感染
女は変な人だった。
ここにいながらどこか遠くの方を見ている。シェルショックを患った兵士のようだと思った。
「お姉さんはなんで来たんですか?」
と俺が聞くとにんまりと笑顔を作った。
その笑顔にニッと剥かれた歯に、黒い毛がビッチリと詰まっていた。
フードの下の首筋に紫色の血管が浮き上がって、どくどくと脈打っている。体の中をはい回る虫が皮膚を突き破って出てくるみたいに、血管はみるみるうちに膨らんで風船のようになった。
感染してる。
パンと音を立てて血溜まりの皮膚が割けて、血がボタボタと地面を濡らした。
思わず距離を取ると女はそれが気にくわなかったらしく頭を抱えて唸りだした。
獣のようだと表現するのが正しい。
声に意味はなく、ただ、喘ぎ声とも、屠殺される豚の声ともつかぬ肉声が彼女の全てだった。
やがて女は一緒にやってきた男を食べ始めた。
柔らかな尻肉を貪るようにして食らい、背中に噛みつき、その時点で男の命は潰えていた。
背中側から、前側の肺や心臓が動きを止めているのが見えた。
乱雑なコミュニケーション、それも激しい痛みを伴うそれは永遠一時間にも及んで繰り広げられた。
そして、死は伝染する。
彼が動き出すのと同時に剣先スコップで女と男を刺した。
体重をのせて足を踏み込むと、霜柱の立った地面を歩くような感触がして地面に肉の塊が貼り付けになった。
残酷な行動にも関わらず、特になにも感じることはなかった。
普通、未来ある若い男女を殺したら何かしら心に来るものがあってそれなりに葛藤するはずだ。
でもそれがないことに、ほんのちょっぴり寂しさも感じる。
ああ、俺は根本的に玲子さんやお医者さんとも違う、太陽の下を歩いちゃいけない人間なんだなと認識する。
なぜ彼らを一緒に殺そうと思ったのか分からない。もしかしたら、天国で一緒になってくれると良いと思ったのかもしれない。
真っ黒な血がまざりあって。俺はまだ、冷静だった。




