彼を人にもどすために
「そうして、奴とアタシはカルーアファミリーを潰し、敵を取った、そこまでは、よかったんだ…………」
知らず知らず口調に自嘲が含まれる、止めれなかった、友の、否、兄の暴走を。
自分は、兄が自分にしてくれたように彼をヒトに戻してやることができなかった。
「アタシたちは、そのあともファミリーの駒として働いた。殺して、殺して、殺して、いつのまにか俺たちは蛇と呼ばれるファミリーの精鋭を率いることになっていた。」
俯きながら楓が語る。スラムにいた頃の話。まだ隣に、壊れてしまったとはいえ兄がいた頃の話を。イヴァンの望んだ結果と言えよう。彼らは、力を手にいれていた。それこそーーー自らの“巣“を壊してあまりある力を。
それは、「蛇」の名を冠する先兵達。彼らの主の脅威となるものを排除するために動く、冷徹な狩人。
「あいつは、ものの見事にタガが外れた。マフィアにいるやつに清廉なやつなんざそういない。あいつは、それが許せなかった。」
きっとーーー他者から奪うことを生業にする“親“ーーーファミリーのボスを、彼から妹を奪ったものたちと重ねたのだろう。
イヴァンは、彼らの飼い主を、殺した
「自分と、イヴァン、そして“蛇“は……新しく入ってきた中国系のやつらと俺たちのボスとの会合で護衛をしていた。
その席で、ヤツは俺たちのボスだったやつを含むその場の全員を殺して、どこぞに逃げちまった。」
スラムは荒れた。街を二分していた勢力がどちらとも消えた―――――つまり支配構造が完全に壊れたのだ。街で起こる小競り合いの数は増え、スラムの紙がごとく弱い礼儀も薄氷のごとく脆い秩序も、マフィアより質の悪い、徒党を組んだギャング達がそこここで戦争を起こしたせいで踏みぬかれ、壊され、潰された。
そうして、楓はそんななか、跳梁跋扈する複数のチームを渡り歩き、傭兵のようなことをして稼いでいた。とはいえ………“コウモリ“が疎まれるのは世の常。それが一端の戦力になるなら、なおさら。
つよいヤツに敵に付かれるのはまずく、「いつ敵になるかわからない強者」などというもっとも厄介なユニットに成り下がった楓を殺そうとするものも大勢いた。
そうしてとあるギャングのチームに追われているところを
今のマネジャーに拾われた。
そんな過去を思い出しながら、彼女は訥々と語る。
「あいつは、なんでもやる。自らが悪と断じたものをこの世から消すためには。それによって、どんな犠牲が出ようとも。」
止めなければならないのだ、楓が。兄を。もう一度ヒトにもどしてやるために。
口の端を苦しそうに歪める楓の頬に、ふわりとやさしく触れる感触があった。
「楓、貴方がどう決着をつけるつもりか知らないけど、私は貴方をサポートすると決めてるの。あのとき、スラムの路地裏で貴方に会ったときから。」
自らのマネジャーを名告る女の、強い光を湛える目を見て、楓は破顔する。
「だから、その因縁は私のものでもある。助けさせなさい、あなたを。貴方を拾ったものとしての責任を果たさせて。」
柔らかい笑み、楓の胸にいつぶりかの…………いつかの名付け以来の熱が点る。
「ーーーー桜。」
“桜“
ずいぶん久しぶりに彼女の、マネジャーの名前を呼んだ気がする。
楓と、桜。
秋の風に揺れる紅色の波と、春の薫風に吹雪を散らす薄桃。
反すれど、相似。陳腐な表現をするとしたら、運命かのような組み合わせの二人は、比翼連理のように繋り、
蛇を食らわんとうごきだす。




