヌさんは、こんな罪人みたいな私を、軽蔑する? やっぱり、汚いと思う?」
「いいえ……っ、いいえ!」
「……ごめんね、ありがとう。泣かせたい訳じゃ、なかったんだけどね」
私の背を、イネス先輩が優しく撫でる。その温かさに一層涙が誘われた。
「私たちは、生きる為に必死だった。だからその時も、弟が一番生き残る可能性が高い選択をした」
僅かに水が張った瞳を細め、イネス先輩はゆっくり笑う。
「盗むことは間違っているけど、それでも私たちにはその選択肢しかなかったから。
だからね、ヴィヴィアンヌさん。決められた選択肢を選んだことを理由に、自分の大切な気持ちを殺すことはないと思う。たとえ、過ちは消えないとしても」
「それに、見てれば分かるよ」私の手を握りしめながらイネス先輩は言う。
「ヴィヴィアンヌさんが、とってもいい子なこと」
「……っ」
私はきっと、今まで自分はかなりの不幸者だと思っていたんだと思う。
でも違った。皆苦しいことは沢山あって、辛いことも沢山あって。だけどそれでも、前を向いて生きているんだ。
「私っ、私、イネス先輩のまっすぐな黒髪、どんな宝石よりも綺麗だと思います」
きょとん、と目を見開いたイネス先輩は、それから声を上げて笑った。
「ありがとう。じゃあ、午後の仕事も頑張ろっか」
「はい」
私が進んだ先にあるのは『死』だけだとしても。それでも顔を上にして、前を向き続けたいと、そう思う。




