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「……賢い少女だったな」
隣国の王が、王女を部屋に送り届けてから帰ってきた、自分の息子である銀髪の男に話しかければ「そうでしょうとも」と彼は頷いた。
どこか誇らしげな彼に王はため息をつく。
「そういえば、お前に重度の傷を負わせ奴隷商人に売り渡した従兄弟であるあやつは国境の騎士団に加えた。今頃死ぬ程鍛えられているだろう」
王女の奴隷だった彼は、元々隣国の第一王子だった。だが騙され怪我を負わされ奴隷商人に売られ、王女の前に奴隷として来たのだ。
その時の彼は、売られた時に魔力も限界まで絞り出されているので死にそうな毎日だった。魔力を持つ者にとって、魔力の枯渇は死を示しているのだ。
毎日毎日微々たる魔力は溜まっていくが、その魔力は四六時中ピアスの隠匿魔法に使うから、隣国に通信を送るほどの魔力が貯まらない。このままでは二十年はゆうにかかってしまう。そしてご飯も最小限しか与えられず体力も戻らない。まさに八方塞がりだった。
そんな彼が王女に最初抱いた印象は『頭お花畑』だった。自分が疎まれていることを知らず、自分が悪であることを知らず、他人を無意識に踏みつけにする女。
自分を買ってくれたことだけには感謝しながらも、王女を同じ王族という立場にいる人間として軽蔑していた。
だけどいつからだったか。
闘技場で、死人を初めて見たと言いたげに顔を青ざめさせた時か。
同じ奴隷だった女が飛び降りて死んだ日、王女のベッドから死を悼む歌が小さく聞こえた時か。
彼女が買った奴隷が自分以外いなくなった時に、彼女が『悪逆の王女』に相応しい笑みを浮かべた時か。
残飯と称し与えられる食べ物が手つかずだということに気づいた時か。
首輪を付けられてから、殴られることがなくなった時か。
自分の耳たぶを触る王女の真意に気がついた時か。
彼は、少女を軽蔑した自分を恥じた。『知らない』ことは罪だ。だが、『教えられない』ことは罪じゃない。
王女は、淀みきった王家に取り込まれた、可哀想な少女でしかなかった。
彼の父親は、長い長いため息をつく。王妃も目を伏せながら言葉を発した。
「あの娘が、三年間執務仕事をしたそうね。確かに荒削りですけど、彼女がいなければカサハイン国はもっと早く滅亡していたでしょう」
宰相がそれに頷き、十六歳から十九歳までの間に王女が捌き続けた書類の束を痛ましそうに見ていた。
ユベールにもしもの時の為にとピアスを渡した、隣国の筆頭魔法使いも声を上げる。
「かの方がユベール様のピアスに魔力を送って下さらなければ、いや、ユベール様を買って下さらなければ、ユベール様はとうに死んでいたでしょう」
今度は、カサハイン国を侵略する時最前線に立った騎士団長が言う。
「王女のお気に入りとして、王の至近距離にユベール様が寄ることができなければ、王の首を最初に討ち取れなければ、我らの侵略は戦争となり激化し、もっと多くの死者が出ていたであろう」
『悪逆な王女』のお陰で、こんなにも全てが丸く収まった。奇跡と呼べる程に。
それは称賛されるべきことだろう。
「……だが、王女の頑張りを知っているのは我ら一部の者だけだ」
そう、ポツリと筆頭公爵の当主が言葉を漏らした。
「民、特にカサハイン国の民たちは、悪逆の限りを尽くした王族たちを許さない。現にまだ処刑されていない彼女に怒りが溜まっている様子だ。暴動が起こるのも時間の問題だろう」
王は、自分の息子をひたと見つめた。
「いいか、ユベール。このままでは、民の怒りを鎮める為に見せしめとして戴冠式の日に彼女を殺すしかなくなる」
「知っております、父上」
彼女が今まで行ってきた功績を発表しても、きっとカサハイン国の民の怒りは収まらない。自分たちを騙すた為の捏造だと思い、むしろ民の怒りを焚きつける結果となるだろう。
そうなったら、どれだけ彼女が国の為に尽力していたとしても、隣国にとっては恩人だとしても、王たちは少女を処刑するという選択をしなければならない。冷たいようだが、これぐらいの判断力がなければ王としてやってはいけないのだ。
どうしたら、次の春を少女と共に迎えられるのだろう。
青年は彼女がくれた、今は首から外れた首輪を手で握りしめながら、思案する。
答えは出ない。それでも考え続けなければ、ともう一度首輪を握る手に力が入った。




