元いじめっ子の思い出話に突っ込んでみた1
20年前。目能一貴は高校の教室でこっそりマンガを描いていた。先日の席替えで一番後ろの端っこになり、クラスメートの人数的に隣はいない。
(思う存分描ける!)
クラスでは進んで目立たない存在になり、存在感ごと消している一貴にとっては、もってこいの位置だ。いわゆるネーム(簡単な絵や大まかなコマ割)をノートにペンを走らせていた一貴だったが。
「なんだこれ」
いきなり、ノートを取り上げられた。
「あ」
見上げるとクラス内の……ややヤンチャなメンバーが半笑いで立っていた。
(う……)
当然ながら自他共に認める陰キャな一貴は彼らが苦手だ。
「た、ただの落書きだよ」
「ふーん」
思いっきり馬鹿にしたような顔でペラペラとめくる。
(あぁ、見ないで欲しい)
練習途中だと言うのに。
「ヤバっ、絵、下手くそ過ぎ。おーい、皆これ見ろよ」
一貴の目の前でノートは一ページごとに破り取られ、クラス内に投げられる。
「ちょっ……っ」
教室に紙が舞う。
「な、何を」
「ド下手くそな絵、描いてんじゃねぇよ」
「そ、そんなの僕の勝手だよ。別に誰にも迷惑かけて」
「いや、いるだけで迷惑だと思うけど?」
「え」
「ほら、皆笑ってんじゃん」
一貴のマンガを見たクラスメート達は紙を拾って、くすくすと笑っていた。
カッと顔が熱くなる。小学生の頃に比べれば、上達したと思う。上手く描けるようになってきたと思っていた。練習あるのみだと。
と、残りのノートが机に叩きつけれれた。
「もしかしてさぁ」
彼がペットボトルの飲み物をノートと机に注ぐ。
「マンガ家目指してる系? 才能底辺だから止めろよ。後、マンガ家希望とかキモイから、もうここへ来るなよ」
一貴は目を見開く。
ジュースの染みが広がる。冷たい。
顔が熱い。目が、とんでもなく熱い。涙が出そうになったところで、かばんを掴んだ。そのまま、教室を飛び出して、二度と学校には行かなかった。
◯
とあるショッピングモールにて。学校帰りの奏介は姉に頼まれたものを探しに来ていた。
「まったく」
『好きな本の発売日だから、買ってきて! 限定版なの』とのことだ。無事購入出来たので、帰宅途中である。
エスカレーターに乗った時である。
「うわっ」
後ろで幼い男の子の声がして、ふくらはぎに何かがぶつかった。
「す、すみません」
振り返ると、エスカレーターの段差に漫画が落ちていて、男の子が男性に抱えられていた。
「大丈夫ですか? 怪我は」
優しげな男性が聞いてくる。
「あ、はい。大丈夫です」
奏介は動く手すりに手をかけながら、マンガを拾って彼らに手渡す。
「すみませんね。息子が興奮しちゃって」
ちらっとタイトルを見ると、それは人気漫画の最新作だった。発売日に買うわけではないが、奏介も読んでいるシリーズだ。エスカレーターを降りてから、父息子と向かいあう。
「ほら、謝らないと」
息子が上目遣いでぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい」
「怪我するから、エスカレーターは気をつけてな」
「う、うん」
何やら怖がられている雰囲気。奏介は少し考えて、
「これから漫画読むの? レイが格好いいよね」
息子がパッと目を輝かせる。どうやら、1番人気の主人公が好きらしい。
「うん! 最新巻はねー、レイがピンチになるんだよ。でも、すごい力にかくせいして。ママとパパも一緒に読むんだ!」
「へぇ」
すると父親が頭を撫でながら、
「いや、本当に申し訳ない」
「いえ、気にしないで下さい。じゃあ、俺はこれで」
そう言うが、父親がじっとこちらを見ていることに気づいた。
「あの、何か」
「ああ、いや。君は漫画好き?」
「まぁ、それなりに」
「それなりか」
父親は困ったように笑う。
「?」
何が言いたいのか、奏介は首を傾げるしかない。
「昔の……知り合いに似てたからついね」
「はぁ、なるほど」
『知り合い』の言い方に妙な感覚を覚えた。
「もしかして。もしかしてだけど、目能一貴って人に心当たりない?」
「目能? いえ、俺は菅谷と言いますが」
「あ、そうか。じゃあ違うかな。悪いね」
「その人探してるんですか?」
父親はうーんと少し考えて、
「いや、親しくもなかったし。ほんとに君の雰囲気がそっくりで今思い出したんだ」
「? どういうことですか? なんで俺にそんな話を?」
親しくないのに目能一貴という人間を思い出し、初対面の奏介にその話をするというのはどういうことなのだろう。
「いやその」
奏介はにっこりと笑う。
「俺で良かったら聞きますよ。何か、思うことがあるんでしょ?」
「実は、さ」
父親もとい光田はクラスメートだった目能一貴の手描き漫画を破り捨て、皆で笑い者にしたことを奏介に話した。
子供を遊ばせるためのスペースがあるベンチへ移動。息子はクッション積み木で遊び始めている。
「軽いイタズラのつもりで。ほら、学生の頃ってふざけあったりするだろ? その延長線だったんだけど、そいつ、不登校になって学校来なくなっちゃって、で、1ヶ月もしないうちに辞めたんだよね。その後、噂が流れたんだよ。本当かは分からないけど、自殺したって」
「……」
「おれは別に関係ないけど、それでも関わった奴が自殺って気分が良いものじゃないからさ」
「へぇ」
「ああ、いや。ごめんな。いきなりこんな話。やっぱり心のどこかで気になってるんだろうな」
奏介がすっと立ち上がった。
「マンガ家志望のクラスメートの描いた漫画を破ってジュース漬けにして、才能最低でキモイからここに来るなって言ったんですよね?」
「え、ああ」
「ちっ」
奏介は舌打ちをして、斜めから光田を見下ろした。
「あんた、父親なんでしたっけ」
「え」
奏介の変わりように、光田は顔を引きつらせて固まる。
「ふーん? 警察沙汰になった元イジメっ子女は制裁受けてたから許容出来ましたけど、軽いイタズラしてたクソガキが成長すると、普通の人生を送れるんですねぇ。結婚して子供まで作っちゃって。いやぁ、幸せそうで何よりです」
「え、いや、何を……?」
奏介は静かに、光田を睨みつけた。
タイトルは違いますが、282話「更生した元いじめっ子の思い出話に突っ込んでみた」の別バージョンになります!




