第67話(パス1048 その2)
記憶喪失。
あたしはすぐにピンと そうきてしまった。
「と、寿也どうしよう。真さん、あたしたちの事、覚えてないみたい! ひょっとして……」
と、あたしは寿也の腕を掴む。オロオロとしていると、「落ち着けって」と寿也はあたしの手をどけた。
「場所は わかった。灯台が見える所だろ。行ってみるか」
寿也はスタスタと歩き出す。
「どうしよう……」
真さんの身に何が。もしや岩で頭でも打って……ああ、嫌なイメージばかりが浮かんでくる!
真さんの頭が先生みたく石頭だったら平和だったのに!
「何してる、置いてくぞ」
先行く寿也が振り返って呼んだ。あたしは慌てて寿也を追う。「ま、待ってえ!」
後ろで、完成されなかった砂の城が淋しそうにあたしたちを見送っていた。
うっすらと遠くに かすんで見える灯台に向かって海岸沿いに歩いて行くと。砂浜に人だかりができているのが見えてきた。
中央に しきりのネットが設置され、その両側に それぞれ2人ずつ人が居る。そういえば真さんが言っていた。ビーチバレーしてるって。それがコレ??
ネットを挟んで男女一組の若い人たちが、白いビーチボールを追っかけていた。周囲の人だかりや声援をくぐり抜け、あたしたちは前列の方へ出る。
(ん……?)
あたしは片側でプレイしている、一人の男の人に目がとまった。
(真さん……?)
一瞬、真さんかと思った。けれどよく見ると違う。他人だ。
くるくるパーマがかった髪をしているけれど、長髪では無い。短い。そして、体つきも心なしか細いような。あたしが知っている真さんは、もっと肉づいていた気がする。
そして何より、星座柄のパンツでは無い。ミリタリー風のショートパンツスタイルだ。
とすると真さんは。
何処に居るんだろう……。
あたしは周囲のギャラリーを端から順に見て捜していく。ところがちっともそれらしい人が見当たらないのだ。
「おかしいなぁ。もう一度、通信してみる?」
あたしがハアッ……と息をつく。
「いや。疲れるだろ。僕がする」
寿也が代わりに引き受けてくれた。
そうしたら急にギャラリーがワアッ! っと歓声を上げた。
「あと一点!」
「圧勝だな!」
チラホラと、四方八方から声が聞こえた。
どうやら試合は大詰めらしい。あたしたち2人とも、試合の様子を見る事にした。
さっき真さんかと思われた若い男と、長いストレートヘアを一つに束ねた体の曲線が美しい紺色ビキニの女性がペア。
相手はガッチリした山男体型の男と、首から下のスタイルがボン・キュ・ボンのターコイズ色ビキニを来た女性だった。
相手側の方が、苦渋の表情をしている……という事は、負けているんだね、きっと。今の試合経過。たかだかゲームで、そんな切羽詰まった苦しい顔をしなくても、と思ったが。
粘る事も無く、あっという間に勝負はついてしまったようだ。真さん風の男が、空中にトスされたボールに手で激しく叩きつけてアタックを。それが相手コートの死角に見事、鋭く華麗に決まった。
ワアアッ……そしてパチパチパチ……。
決まった瞬間に、観客からの大きな拍手が。あたしもつられて手を叩く。
あたしの頭上から声が聞こえた。
「どうだ。カッコイイだろ」
あたしは突然の声の出現にびっくりして、前を向いたまま頭だけを動かし後ろを見た。
後ろに居たのは正真正銘、真さん。あたしの視界からでは、真さんのアゴが見える。
何だ。居たんだ。
「カッコ……って。誰が? 知り合いが居るの?」
と、あたしは真さんに尋ねた。真さんはチラッとあたしを見下ろして、すぐに視線をコートの方へ移す。
「あの、最後に決めたイケメン」
どうやらあたしが真さん風と思っていた男の事を指しているらしい。彼がどうした?
「アレ、昔の俺」
「ちょっ……あっ、と、は、えと、は……何いっ!?」
意味不明な言語をあたしは発してしまった。解読は寿也でも不能だ。
寿也はあたしとは違い、すんなりと受け入れた。
「へえ。じゃあさっきの真木の電波の相手をしていたのは、あっちの方か。ヤバかったな、真木」
納得している。
え? ……つまり。あたしのミルキー電波を受け取った人は、あそこで試合をしていた過去の真さんの方で……。今あたしの後ろに居る方が紛れも無く、本物。
だとしたらヤバかった……本当だ。もし下手な事を言ってしまったりして過去の真さんと鉢合わせなんて事になっていたら。歴史や未来が狂ってしまいかねない。何処がどう転ぶか わからない、それは何だか怖い気がした。
「記憶喪失にでもなったかと思ってた! ……何処行ってたんですか、もう」
あたしがプーとふくれ面になると、「ちょっとトイレに」とか言いながらハッハッハッと笑った。あたしたちを連れ、近くの海の家の陰に隠れた。パラパラ……と、観戦を終えた客が まばらに散っていく。
「その後、色々と思い出してきた。ココ……何処かで見た事があるなあと思っていたら。それもそのはず。俺、学生時代の夏だけココでバイトしてた事があった。そんなまさかと思って記憶を辿って。こっち側に来てみたら……何とォ!」
両の手の平を上に掲げ、『アラびっくり!』のポーズをとった。
「居ました居ました、昔の俺。懐かしいなあ。ビーチで女の争奪戦」
あたしは真さんの言葉の終わりにぶっ飛びそうになった。「争奪戦んんっ!?」と。
「わけを話すとね」
真さんは事情を説明する。簡単に言うとこうだ。
真さんは友達の女の人とココでバイトをしていたわけだけれど。休憩中、ビーチで遊んでいたら。
その連れの女の人がナンパされたそうだ。しかも、しつこく。
仕方無いので真さんは助けようと口を出した結果、スポーツで決着をつけようという事になった。
で、真さんは難なく圧勝したと。
おめでとう真さん。あたしはとりあえず心の中で そう言っておく。
「ふーむ。カッコいいなあ俺。輝いてるなあ俺。外から見るとあんなんだったんだ、俺」
と、真さんは しみじみと『俺』コールを連発した。大丈夫かなあ、『俺』酔い。
「……という事は。今夜、これから素敵な事が起こる」
「!?」
あたしと寿也は眉をひそめた。真さんはそんなあたしたちにフフ、と笑いかけ聞く。
「刺激的ロマンナイトが訪れる。……どうだい? 見るかい?」
ニヤニヤ笑ってあたしたちを観察した。
刺激的ロマンナイト。
ええーっと……。
どうしましょう。
あたしの中で、『好奇心』と書かれた服を着た羽のついた天使と、『遠慮』と書かれた服の天使と。『寿也に任せる』他力本願な天使と……その他の天使たちが、コタツの周りに集まってワアワアと会議をしていた。
皆、天使のくせに自分の意見を通そうと頑固だ。コタツの上のミカンも手に取り減っていく。
「見る」
……そう言い出したのは『寿也』と書かれた服を着た はみ出し天使だった。あたしでなく、寿也本人の……。
天使会議、ココまで。
「と、と、と、寿也!?」
あたしは目を丸くして、無表情で言い放った寿也を見た。……何を考えていたのか、知りたい。
「ま、まあ。じゃああたしも。寿也が言うなら」あたしはそう答える。
本当にそうかな? とあたしの中の天使の誰かが言っている気がした。
ええい、潰せ、天使! 「うぎゃあ」
真さんはまたまたニヤリと笑って、「じゃあ今夜。日が沈んでからココで」と言って手を振って去った。
去ってしまった……。
あたしたちが残る。呆然と、突っ立ったまま……。
「カキ氷食べよ」
寿也は海の家の中に入っていった。
日が沈むまで、あたしたちは海の家の前のベンチで並んで座ってカキ氷を食べたり、また海で泳いだりして過ごした。
しばらく遊んでいたので疲れてきた。砂浜にシートを広げてその上で休んでいると。いつの間にか寿也は体育座りのまま、眠ってしまった。俯いて寝顔は見えないけれど、スースーと寝息を立てている音がする。
そういえばタイムマシンに乗り込む前って、深夜だったっけ。本当なら寝ている時間に、あたしたちは遊んでいる事になる。そりゃ、疲れるわよね。
あたしも……眠い。
段々と、目のあたりが重く感じてきた。一回そう感じたせいか、段々と、また重く……。
ウツラウツラとしていると、突然横から何かが倒れてきた。「!」
あたしの伸ばしていた足の上に、重みを感じる。驚いて目を開けると、あたしの太ももの上に寿也の頭が。どうやら体勢が崩れて、乗っかってしまったようだ。
「…………」
あたしは赤面した。
どうしましょう。
寿也は気がついているのかいないのか、眠りこけてしまっている。何だかとてもそれが、小憎らしい。
(ま、いっか……)
どうする事もできないので、そのままジッとする、あたし。
考えてみたら、寿也は今日ずっと気を張りつめっ放しだ。あたしよりさぞ疲れている事だろう。
休ませてあげよう。
あたしの中の、『母性』と書かれた服を着た天使が、ニコニコと微笑んでいた。
だいぶ人が、帰ってしまったのか少なく閑散としてきた。
海の向こうで日がゆっくりと沈んでいく様子を、あたしはずっと座ったままで見ていた。
しかしそれも終わり、夕日が完全に沈み終わった後。ちょっと風が冷たいな、と感じた所で寿也が目を覚ましゆっくりと起き上がった。
海の方から視線をあたしに移すと、何処かホッとしたような顔になった。
「ごめん。完全に眠っていたみたいだ。戦車と対決する夢を見ていた」
……ああそう。楽しそうね、ソレ。夢の中だけだといいわね。
「ううん、いいよ。それより、遅いな。真さん」
キョロ、と横を見てみると。ちょうど真さんらしき人がこっちへ向かって歩いてきた所だったのが見えた。手を振りながら。
さて。
行ってみますか、『刺激的ロマンナイト』。
真さんの横に並び、あたしたちは海岸沿いに歩いた。
何処に向かうのか真さん任せだけれど、それよりもあたしは別の事の方が気になった。
真さんが片手に持ってぶらさげている、白い大きめの紙袋。中には黒いビニール袋のような物が見えた。何だろう?
「それ何ですか真さん。何処からそんな物を」
と、あたしが聞いた。
「海の家のおばちゃんたちにもらって来てね。ちょっとこしらえた。……まあいいから。それより、目的地に着く前に、打ち合わせをしておくよ真木ちゃん、寿也くん」
打ち合わせ?
あたしも寿也も、よくわからない顔をしていたが。
「悪いけど協力してほしいんだ。いいかい」
と、ウインクする……ううーん、まあいいけど。何するんだろう。
「この先に岩場があって、そこである男女のカップルがイチャイチャしているんだけど」
「真さんですか。若かりし頃の」
すかさず寿也が話に斬りかかった。真さんは直接それに答えずフッ……と意味ありげに笑いサラリと前髪をかき上げた。シャラララン。何その貴公子の輝き。
つまり的中なんですね。それならそうと言ってよ、驚きませんから今さら。
「するとそのムードをぶち壊すかのように、クマオ星人が登場だ」
「は!?」あたしが叫ぶ。
クマオ星人!?
「覆面を被っているが、中身はアクマ星から来たクマオ星人。俺らはそいつをやっつけるんだ!」
真さんは片方の手に力をこめて前方へ振りかざす。アクマ星から来たクマオ星人? 何そのややこしい設定。アクマ星人じゃないわけ? しかもあたしたちが正義のヒーローみたいに。
「へえ……倒していいのそいつ」
「イエッサ。もう、ボコボコにやっちゃって、そいつ。俺の過去には支障は無い」
は、はあ。いいのかなあ。クマオさん。
「でも、過去の真さんと今の真さん。2人が鉢合わせしたら、マズイんじゃない?」
とあたしが心配すると、真さんは持っていた紙袋を上に持ち上げ、バンバンと紙の胴体部分を叩いた。「そこでコレの登場!」
だから何なのよ、ソレ。