表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/15

青春ストラテジー


 二年生の一学期からカフカと話すようになったが、一緒にいられた時間はごく短い。

 冬だったと思う。

 その日は風が強く、冷たい雨が降る憂鬱な月曜日だった。

 雨粒が街灯の光を滲ませて、窓ガラスに踊るように付着していく。

 図書室にカフカの姿があった。

 彼女はいろんな本を机の上に塔のように積み上げ、その横でノートを広げてガリガリと何かを書き付けていた。

「カフカー。なにしてるの?」

 会うのも数週間ぶりだったので、テンション高めに彼女の華奢な肩に手をかけた。

「ひっ!」

 引き付けに似た悲鳴を上げて、カフカは机のノートをパタンと閉じた。

「あ、な、菜種」

「何書いてたの?」

「べ、勉強してたのよ」

「ふぅん」

 机に乱雑に積まれた本は様々な図鑑、人文社会、風俗や民謡の本まである。少なくとも中学二年生の勉強の範囲ではない。

 小説か漫画を書いているんだろうな、とは察しはついたが、あえて気付かないフリをしてあげる。

 私は彼女の横の椅子を引いて、資料とおぼしき塔の一番上に置かれていた本を手に取った。

「読んでいい?」と尋ねると、カフカは「貸し出ししてない図書館の財産だから、ご自由にどうぞ」ともったいつけた語調で許可をくれた。


『女生徒』

 太宰治の作品だ。人間失格ぐらいしか読んだことなかったが、思春期独特の感情の揺らぎが繊細な文章を通じて、自分自身のことのように思えた。主人公の年齢が私と同じだったからかもしれない。

 気づいたら一気に読んでいた。

 その小説には他にも短編がいくつか収録されていたが、表題作を読み終えた私は思わず息を吐きながら、読了の感情を共有したくて顔をあげた。夢中になって読んでいたらしい。時計の針はすっかり進んでしまっていた。

 カフカは私のことなど忘れたようにノートに文字を書き付けていた。

「カフカ、読み終わったよ」

「ひっ!」

 声をかけると、カフカはまた小さな悲鳴を上げて、ノートを閉じる。まったく隠せていないところが、彼女らしくて可愛らしい。

「女生徒、面白かったよ。傑作だね」

「へ、あ、そう? ストーリー性はほとんどないけど、読ませる文章よね」

 取り繕ったようにニコニコと笑っている。

「うん。なんかすごいね。読んでて自分の日記みたいだなって思っちゃった。引き込まれちゃったなぁ」

「リアリティがあるのも当然よ。ファンの女の子の日記をもとに構成された短編らしいわ」

「え。道理で……」

 独特な文体。女子特有の厭世感や清潔感、それを丁寧に描き出せる太宰治は天才だ、って読み終わった時は思ったけど、カフカの話を聞いた今は、

「なんかキモいね」

 という感想に変わってしまった。

「キモくないわよ。現にファンの女の子も短編にしてくれてありがとう、と喜んだらしいわ」

「まあ、主人公と同い年だから自己投影しすぎただけかもしれないし、大きくなったときにもう一回読んだら感想変わりそう」

「十四歳というのは特別な年齢らしいわ」

「なに急に……」

 カフカは私が手に持っていた『女生徒』を指さしながら続けた。

「大人と子どもとを揺れ動く繊細な時期。どこかで読んだけど、海外じゃ『天使の年齢』と言うそうよ」

 私たちはその時、十四歳だった。

 大人にも子どもにも属さない宙ぶらりんな時期だ。

「だから青春から大人を描く作品の主人公は十四歳が多いの」

 あれから一年以上の月日が流れたが、未だに私は大人になれずにいる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ