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今日から私は使用人として働く。
教育係として与えられた少女に挨拶をした。
「今日からよろしくお願いします。ヴィヴィアンヌです」
「……はい、よろしくお願いいたしますっ。私はイネスです」
会釈をする私に顔を青くしながら、まっすぐな黒髪が美しいメイドの少女も頭を下げた。
「……私はもう王女ではないので、敬語はやめてください。今の私たちは、後輩と先輩です。気軽にしてください、イネス先輩」
「は、はいぃ……」
まだプルプル震えている彼女にどうしたものか、と思案しながら、私は自分の着ている服を見た。
メイドたちがいつも着ていた服は、スカートの丈も膝を少し越した程しかなくて、素材も軽く動きやすい。
それに、エメに教えてもらったら私一人で脱ぎ着できるくらいには簡易的な設計の服だった。
体がいつもより軽く、鼻歌を歌ってしまいたくなる。
そんな私にイネス先輩が恐る恐る話しかけてきた。
「あの、髪の毛、短いです……短いね」
わざわざ敬語を言い直している彼女に少しだけ申し訳なくなりながらも、私は頷いた。
「長くても邪魔なだけなので、鎖骨辺りまで切ったんです」
どうせ処刑の時には、短くされるしね。
「そうなんだね……」
「はい、でも私はパーマが強いのでイネス先輩みたいに下ろすのには向いていないんですよね」
王族特有の金髪は、エメが三つ編みにしてくれた。私はそれを触りながら、イネス先輩の黒髪を見つめる。肩まで伸びた黒髪はまっすぐでとても美しい。
「でも、ヴィヴィアンヌ様……さんの髪も、蜂蜜みたいな金色でとっても綺麗」
「ありがとうございます」
自分で切ってみたらボサボサになって、それを目撃した彼とエメによって慌てて整えられたということは、イネス先輩を困らせてしまいそうだから口をつぐんでおくことにした。
「じゃ、じゃあまずはベッドメイキングしてみようか」
「はい、分かりました」
イネス先輩の案内のもと歩き出す。そうすると周りから怯えの視線が飛んでくる。
それは、私が王女だった頃に仕えてくれていた使用人たちの顔ぶれだった。私は苦笑する。私だって今まで恐れていた人間が同僚になったら怖い。
「どうかしたの? ヴィヴィアンヌさん」
「いえ、なんでもありません」
イネス先輩は隣国出身だ。彼が余計な諍いを避ける為に、王女を恨んでいるであろうカサハイン国の者ではなく隣国のイネス先輩が選ばれた。
私としても、イネス先輩は私に『怯え』という感情は抱いていても『恐怖』という感情はないようなのでやりやすい。
そして、まず向かったのは真っ白なシーツが沢山積まれている部屋だった。
「ここで、シーツを取っていくんです」
小さいシーツから大きいシーツまで沢山あり、私は圧倒される。
「えっと、じゃあこの枕用シーツと、布団用と、ベッド用と……」
「はい」
一個のベッドでも何枚もシーツを使う。だから私もイネス先輩も目の前が見えづらくなるくらいのシーツを籠に積んだ。
「じゃ、じゃあ行こうか。……でも本当に大丈夫? 私もうちょっと持てるよ?」
「全然平気ですっ」
正直重いし前もよく見えないし辛かったが、同じ物をイネス先輩が持っているのだから私も頑張りたかった。
ヨロヨロとなりながら、私は歩き続ける。足元しか見てないので、道案内はイネス先輩の声が頼りだ。
だから耳に意識を集中させていると「ヴィヴィアンヌさん、前……!」とイネス先輩の声が聞こえた。
「え……きゃっ」
なにかにボヨンと当たる。当たった拍子にシーツの山が崩れ顔にかかり藻掻いていると、誰かが籠の上に戻してくれた。
そして、乱れた髪を直すようにスルリと頭を撫でられる。
「頑張っていますね」
四年間聞き続けた声が、頭上から降り注いだ。