[42]盗撮魔◆許すまじ
「――これが盗撮画像の裏サイトよ」
ボク達が見守る中、いつの間にか立ち直った津島さんが、さっきまでのことはまるで無かったかのように、落ち着いた様子でタブレットを差し出した。
そう。何事も無かったかのように、堂々と。
ボクは知っている。これこそが、津島さんを津島さんたらしめる、彼女が天から与えられた類稀なる能力。
浅見さん曰く実は津島さん、しょっちゅう失敗や粗相をしているらしい。かなりのドジっ娘なのだ。
ところが、そのリカバリが天才的というか、誤魔化すのがやたら上手いというか、さり気なく無かったことにする能力に長けているというか、とにかくそんな天賦の才に恵まれている。
どうすればそんな事が出来るのか想像もできないけど、ほぼ本能的なものなんだとか。
恐るべし! 津島お嬢様。
まあ、周りの目に『超絶美少女』『旧家のお嬢様』『万能少女』というかなりのバイアスがかかっているのも、彼女のスキルを後押ししているのだろうけど。
さて。とにかく話は振り出しに戻った訳だ。改めてボクらはタブレットを囲み、その裏サイトとやらに見入った。
そこには何の説明文も無く、ただサムネイル画像が並んでいた。津島さんのポエムサイトとは正反対の、殺風景極まりないページ。
高いところから見降ろしたようなアングル。写っているのは着替え中の生徒。アングルのせいだろうか、最初そこが何処か分からなかったけど、良く良く見てみると、確かにいつも使っている更衣室っぽい。
浅見さんが手を伸ばしタブレットの画面をスクロールさせる。ところが、どこまでスクロールさせて行っても終わる気配は無い。着替え、着替え、着替え――。似たような画像がひたすら並んでいた。
「うわぁ……こりゃ酷いわー」
「……う、嘘……」
浅見さんが悪態をつき、香純ちゃんは涙目になっていた。
正面からの画像じゃないからはっきりとは分からないけれど、見知った顔もいくつかあった。ここが白梅女学院ということに間違いは無いらしい。
津島さんと浅見さんが鼻息を荒げ、お互い確認し合うように言った。
「これって犯罪よね」
「犯罪だよねー」
「盗撮魔、許すまじ!」
「応!」
「倒せ、盗撮魔!」
「応!」
「うるうる……えっぐ、えっぐ……」
津島さんの掛け声と共に浅見さんの鬨の声が上がる。香純ちゃんは泣きだしていた。サムネイルの中に香純ちゃんの画像があったのだ。きっとショックだったのだろう。
そんな中、ボクとアヤメはお互いの顔を見つめ合っていた。どうリアクションしていいか分からなかったから。そんなボク達に津島さんは怪訝そうな顔で聞いた。
「どうしたの、果無さん? ポカンとしているけど」
「いや、確かに酷いなとは思うけど……これって立派な警察案件だよね? ボクらに何ができるって言うの?」
おかしなことは言って無いと思う。これはどう見ても十分な犯罪。証拠を警察に突き出して捜査してもらう以外に、どんな方法があるのだろう。
ところが津島さんの答えは違った。
「うふふ……警察? 生ぬるいわね」
ニヤリと冷たい笑みを浮かべた津島さんに、ボクは良く研いだ抜身のナイフが放つ光のような危うさを感じた。そんなボクの尻込みをよそに彼女は続ける。
「――このようなものを晒してくれた憎っくき盗撮魔に、生き地獄を味あわせてやるのよ……うふふ……うふふふふふ……」
ありゃりゃ……目が逝ってます。きっと心の底からそう思ってるんだ。
確かに津島さんの気持ちは分からないでもない。だけどそれはボクにとって、言ってみれば概念的なもの。
男のボクとしては、着替えの画像くらいで――いや、さすがに裸の画像ってことになると嫌だけど――ここまでの殺意を抱くという心理は想像の範囲外だったりする。正直言うと実感はあまり湧いてこない。
(――参ったな。ここは少し、なだめておいた方がいいのかな?)
この状況の中、あくまで冷静なボクはそう思った。思ったのだけど――ところがそれは杞憂でしか無かった。
「マジ許せないよねー。うわ、香純パンツ見えてんじゃんー」
「うるるる……酷いですぅ……」
「浅見さんのもあるわよ」
「げ! ふざけんなよー シャワー中の!? よりによって私? マジ犯罪だろこれー」
「部室棟のシャワー室ですかー、運動部の生徒は被害甚大ですぅ」
「エロエロよね」
「あー、委員長の写真もありますー」
「ホントだ。うわ……りさっち、結構おっぱいあるじゃん。着やせするタイプなんだー」
彼女達の会話はいつの間にか盗撮画像の鑑定(?)に変わっていた。妙に盛り上がっている。気のせいか楽しんでいるような。
さっきまでの殺意は何処に行った? 何故ころころ変わる? 一貫性がまるで無いぞ。女心と秋の空ってか?
ボクは取り残されたまま、捉えどころのない乙女の心理条件に想いを馳せていた。浅見さんはそんなボクに降り向くと、こっちこっちしながら言った。
「どしたのー、美彌子っち? 突っ立ってないで一緒に見ようよー」
「はあ……」
ボクは覇気のない声で答える。浅見さんは無邪気そうに言った。
「そういや美彌子っちの写真は無いの?」
「うふふふふ……」
津島さんの含み笑い。ボクは背筋にゾクリと冷たいものが走るのを感じた。
「あるのよ。超お宝プレミアム級の一枚が……」
手慣れた手つきで彼女はタブレットを操作する。まるで目的の画像が何処にあるのか把握しているかのように。
どよめきが起こった。
数秒後。三人は同時に顔をこちらに向け、ニヤリと笑った。
ボクは恐る恐る近付き画像を見た。そして思わず叫んだ。
「な、な、な、何これ!? えええっ……ちょっと、これ、無し!」
一瞬にして全身の血の気が引いた。
羞恥、羞恥、羞恥、羞恥、羞恥、羞恥、羞恥――。
ボクの頭は一瞬にして、そんな言葉で埋め尽くされてしまった。
「うおおおおっ、姫様!? お胸を“寄せて上げて”してますっ!」
アヤメが冷静的確にその画像の状況を説明した。そんなストレートに言わないでくれ! というか勘弁してえっ、顔から火が出そうだ。
そう――制服の上を脱いだボクは、うつむき加減に下を向いて、ブラジャーの上から両手で“寄せて上げて”していた。ボク以外の四人は一気にテンションMAX。
「エーデルワイスの君も、やっぱり気になるお年頃なのねー」
「美彌子さん……その仕草、可愛いらしいですぅ」
「ち、違う!」
「あああっ、姫様! 御用命いただければ、御手を煩わせずとも、ワタシが代わりにやらせて頂いたのに……じゅるじゅる……あ、いけない……よだれが……」
「あああっ、なんて美しくて背徳的。恥じらいと恍惚の入り混じった表情……素敵。やはり私の見込んだ人だけあるわ、果無さん」
「だから違うって!」
「まあ、いじらしい。違うって、どういう風に?」
目をキラキラさせて聞いてきた津島さんに、ボクはもはや返す言葉も無かった。
ぐぬぬ――降参です。はい、確かにやりました。憶えがあります。他に誰もいなかったから、つい。
でも、よりによってなんであの時の画像が……。ボクは誤魔化すのを諦め、本当のことを言った。
「その……意外だったんだ。クラスのみんな、けっこう胸があるんだなぁって。それで思ったんだよ、大きく見せる工夫でもあるのかなって……」
女子高生のバスト事情なんて知らなかったし、制服からだと良く分からなかったんだ。それだけに意外だった。高校生の平均ってこれ位あるの? それとも何か仕掛けでもあるの? ――って。
「だから“寄せて上げて”?」
「……うん」
「気にしてるんだ?」
「違う! 断じて違う! いや、だから純粋にどうなんだろうって試してみただけで、気にしてるとかそんなんじゃ……」
しかし、ボクのそんな釈明は全く通用していないみたいだ。
「まあ、気になるわなー」
「気にしてないって!」
「それにしても、果無さんってそのルックスでしょ? “きっとお胸もドーンでバーンに違いないわ”って思っちゃうけど、実物は確かに意外なほど控えめよね」
「うんうん。“煽情的なドレスを身に纏ったうら若く美麗な王女様。その豊満なバストにみんなの視線は胸元へと集まり――”みたいなイメージだけど実際は……」
「ぺったんこぉ!」
「あははは……参ったなこりゃー。あ、ごめんごめん美彌子っち。でも、小さめの方が好きだって殿方も多いそうだし、気にしなくていいよ」
「だから気にしてないって!」
「美彌子さん……やっぱり大きい方がいいですかぁ?」
「そんなことは無いって! 思ったことさえ無い! ほんと、これで十分。これ以上無理!」
というか男に戻してくれ。
「またまたぁ、誤魔化しちゃって」
「大丈夫よ。私も少し気にしているから。お胸で悩んでいるの、貴方だけでは無いわ」
「そうだよねー。深央も小さいよね。あ、そっか。すげぇ、エーデルワイスの君とヒメサユリの君、二人ともおっぱいギャップに悩んでるキャラかー」
「あけすけに言われると少しムカつきますわ」
「津島さん! 姫様のこの画像、頂けないでしょうかっ! 家宝にします」
「いいわよ。わたし用に課金してダウンロードしたフルサイズ画像があるの。独り占めは良く無いものね」
――え?
「エーデルワイスの君のお宝画像欲しい人ー、はーい!」
「浅見さんもね」
「私も欲しいですぅ……はーい」
「香純も? ということは、果無さんも含めてここにいる全員ね」
勝手に決めないで……津島さん。
この一件で心の底から思い知らされた。知らないうちに自分の恥ずかしい写真を撮られ、拡散していく恐怖。それは女も男も関係ない。とても恐ろしいことだということ。
そして、そんな事をしでかす不埒者の卑劣さを。
ボクは誓った。
「許すまじ。盗撮魔!!」
――追伸――
後になって思ったけど、あの盗撮画像、何でもっとちゃんと見なかったのだろう。特に香純ちゃんのパンツ。裏サイトのアドレス、聞いておけばよかった。
タイトルについて雑感的な(1)
連載再開に伴いタイトルを変えました。ということで、タイトルをお題に後書きをば。
周りを見渡しますと皆さん、きらりと光るセンスの持ち主ですよねー。どれも思わず興味をそそられる魅力的なタイトルです。
一方の私はまるで駄目でして…いや、本当に難しい。もうちょっと良くしようと悩み考えたのですが、名案が思い浮かぶはずも無く…結局は至極無難な新タイトルとなりました。
ということで、この場を借り、没タイトル案をつらつらと書き連ねようと思います。
「仮初の衣装を纏いし君と僕と…」
執筆開始当初のタイトル。いわゆるセカイ系? 実際の内容とまるでマッチしていないのでボツ(実は多少未練あり)。
「キミとボクとで魔法少女!」
うわ、一番やっちゃ駄目なやつ。痛々し過ぎてボツ。
「魔法なんてある訳無いじゃないですか!」
作中の台詞から。ありきたり過ぎるというか、絶対存在するよねこのタイトル?というか、インパクト無さ過ぎでボツ。
(つづく)




