鼻水ブリッジ
「農家さんは凄いよ。ボクなんてダメダメだった」
「このタイミングで言われても嬉しくないな」
ちょうど感染者二人をなますにして動きを止めた頃だった。彼女らは天国と言う場所に行けただろうか。俺はあまり宗教とは疎遠であるが、時々、クリスマスやら初詣などするタイプの人間だ。
恐らく死ぬときには仏教徒になるのだろう。そのためには、どの宗派にするのか決めておかねばならないかもしれない。自分の体質的には、八百万の神々が性に合っているのだが、流石に山の中で動物につつかれたいなんて言って引かせるのも違うと思った。
でも俺は、山の中で真っ白な白骨が(頭痛が痛いみたいな言い回しだな)回りに散らばるのは美しいと思うタイプだった。
山には大変助けられて生きてきたし、お返しするのは筋が通っているように思えた。
「ボクって生きてても良いのかな?」
「急にどうしたの?」
ダンゴムシ君が珍しく弱音を吐いている。心なしか背筋も曲がっているし、足先で地面を蹴っていることから落ち込んでいるのは間違いなかった。
「ボクは、足手まといだ。農家さんのお荷物だ」
「だから?」
「死んだ方がいいんだけど、死にたくないんだ」
そう言ってこちらを見た目は今にも涙が零れそうだった。
俺にはそれに対処する言葉がなかった。今までできる限り人との接触を避けてきたからだ。だがら、映画の真似をする他になかった。
映画ではこういうとき、抱き締めて頭をさすったりするのだ。接触である。洗っていない手の事とか、人には常在細菌がいて、それはつまり、その人固有の生態系を皮膚の上に持っていて、そのバランスが崩れた時に肌感染症にかかるとか、そういうどうでも良いことが頭を駆け巡りつつ抱き締めた。
細い身体だった。食べさせているつもりなのだが、彼の身体はエネルギーを取り込むことに優れていないのだ。あるいは、影で吐き戻しているのかもしれない。彼は1食二合ほど食べる。
「いたいッスよ」
散々迷った挙げ句、頭をポンポンと押し付けるように撫でることにした。
声を出して泣き出す彼に選択を誤ったことを知る。思わず身体を離すと、橋がかかった。
彼の鼻水が俺の肩口のところにくっついて、鼻から肩へ橋がかかっていたのだった。
どちらからともなく笑い合ってなんとかメンタルを持ち直したらしい。二人の遺体のすぐそばでの事だった。
家に入るまでずっと服の袖を捕まれていて、親を失った小鹿が、人間についてきちゃったみたいだと思った。
人間じゃなくて悪魔だが。昔、そういうあだ名で俺を呼んだ女子を思い出していた。