黄昏ラマン
晩秋の放課後、部活に行こうと廊下を歩いていると、たまたますれ違ったカフカが声をかけてきたことがある。
「菜種はどんな話が好きなの?」
特に好きなジャンルの小説なんてなかった。ただなんとなくその時読んでいた「ミステリーとかサスペンスが好き」と答えた。カフカはチラリと私の手に握られていた小説を見て、
「Yの悲劇、読んでるときは面白かったけど、読後はなんだか悲しくなっちゃった」
と一人納得したように頷いた。今日の部活中に読もうと思っていた本だ。
カフカは廊下の端でサッカーを楽しむ男子生徒たちをぼんやりと眺め始めた。弾むボールに歓声が上がっている。
会話のキャッチボールが一方的に終わったので、仕方なしに「カフカは?」と尋ねた。
「そうね。私は明るくて楽しい話が好き」
なんだが意外な答えだった。クールな女子なので私と同じような暗い話が好きだと、勝手に思っていた。
「誰も死なない、笑って終わる話。頑張って頑張って、努力が報われて、成長する、そういうのを好んで読むわ」
開け放たれた窓からブラスバンドの演奏が響いていた。ディズニー映画のリズムが夕暮れを賑やかにしている。
「そうなんだ。サスペンスとか好きそうなのに」
「闇が主体の小説は苦手なの。死を連想させるから」
窓の向こうは茜空で、一番星がぼんやりと輝いている。夜の匂いと金木犀が静かに香った。
「それじゃあ、私と真逆だね。私は人が死ぬ小説が好き」
「危険思想ね」
カフカは圧し殺したように、クスクスと笑いながら、「なんでそんなに野蛮なの?」と訊いてきた。
「だってフィクションなんだから刺激に満ちた話のほうがいいじゃん」
私の発言にカフカは少しだけ考えるように唇を尖らせた。
「だけど、銃撃戦で死んでいく敵にも家族がいるのよ」
極端な意見だ。アクション映画も嫌いに違いない。
「小説には没入感がないといけないと思うの。誰かの命を奪うことに葛藤しない人に同調はできない」
「フィクションなんだから気にしすぎたよ。世の中にはいろんなジャンルの作品があるんだよ。たくさん人が死ぬ作品に爽快感を感じる人だっているし、ウジウジ悩む主人公なんて私は見たくもないね」
「……なるほど」
彼女は納得したように頷いたが、その瞳はどこか悲しそうだった。
チャイムが鳴り響き、『居残っている生徒は下校しましょう』と放送部のアナウンスが校舎内に寂しく響く。
サッカーをしていた男子たちはいつの間にかいなくなり、放課後の廊下に立ち尽くすのは私たちだけになっていた。
「それじゃ」
軽く手を上げて、その場を去ろうとしたカフカに「部活行かないの?」と声をかける。
「予定があるの」
ごめん、またね。と続けた彼女の細い腕に、ガーゼが当てられていたので、病院にでも行くのだろうか、とぼんやりと思った。




