心のモヤモヤしたやつ
この日、無線を受信した。
CQ、つまりは、そのメッセージを受け取ることのできる全ての人に向けられた通信は、座標のみ、緯度と経度を伝えるものであった。
明らかに怪しい。考えれば考えるほど深みにはまっていくように、ついに俺はその座標を確かめたくなった。
通信は録音。毎回同じ女の声で、朝7時と夜7時の二回放送された。
座標に付くとそこには、見るからに小さな一軒家がポツンとあるだけだった。
その縁側には、つい、こないだ水筒の水を俺に飲まれた男が顔を青くして座っている。
おでこに手をおいて深く考える姿は、そういう銅像を思い起こした。
「おや、また会いましたね」
「ああ、キミか……」
凄く疲れた様子で男が室内を指差した。割れた窓ガラスが内側に散っているので、彼が入るときに割ったのだろうと思われる。玄関は厳重に施錠され、窓にはバリケード、さらに内側からビニール袋でシールしてあった。
家の中は暗く、ひどい臭いがした。
人間の汚物のたまったタンクを夏場に放置したような異臭は、健常者ならば顔をしかめて当然といった具合。
薄暗い部屋の中で目が暗闇に慣れ始めると、ベッドが部屋の真ん中にあるのが分かった。ベッドには壁にするように無数のぬいぐるみが重ね合わさり、その中心で1人の老婆が今にも消え入りそうな呼吸を続けている。
肌はひび割れ、まるで何日も雨の降っていない砂漠のような姿で割れ目からは赤い肉が見えていた。
骸骨のように落ち窪んだ目がギョロりとこちらを見て、異様に骨張った腕がなにかを隠そうとする素振りがあった。
彼女の足の間には10歳にも満たないと思われる子供がいて、その顔はテープでぐるぐる巻きに、口にはホースが繋がれ、赤い液体で満たされていた。
彼女の血であろうか。
そしてその子供は感染していると思われた。どう考えても血だけで子供が生きられる環境とは思えなかった。
部屋におかれた家族写真や手紙の山から、彼女がまだ33歳であることが分かった。
文字通り、自分の命を子供に食わせて生きながらさせているのだろう。
自分にはごみ袋に入った液体を点滴している。おそらく整理食塩水か、ブドウ糖液だろう。
彼女の傍らの無線機が、ここに俺達を導いた。きっと彼女は自分の死を予感して、助けをもとめたのだ。その内容を無線で言わなかったのは、その願いが到底受け入れられる物ではなかったからだ。
そして彼女は、それを見れば断れないと分かっていた。
彼女から子供を引き剥がすために二時間かかった。
彼女の親としての責任と家族愛を考慮した人道的な時間だ。あと、あまり知らない人がいるところで、心の無いようなことをすると、非常に引かれるのでこちらも必死である。




