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「…………」
「ヴィヴィアンヌさんっ、王太子殿下がいたのに教えるのが遅くなってごめんなさい」
籠を持ちながらトテトテと近づいてくるイネス先輩に「いえ、私の不注意です」とだけ返した。
そのまま、イネス先輩に教えてもらいながら仕事は滞りなく終えることが出来た。……シーツにシワがかなり寄ってしまって、結局最後はイネス先輩が整えてくれたが。
しかしそれでも初めての仕事に達成感を感じながら、お昼を告げる鐘が鳴った為イネス先輩と一緒に食堂へ向かう。
「ヴィヴィアンヌさんはなににする?」
「えっと」
メニューが書かれている看板を見ると、美味しそうな料理が沢山並んでいる。
私は、その中の一つに心惹かれた。
「あの、オムライスとはなんですか?」
「えっとね、トマトソースで味をつけたご飯に卵が載ってる料理だよ」
聞くだけで美味しそうで、私は迷わずそれにした。
それから紆余曲折あり私は無事オムライスを頼めることができ、パスタを食べるイネス先輩の隣でオムライスを頬張っている。大口を開けて食べるなんて今までの私では信じられないような行為だったが、いつもより美味しく感じるのは何故だろう。
もしかしたら、周りの雰囲気もあるのかもしれない。
人々は私をチラチラと警戒しつつも、おもいおもいに料理を楽しんでいる。食事の場でこんなに活気づいているのは初めてだ。お父様との食事は、いつも静かだったから。
周りをキョロキョロとしながらオムライスを食べる私の横で、イネス先輩が「ふふっ」と笑った。
「周り見過ぎだよ、ヴィヴィアンヌさん」
「あ、ごめんなさい、こんなに賑やかな食事は初めてで」
もう一度可笑しそうに彼女は笑った。それから、私の耳元に顔を寄せる。
「そういえば気になってたんだけど、ユベール様とヴィヴィアンヌさんって、その、仲が良いの? さっきなんだか気安かったから」
ヒュ、と喉が詰まった。
そうだ、と理解する。きっともう、彼が私の奴隷として生きていたことをイネス先輩は知っているのだろう。もしかしたら、隣国とカサハインの民たち全員がもう知らされているかもしれない。
そして彼が私に敬語を使っている様子などからこう思ったのだろうか?
――王女は、奴隷に恋人のような真似事をさせていたのではないか、と。
ドクドクと心臓が嫌な音を立て、私はすぐにそれを否定しようとして口を開きイネス先輩の顔を見た。
そして、自分の短慮を恥じた。
ああ、違う。
彼女は、私を侮蔑も嘲笑もしていない。優しく私の返事を待っている。
この人の中では、私は『カサハインの王女』ではなくただの『ヴィヴィアンヌ』なのだと、優しい眼差しがそう言っている。
素直になれる気がした。
今度は私が、イネス先輩の耳に顔を近づける。
「違います、私は彼の恋人ではありません」
「あっ、そうなんだ」
「はい。……ずっと、私の片思いでした」
イネス先輩がフォークをポロリと落とした。フォークはパスタが載った皿を叩き、かん高い音が響く。
「私は『悪逆な王女』だから、彼に恋をする権利なんてないと分かっていても、ずっと、好きだったんです」
彼に恋に落ちた瞬間を、忘れたことはない。