夜襲
林の中から出てきた男たちは、顔に不気味な笑顔を貼りつけ、浮浪者のような格好で不用心にその土地へと踏み込んだ。自分が奪う側だという根拠の無い思い込みはその動作を怠慢にし、注意を蔑ろにする十分な理由だった。
星も月も出ていない常闇で錆びまみれのナイフを抜き身で持っていた。
身体は細く、骨が皮を押し上げている状態で、汚泥に満ちた水がそうさせたのか、お腹だけはヒョウタンのように異様に飛び出ている。一見して戦いに向いていない風体である。
男たちは、物資をどう使うか考えるので必死だった。
康祐は、手柄を先に奪われては堪らないと、小走りで畦道を家の方へと向かう。
真っ暗な道を照すライトすらなく、何度も転びながら、それでも前へと進んでいく。目の前に窓ガラスが見えた。
康祐は見せつけるようにナイフを振って、その切っ先でガラスをなぞる。キイキイという耳障りな音が響くと、音を立ててカーテンが開いた。
玄関の鍵が開いてゆっくりと巨体が出てくる。
明かりもない中、その巨体は頭を下げなければ玄関の仕切りを通れないほどの長身だ。集まった男たちの視線が一斉にその大男に集まる。相手は一人だぞと、笑う声が聞こえた。予想していたよりも敵の人数が少ないことは、作戦上喜ばしい事だ。
その中で違和感をおぼえた康祐は、すぐに逃げようと言い出した。しかし、その声は歓声にかき消されてしまう。
ドアの向こうから女が顔を出したのだ。
その小麦色の肌は健康的であり、少し上がった目尻が子猫のそれを思わせた。腰まで延びた黒い髪が濡れ烏のような妖艶さで紫に輝いていた。
顔の良い女の登場とあって、男たちは色めきだった。美女はどういうわけか玄関にしゃがみこんでしまう。
「こんな夜更けに客かよ。空気読めよ。こっちは寝てたんだぞ」口が悪い。
「なんだ。女がいたのか。いいこにしてれば可愛がってやらねぇでもねぇ。痛くしないからよ。へへへ」
見上げるような大男が一歩前に出る。まるで肉の壁のようだ。
「ガキィちゃんの教育に悪いでしょうが!!帰ってください!」
「なんだてめぇ!」
「農家ですがなにか!!」
たまたま農家の近くにいた男を頭を挟み込むようにして捕まれる。一瞬、キスをするみたいに顔を近づけ、離し、もう一度頭を振り下ろす。頭突きだ。
ぐしゃりと、熟れたトマトのように頭がひしゃげた。
「うちに来るとは良い度胸してますね!」
「え、あえ? こ、殺した? なんで、躊躇しない……?」
「躊躇するものを持っていない人もいるんですよ!」
農家は腕を振り抜いた。ボトボトと音を立てて何かが地面に転がる。それは指だった。指?
「俺の指がああああ!!!」
農家の手にはいつ握ったのか白銀の鉈が握られていた。農家の腕は女子の太ももと同程度の太さもある。それが、1キログラム近くある大鉈を力任せに振り抜く様は、本能が拒絶するそれであった。
切り落とされた指から溢れる痛みは、ドクドクと心臓のように脈打つ。
農家はそれを見て、顔色ひとつ変えず、むしろ、息のひとつもあげすに、一歩ずつ歩いてくる。
人並外れた力。頭がおかしいとしか言えない攻撃性。理解できない化物。
「こっちに来るなこの糞農家!」
農家の仕事は力仕事ばかりだ。
さらに彼はこの地域で一番若い男だった。それはつまり、町の消防団も、田んぼの管理も、鳥獣被害対策も、お墓掃除も、全て押し付けられてきたと言うことであった。
しかしながら、多くはその状況に耐えられない。身体は疲弊し、ボロボロになり、使い潰される。故に、農家は筋力が高い。
普通の人間であれば、もう少し慈悲というものを持って助けるはずであるが、田舎の閉塞感が彼を作り上げた。
人の感情的痛みを理解できない農家は純粋な肉体としての痛みを好んで復習として使うようになった。
逃げようと踵を帰す男たちに残念そうに目を向ける。
「もっと会話をしましょうよ。君達には日本語で言っても分からないようですから、殴って、痛みで分からせようと思いますよ」
「農家さん血が」
後ろでずっと笑っていたガキィちゃんが、ハンカチで農家の口元をぬぐった。襲撃者の穢らわしい血など一滴も飲ませまいと一心にゴシゴシと擦るのを農家は笑顔で受け止めている。
それは、野蛮な化物の嘘に見えるが、農家は一度仲間と認めると暴力は振るわない。だが、それを邪魔されるのが戦いの合図だった。
震えながら康祐はその光景を見た。人がいとも簡単に解体されていく様を。終いには男たちの血の匂いで吐いたほどだった。
切り落とされた首がサッカーボールのように転がる。反射でも起きているのか首の無い身体が動いている。
足が、切り落とされ、次は腕。断面から骨と肉とが見えており、CT スキャンを見せられているようだと思った。
土下座し、命乞いする男たちを次々に首を跳ねていくさまは、もはや笑うしかなかった。
なぜ。なぜ。
康祐は最後に穴を掘ってくれますか?とお願いをされて小便を漏らした。
農家にとって敬語とは敬語ではないのだ。やれ。そう命令されたのだと康祐は悟る。
「はい」それしかなかった。




