[34]相当リョナってますよ、これは
少しだけですが登場人物(少女)が肉体的ダメージを受け苦悶する描写があります。「女の子を痛がらせるのはフィクションでも嫌」という向きの方はご注意を。主人公(ミヤコ姫)が魔法少女(香純)を救うため、自らを省みず敵に飛び込み、その結果気を失うという話です。
香純ちゃんの動きは素早かった。普段のノンビリした少女とはまるで別人。トネリコの箒に跨り、まるで弾き出されたかのように津島さんの方へと向かっていく。
「……駄目ですぅぅぅーっ……」声を上げながら突き進む香純ちゃん。
「香純っ!? こっち来ちゃ駄目!」
その一方で、ボロボロと落ちる瓦礫に翻弄されながらも叫ぶ津島さん。こんな彼女の声、初めて聞くかもしれない。金切り声。いつしか、彼女の呼び掛けは『風見さん』じゃなく『香純』に変わっていた。
でも、香純ちゃんは速度を緩めない。ある時は落ちてくる瓦礫をかすめ、時には瓦礫に体当たりしながら。辛うじて残っていた照明はまるでフラッシュの様にチカチカと明滅する。モーション撮影の様に、コマ送りで遠ざかっていく香純ちゃんの姿。
「ユル・ソーン・エオーグ!」
遠くから防御魔法の呪文が聞こえる。香純ちゃんの魔法。地下通路はぼんやりとした光に包まれる。それは香純ちゃんを中心にした光の盾。津島さん達がいる辺りまで、空間はその力で満たされていた。
「今のうちですぅ……」
ぷかぷかと浮かぶ何百もの破片の中、香純ちゃんが声を上げる。頷き、再び早足で歩き出す津島さんと浅見さん。その向こうにある〈ストリングス〉の塊は、ウゾウゾと動きながらも見えない壁によって押さえ付けられている。術を展開しながら後退する二人。
その時だ。妙な胸騒ぎを覚えたボクはふと、香純ちゃんの頭上に目をやる。通路の天井があった場所。崩れ落ちた天板やコンクリートの跡、そこに真っ黒な空間がポッカリと開いている。その隙間から、何かが垂れ下がっていた。
(――何だろう?)もう一度、目をしばたく。気のせい?
いや、違う! それはチロチロと隙間から出たり入ったりを繰り返していた。まるで蛇の舌、あるいは落ち着きなく動く触角――まさか!?
「香純ちゃん、危ない!」
でもボクの叫び声は一瞬、遅かった。
「……!?……」香純ちゃんの声にならない叫び。
天井の隙間から漆黒の鞭が一気に噴き出し、それは香純ちゃんの体に巻きつく。それは、あまりにあっけない光景だった。
一瞬、彼女の防御魔法が弱くなる。パラパラと落ちだす瓦礫。でも香純ちゃんは持ちこたえる。彼女は、今度は声に出して叫ぶ。
「津島さん、浅見さん! はやく逃げてですぅ!……」
その声は、あまりに悲痛なものだった。彼女が受けているであろう、強烈な痛み、底知れぬ苦痛が混じり合っていた。
「でもっ!?」
香純ちゃんを助けようとする津島さん達――しかし、それは無理だ。彼女たちもまた、向こうからやってこようとする〈ストリングス〉を全力で抑え込んでいた。今、香純ちゃんを襲っている〈ストリングス〉に力を集中すると、三人とも飲み込まれてしまう。
その様子を目の前にして、ボクの単純な頭が思いつくことは一つしか無かった。
「a・r・n・i!」
気付いたら、飛行魔法の呪文を唱えていた。
がんじがらめにされている香純ちゃん――そうしている間にも、彼女の身体に次々と〈ストリングス〉は巻きついていく。既に香純ちゃんの姿はほとんど見えない。それはまるで真っ黒い歪な繭。
「姫様っ!? 危ないです、お戻りを!」
そう叫んでくるアヤメも、ボクのすぐ後ろを追いかけてきていた。
「アヤメは津島さん達のフォローをお願い!」
「駄目ですッ! 姫様ーっ!!」
アヤメの声を無視し、香純ちゃんを取り込んでいる黒い塊に飛びつく。しかしその瞬間に思い知らされる――それは、決して触れてはならないものだったということに。
「……痛アッ!?」
一瞬遅れてボクの手に激痛が走る。この塊、漆黒の縁を彩り、鈍く光る艶めかしい黒の狂気。それはまるで、薄く鋭い鋼のリボンだった。
焼けるような熱さと、凍てつくような冷たさと、激しい痛み。この黒い弦は、それらをごちゃ混ぜにして、触れるもの全てに撒き散らしていた。
(――きっとこれは、ボク達とは決して相容れないもの)
五感を通して流れ込む苦痛がそのことを語る。本能的な恐怖、嫌悪。そう。これは、良くないモノ。ボク達を滅ぼそうとする邪悪な存在だと。
(でも香純ちゃんはこれよりはるかに激しい痛みに、耐えているの!?)
痛みに支配されている意識の片隅、そう思い至る。
(まずい……早く……何とかしないと。どうすればこれを解ける?……硬く巻きついているこれを……何か……魔法は……こんな時に仕える魔法……アヤメから教わった呪文……その中で応用……できるもの!)
必死に思い巡らせる――でも、全く頭の中がまとまらない。戦闘中は三割しか頭が働かないって、こういうことなのか。
その時、この黒い物体が再びウゾウゾと動きだすのを感じる。
(何だ!?)
一本の長い、長い黒い紐。硬質な刃。その一端がボクのすぐ前に現れ、鎌首をもたげていた。
『……ザッ……』
ボクは悟った――それが、自分の身体を貫いたことに。
一瞬遅れてやってくる真の激痛。あまりの痛さに、最初それが痛みだということに気が付かなかった。
「ぐはぁぁぁぁぁッッ!」
腹から背中、一直線に結んでいた激痛は膨れ上がり、一瞬にして全身に広がる。悲鳴にならない悲鳴。
「!?……姫様ッッ!!」
「果無さん!?」
「おいっ!」
三人の悲鳴が遥か遠くから聞こえる――痛み以外の感覚が全て遠ざかっていく。
(……アヤメ……)
脳裏に彼女のイメージが浮かぶ――それは初めて出会った時の姿。ひょっとしたら、彼女もこんな風だったのかな?
そして次の瞬間――とても不思議な感覚だった。猛烈な怒りが心の奥から沸き上がる。それは猛烈な痛みと混じり合っていく。怒りと痛み、原始的な感情と感覚。ボクは心の中で叫ぶ。(こんな理不尽なこと、許せない)――と。こいつを、この邪悪な存在を、このくそったれを、ボロボロにしてやりたい――そう強く願う。
その時――強烈なイメージを伴い、一つの呪文が頭に浮かぶ。
『強化防護服にはチュートリアル機能があるんです!』――かつてボクに教えてくれた、アヤメの、その言葉と共に。
(分かった……使わせてもらうよ、せっかく与えられた“力”……使わないと損だ……)
ボクの身体に突き刺さる〈ストリングス〉を両手でつかみ、その呪文を唱える。
「精霊の力輝きて灼熱もたらせ、安楽の源あらんことを~p・e・p~algiR!」
まるで電気を通した白熱電灯のフィラメントの様に、そいつは真っ白に輝く。眩い光、焦げ臭いにおい。やがて――そいつは弾け飛んだ。
そして、あまりの苦痛にボクが意識を失ったのも、それと同時だった――。




