感染は広がる
弾の入った銃を向けられた人がどれほどいるだろうか。
今、それを目にして感じるのは恐れだった。我々人類は霊長類として様々な感情や感覚を持つが、その根底には動物だった時の生存本能が存在する。
死から逃れようとするのである。
足は竦み、絡まり、前に進めない。体が溶け出して空気に引っ付くような感じがする。エアガンと全然違った。
でも生き残るためには近づかないといけない。相手が使うボルト式アクションライフルはトリガーを引いただけでは連続射撃が出来ず、相手は俺を見て驚き焦ったようである。
ボルトが弾の尻を押して薬室に押し込むが、ミスフィードを起こした。リムレスのライフル弾に部品が食い込んで薬室が閉じられない。
銃にはフェールセーフ設計がなされている。この状態では銃は撃てない。
彼の間違いは、その弾詰まりを起こした銃に固執したことだった。そんなもの捨てて、殴りかかれば良いものをいつまでも再装填動作を行うばかり、弾は出てこなかった。
ついにはバタバタと不格好に走る俺に近づかれた上、懐に入られ、付き出された肘が顎先に当たる。彼は非常に焦った目で事態を受け入れるだけだ。
暴力とは非常に簡単な公式である。固いもので柔らかいところを叩けば良い。
激烈に叩かれたアゴは体にめり込まんばかりに揺れ、振動は骨を伝い脳ミソへ。ブルンと揺れてからだが動かなくなる。
折れた歯茎から真っ赤な血が溢れて、溺れないようにうつ伏せの姿勢にしてやる。俺は優しいんだ。命を大事にしている。
ここでの失敗は、ガキをつれてきたこと。彼女には弾の当たらないように、屋上へ続く階段の踊り場で待たせていた。屋上への扉は開いており、それが時折夜風に揺らされて、おいでおいでをするように軋んでいた。
風邪は匂いを運び、匂いは動物の本能を刺激する。
狩りで使われる犬種は獲物が死んだあとも喉を噛むのを止めないという。それは、残酷だからではなく、彼らの本能がそうさせるのだ。犬の場合、それは音と血の匂い。
済んだ池に一滴の血が落ちるようだった。
暗闇に包まれる、階段の方から物音が聞こえたような気がした。
真っ黒な世界に白い円が二つ。
その影は、ゆっくりと月明かりの下に腕を伸ばした。
柳が風に揺れるような独特の動きで、それは四足で歩く。
気持ちが悪いという表現が一番近かった。
それは、人の姿でありながら、手足を地面につけ、カサカサと歩く。
近づいてくるので思わず距離をとると、今しがた血を吐いて倒れた男に覆い被さると、ガブリ!と首をやった。
傷口からは壊れたポンプみたいに血が流れている。
彼女はまるで、ケーキをムシャムシャと食べてるみたいに笑顔だった。
その口まわりは真っ黒に汚れ、咀嚼できなかった人間の髪の毛が歯の間に詰まっている。地獄だ。
さらにその地獄は伝染する。いきなり痙攣を起こした男は、バタバタと地面を殴るように手足を動かし、擦りむけた肉から骨が出ても気にすることはなく、その不格好な自傷行為を続けた。
そして、立ち上がることには、もはや人ではなく、感染者の出来上がりである。




