第66話(パス1048 その1)
脱線エピソード行きます。
正式サブタイトルは【パスワード1048−ト・シ・ヤ−】です。
いつものより長めで、脱エピ中は1話5000文字ほどです。
ひと夏の真木たちを、どうかお楽しみ下さい……。
タイムマシンに戻った寿也は、妙に明るかった。
タイムマシンに乗り込んだ後、後に続くあたしたちに振り返っていきなり「ミルキービーム」……とか言って自分のオデコに両手のピースサインを添えつけて、エアー攻撃を繰り出した。
「うぎゃあああ〜」
と、のど元を押さえて苦しみ倒れるリアクションをとったのは真さん。後ろにスローで倒れた。
「あ、ミルキービームは肩こり・腰痛・疲労・シコリ・弁慶・悪心・赤子に効くから」
寿也はそう言ってスタスタと先に座席に座った。
そんな温度差の激しい小漫才にあたしは苦笑いをして席に着いた。
さて、現代に帰ろうか。
3人とも、座席に着いてベルトで しっかりと体を固定する。あたしと寿也が横並びになっている前で、操縦席の真さんが突如「あ」と声を上げた。
「何」
「どしたの、真さん」
あたしたちが揃って聞く。頭しかシートの背もたれのせいで こちらからは見えない真さんは、ペシペシと自分の頭をフザけて叩いている。
「パス入力、間違えた」……そんな事を。
パス? パスワード入力?
……って、あの、ココに来る前に言っていた4ケタの……『1048』の事?
あたしはココに来る前の やりとりを思い出す。覚えやすいようにパスワードを考えたはずだ。『1048』……『ト・シ・ヤ』と。
「『1048』だったろ……『8』を『6』って入れちゃった」
真さんは両手を天秤のように掲げて肩をすくめた。
「『トシロー』じゃないよ。『ト・シ・ヤ』だってば」
あたしのブーイング。
「『5』だったら『ト・シ・コ』さんだな。へっへっへっ」
話を展開する真さん。下品な笑い付き。
「人の名前で遊ぶなよ。どうでもいいから、早く再入力して」
展開を強制終了させようとする寿也。
……ところが。
「残念。入力失敗には、ペナルティが下されるシステムなんだ」
という事を言い出す真さん。
「は!?」
あたしたちは叫んだ。そんなの初耳だ。
無情にも、タイムマシンは何処かへ向かう。さて何処へ。
ヒント。未来か過去の、どちらか。
「いったん未来か過去へ降りて、24時間を過ごさなければならない罰システム」
さらに真さんは付け加える。
「どの時代に降り立つかは運次第、またはタイムマシンの気まぐれ」
あたしと寿也はもっと音量を上げて叫ばずにはいられない。
「何だそりゃあああ!」
……。
かくして、タイムマシンは何処かの土地へと降り立った。
あたしは着陸後、まだ座ったまま丸い窓から外の様子を窺う。耳を澄ましてみる。ひょっとすると外では突然のタイムマシンの出現に、人だかりができて大騒ぎしているかもしれない……そう思った。
しかし。
窓から見えた景色に、少しあたしはホッとした。
「大丈夫みたい。ココ、どうやら海岸みたいだよ」
寿也も真さんも、ベルトを外しながら窓を見る。そして外に さっそく出てみる事にした。
真さんがギュイーンと、ゴムのように機体の壁を引っ張り穴となった出入り口を開けてくれて、あたしたちは表へと一歩を踏み出した。
予想通り、誰も居ない。目の前には海が広がるばかりだ。見渡す限りの海と、降りた所は ただの砂浜。波うち際にタイムマシンは位置していた。入り口に手をかけながら真さんは言う。
「一応機体にはシールドを張って隠しておくよ。それじゃあ行ってみようか」
ザザ……ン。波が穏やかな音を立てる。キュアッ……手の届かない青空の中で鳥の声が。鳥も何羽かバラバラと、空の中を楽しそうに遊んでいる。
天気も良く、日光は あたしたちの頭上でサンサンと輝き、遠海では うっすらと横のびに細く連なる陸が見える。ココは何ていう海なんだろうか。
「……暑いっ」
あたしは我慢できなくなって言葉を吐いた。
その次を考える前に、来ていた白のダウンジャケットを急いで脱ぎ、出入り口がまだ開いているタイムマシンの中の床めがけて放り込んだ。「暑いんだけどっ」……もう一度繰り返す。
タイムマシンの中では全然感じなかった温度が、外に出た途端 急激にあたしたちを襲ったのだ。
太陽はサンサンといった陽気な性格では無く。ジリジリと熱線で容赦無く地上のものを焦げつかす……火の玉だ、きっと。
ジットリと、汗が体中から にじんでくる。顔から手から足から背中からも。
あたしはさらにもう一枚、黒のカーディガンも脱ぐ。脱ぎながら寿也たちの方も見もせずに、
「暑いでしょ!? 脱いじゃいなよもう。何でそんな涼しい顔してるわけ2人とも!」
とフーフー息をついてみせた。何を言っても まだ暑い。暑い暑い暑いったらないわっ。
「季節は夏なのかな。どうやら」
真さんは着ていた茶色のジャンパーを脱ぎ、あたしと同じくタイムマシンの中に放り出した。あたしは履いていたラメの入ったスニーカーと、厚めの あったか靴下も脱いでポイと。
寿也も脱ぐ。リバーシブルの上着と、下に着ていたトレーナーまで脱いで。ランニングシャツになった。
あたしは長袖の袖をめくり上げて何とか七分袖に。本当は履いていたジーンズパンツも脱ぎたい所だが、替えは無いので断念した。
そんな風に身が軽くなっていった あたしたち。だがタイムマシンの入り口付近は衣類の山だ。
あたしは その山を片付けて。ピットリと嫌な感じで肌につくジーンズや髪の毛を恨めしいと感じながら。
さあこれで再出発だと……でも何処へ。
「地形や海の色、鳥とかを観察してみると、たぶん日本だとは思うんだけどな。……ああホラ、見て」
と、真さんは砂の中に埋まりかけていた空き缶を掘り起こした。よく日本で宣伝している大手メーカーのものだ。「日本メーカーだから。きっとたぶん」
真さんは空き缶をペコペコとヘコませたり戻したりして手で遊んだ。
しばらく海岸沿いに歩いて行くと。ガヤガヤと騒がしい声が近づくごとに大きく聞こえてきた。
もう少し行った所で海の家や、露店が並んでいるのが見える。人もそこを中心に集まっているようだ。
すれ違う人は日本人ばかり。焼きそばやカキ氷といった屋台が並び、前を通りがかると鉄板のジュウジュウという音やソースの香ばしい匂いがやって来る。
子供が何人も飛び走りまわり、イチャイチャした若い男女のカップルや ほのぼのとしたファミリーの姿が あちこちに。砂浜では他にも、スイカ割りをしたり砂の山に埋もれて昼寝しているオジサンがいて、それぞれ好きに海をエンジョイサマーしていた。
「水着でも買ってこない? 何処かに売ってないかな」
やけにキョロキョロしているなあと思っていたら真さんてば。そんな事を。
「いいよ。疲れるし」
「日焼けしちゃう。あたしも遠慮しとく」
寿也とあたしは子供にあるまじきテンションの低さで拒否をした。
「何だよ2人。子供のくせに……シクシク」
真さんの泣き真似。……何なに、そんなに遊びたかったの真さん?
「こうしよう。水着が売ってあったら、遊ぶ!」
目を輝かせている。
そんなに張り切っちゃって。真さん。
探すと、レジャー用品の他に水着を売っている店があった。真さんは あたしたちの横で飛び跳ねて無邪気に喜ぶ。あたしたちより よっぽど子供みたいだ この大人は……。
あたしは薄いピンクのフリル付きワンピース、寿也は青無地のハーフパンツの水着をそれぞれ真さんに買ってもらった。
真さんの水着は黒の星座柄。そしてエアーボートを一艘、レンタルで借りてきた。
海を満喫する気マンマンのあたしたちは、店から砂浜へ出る。ヒサシを出ると容赦なく太陽は光線を浴びせた。
あたしは日焼けを気にして、真さんに頼んで日焼け止めを。「塗りましょうかレディ?」と真さんはモミ手で言ったが、「……いえ。結構」と丁重に断った。
横では寿也が無言でサンオイルを体に塗っている。
真さんはボートで海へ。
あたしと寿也は浅瀬で泳いでいたり。砂浜で砂の城を作ったりし始めて遊んだ。
だいたい砂の城の形が完成に近づいて来ると、あたしは手を止めて寿也を見た。
寿也は黙々と、水分を含ませた土を被せてペタペタと城の外形を形づくっている。
……あたしは ためらいもあったけれど、勇気を出して聞いてみようとした。
「寿也、あのさ……聞くの、どうしようか迷ってたんだけどね……」
「ん?」
「どうだったの……? お母さんには、会えた……?」
恐る恐る聞いた。ものすごく慎重に、寿也の機嫌を気遣った。もし寿也を傷つけてしまったならと。そんな心配をしていた。
しかし寿也は そんなあたしの気持ちも とっくに察しがついているのか、普通に答えてくれた。
「『未来が見えている』んだとさ」
「『未来』……?」
「僕らの事もこれから自分の身に起こる事も全部お見通しみたいだった。余計な事をして歴史を変えるなと怒られた」
「は……? はあ……そうだったの」
世の中全てお見通しって事?
寿也のお母さんて。何だかちょっとスゴ者。
「『くそばばあ!』って言って帰って来た。そんだけ」
く……。
あたしは目が点になった。まさかひょっとして親子ゲンカ? ……こんな時に。
「ドえらいお母さんだったんだね……あたし、“親子! 時空を超えた感動の再会! 〜ハンカチのご用意を〜”風にお涙頂戴劇を想像してたんだけど。実際はそんなもんなのね……って、寿也、これからどうするの?」
あたしは休めていた手をまた動かし始めた。だけど城とは関係無く、土団子を作り始める。
「何が」
「すぐには燃料が無いだろうから無理だけど。また……行ってみる? 寿也のお母さんに会いに」
「いや。いい。頑固そうだから」
目を伏せた。
そう……寿也がそう言うのなら、と。あたしは それ以上は言わなかった。
「あれ……? 真さんは?」
ふと、海の方を見ると。
さっきまで沖の方でプカプカと浮いていた、真さんが昼寝しているはずのボートの姿が無かった。
周囲や近辺を見渡しても、居ない。
真さんが消えた?
あたしは立ち上がって手についている土を払い、ヒザの土をもパッパと払って。もっと広範囲にまで視野を広げて、真さんを捜してみた。
おかしいな。
海の家に入ったんだろうか? 見える所には少なくとも、居ない。
「トイレかもしれないし。相手は大人だから、心配無いと……一応、思ってる」
言いながら寿也も少し気にし始めた。
「あ、ミルキー電波はどう? あたし、やってみようか!」
と、あたしは提案する。我ながら、ナイス思いつき。「できるのか?」と寿也は聞いた。
「一度だけ千歳くんを呼ぶのに成功した事が。近くに居れば、たぶん……」
あたしは さっそく目をつぶり、こめかみを手で押さえた。
集中だ。これ大事。
集中……。
(「真、さん。真さん……おーい、常野真、さあーん……」)
あたしは名前を呼んだ。しばらくジッと待つ。寿也もあたしを黙って見ている。
(「何処に居るのー。返事をしてええ〜」)
あたしは何度も呼びかけ、名前を呼ぶ。何度も。
……。
おかしいなあ。返事が無い。電波が発信できていないのかな。
あたしはチラッと寿也を見ると、「大丈夫。僕には聞こえているから」と言ってくれた。
寿也に聞こえているという事は、発信はできているらしい。
それはホッとするけれど……だとしたら、返事が無いのは……。
あたしが徐々に真さんの身を心配してくると、微かに、誰かの声がした。
(「……ら、誰?」)
(「え? 今、何て?」)
よく聞き取れなかったあたしは聞き返した。
(「真さん? 真さんね? 今、何処で何してるの」)
すると次からは、はっきりと聞こえるようになった。
(「俺は常野真だけど。ええと、たぶんだけど、そこからならもっと離れた……灯台がある方面に向かって1・2キロくらい行った先の所あたりに居るよ。今ビーチバレーしてるんだ」)
は? ビーチバレー?
あたしは寿也と顔を見合わせた。
いつの間にそんな離れた所に行ってんだろう。
瞬間移動でもしたんだろうか。
(「突然居なくなったからびっくりしたわ。返事があってよかったけど。心配するじゃない」)
とあたしが言ったら。
しばらく真さんは黙ってしまった。アレ? とあたしが(「真さん?」)と不思議がると、真さんも不思議そうな調子で聞いてきた。
(「君、誰?」)




