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お帰りなさいの儀式

 我が家にはもう一人変わった同居人がいる。

 かつての先人曰く、生き残るのは、強いものでもなく、また、賢いものでもない。環境に適応できた者だけだ。とのことである。

 では、このゾンビの徘徊する世界で適応するとどうなるか。それが彼女だった。

 もはや、いつから二足歩行をやめてしまったのか分からない掌にはコブのようなものが出来始めている。生まれてから美容室というものを経験したことのないボサボサの髪の毛は床に擦れて所々綿ゴミが付着し、まるで、ホームレスみたいだった。


 幸い、お風呂が気持ちの良いものだと刷り込みをやったお陰で臭くはないが、その分回りの匂いに敏感となった。


 玄関に入ると目の前に2階に続く階段があるのだが、ガキィは大抵その一番上に座っている。下から見上げるとちょうど顔が影になっていて怖い。さらには、保菌者であるので、スーパースプレッダーという、回りに感染を広げる可能性のある人物であった。隔離しろ隔離。それとなく外には出さないでいる。


 その黒い塊が、滑り落ちるようにして階段を降りてくるのには思わず笑顔を作る。この笑顔は友好の意味であってけして面白いと言うわけではない。


 彼女は足に抱きついてきて揺りかごこのように身体を前後に揺すっている。

 彼女には父親がいないので、その変わりに俺を使っているような気がするのだった。変わりにはなれないが、齧られる脛くらいは差し出せる。

 その俺の足の匂いを嗅ぎ、一瞬動きを止めて、すーっとまた嗅ぎ出した。言うな。加齢のため臭いのだ。臭い足は嫌いか?


 好き嫌いするなよ。


「あっ♪ 血の匂いだ。農家さんまた殺した?」

「……なんの事かな?」

 加齢臭だとか言われたほうがまだ、ましだよ。

 あのとき、姉妹を殺したとき、叫び声はあげる暇なく殺したはずだ。返り血も浴びてはいない。(勿論、漫画や映画の血飛沫みたいには現実ではならないのだが)

 わずかに空気中に漂った匂いが服についたのだろう。教育上よろしくない。外で着替えて来ればよかった。


「あは♪また殺したのに落ち込んでないんだぁ」

「うるさいな。そういう人間なんだよ」

「凄いと思うなぁ。やっぱ、守ってくれそう」

 足から離れろ歩きにくい、と言って、そのままフローリングに上がって歩くと非難にもよく似た上目遣いで攻撃してくるが俺には効かないのだった。膝を服越しにアマガミされる。思わず謝った。


 俺が他者と共有できるのは痛みくらいのもので、その他は想像するしかない。しかも人それぞれ許容できる器のサイズが違うと言う。


 皆よくその状態で他人を尊敬して一緒に住んでいられるな。間違えて相手の許容量を越えた発言をしちゃったらどうするのだ?だからあまりしゃべりたくない。


 俺には分からなかった。

 俺は、化物なのだった。

「農家さんは必ず帰ってくるね」という喜んで良いのか分からない評価をいただく。

 俺は、彼女と同じくらい壊れている。逆に言えばそういう風に生まれたので壊れているんじゃなくて仕様です。うまく生きていきましょうということだ。かつての世界では障害は目に見えるものよりも見えないものの方が重かった。

 今は逆転しているので、俺らの天下。


「農家さん、つかれたッスか? お風呂、ボクがためてあげるッス」


 いやに協力的なのが変だなと思った。


「世界を滅ぼそうとするような顔しないでほしいッス。ボクは農家さんの笑顔が好きッスよ」


 しゃれたこと言うので頭をひっぱたいておいた。とても脂っこかった。サーモンみたいだ。今日は頭を洗ってやる。

 

 一緒に入ろうと言ったら顔を真っ赤にしてヤダッて言われた。

 なにも考えず、男同士だろう、と言ったからちょっと間をおいて、ダンゴムシ君は嬉しそうに笑った。

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