青春ストラテジー
二年生の一学期からカフカと話すようになったが、一緒にいられた時間はごく短い。
冬だったと思う。
その日は風が強く、冷たい雨が降る憂鬱な月曜日だった。
雨粒が街灯の光を滲ませて、窓ガラスに踊るように付着していく。
図書室にカフカの姿があった。
彼女はいろんな本を机の上に塔のように積み上げ、その横でノートを広げてガリガリと何かを書き付けていた。
「カフカー。なにしてるの?」
会うのも数週間ぶりだったので、テンション高めに彼女の華奢な肩に手をかけた。
「ひっ!」
引き付けに似た悲鳴を上げて、カフカは机のノートをパタンと閉じた。
「あ、な、菜種」
「何書いてたの?」
「べ、勉強してたのよ」
「ふぅん」
机に乱雑に積まれた本は様々な図鑑、人文社会、風俗や民謡の本まである。少なくとも中学二年生の勉強の範囲ではない。
小説か漫画を書いているんだろうな、とは察しはついたが、あえて気付かないフリをしてあげる。
私は彼女の横の椅子を引いて、資料とおぼしき塔の一番上に置かれていた本を手に取った。
「読んでいい?」と尋ねると、カフカは「貸し出ししてない図書館の財産だから、ご自由にどうぞ」ともったいつけた語調で許可をくれた。
『女生徒』
太宰治の作品だ。人間失格ぐらいしか読んだことなかったが、思春期独特の感情の揺らぎが繊細な文章を通じて、自分自身のことのように思えた。主人公の年齢が私と同じだったからかもしれない。
気づいたら一気に読んでいた。
その小説には他にも短編がいくつか収録されていたが、表題作を読み終えた私は思わず息を吐きながら、読了の感情を共有したくて顔をあげた。夢中になって読んでいたらしい。時計の針はすっかり進んでしまっていた。
カフカは私のことなど忘れたようにノートに文字を書き付けていた。
「カフカ、読み終わったよ」
「ひっ!」
声をかけると、カフカはまた小さな悲鳴を上げて、ノートを閉じる。まったく隠せていないところが、彼女らしくて可愛らしい。
「女生徒、面白かったよ。傑作だね」
「へ、あ、そう? ストーリー性はほとんどないけど、読ませる文章よね」
取り繕ったようにニコニコと笑っている。
「うん。なんかすごいね。読んでて自分の日記みたいだなって思っちゃった。引き込まれちゃったなぁ」
「リアリティがあるのも当然よ。ファンの女の子の日記をもとに構成された短編らしいわ」
「え。道理で……」
独特な文体。女子特有の厭世感や清潔感、それを丁寧に描き出せる太宰治は天才だ、って読み終わった時は思ったけど、カフカの話を聞いた今は、
「なんかキモいね」
という感想に変わってしまった。
「キモくないわよ。現にファンの女の子も短編にしてくれてありがとう、と喜んだらしいわ」
「まあ、主人公と同い年だから自己投影しすぎただけかもしれないし、大きくなったときにもう一回読んだら感想変わりそう」
「十四歳というのは特別な年齢らしいわ」
「なに急に……」
カフカは私が手に持っていた『女生徒』を指さしながら続けた。
「大人と子どもとを揺れ動く繊細な時期。どこかで読んだけど、海外じゃ『天使の年齢』と言うそうよ」
私たちはその時、十四歳だった。
大人にも子どもにも属さない宙ぶらりんな時期だ。
「だから青春から大人を描く作品の主人公は十四歳が多いの」
あれから一年以上の月日が流れたが、未だに私は大人になれずにいる。