[32]出ました!魔法のステッキ
驚きと困惑の連続。そして、これまでの価値観が呆気なく崩れ去った一週間。振り返ると、こんな表現がしっくりくる日々だった。
そしてたった今、また新たな驚愕がボクを襲う。それは香純ちゃんの口から語られる言葉。アヤメ達の世界を度々襲っていた〈ストリングス〉――それはここ、地球にもやって来ていたということ。
アヤメから聞いた話によると、父さんや母さんがあっちの世界を飛び出して来た時、身辺警護ができないと反対する宮中の臣下や役人達に言い渡した駄目出しの言葉が『少なくとも〈ストリングス〉がやって来ない世界に行くんだから、よっぽど安全じゃないか』というものだったらしい。
でもそれは、勘違いだったんだ。本当は、魔法少女達が〈ストリングス〉の出現をいち早く察知して倒していた――だから、他の人達はそのことすら知らず、平和に暮らすことができていたんだ。
そしてもう一つ。それは、ボクを震いあがらせるのに十分足り得るものだった。
普段は単独でやってくる〈ストリングス〉、彼女達魔法少女の言葉を借りると“異形のモノ”。それらは、魔法少女により倒されていた。彼女達の力で十分対処可能だったんだ――ただし、相手が一体かニ体という前提条件付きで。
今回の様に数十体、いや百体以上の怪物を相手にするなんてこと、今までは一度も無かったらしい。未曽有の危機とも言う。心なしか、香純ちゃんもその華奢な体を震わせているように見える。
「――アヤメ達の国が管理している別の世界でも、同じように〈ストリングス〉の大群が襲ってきたんだよね? そのことと、何か関係があるのかな?」
「分かりません。しかし、今までとは違う何かが起こっているのかもしれないですぅ!」
ボクは再び、箒に跨る香純ちゃんの方へ振り向く。
「ところで君達、魔法少女の戦力ってどれくらいあるの? この状況に対処できるのかな?」
「実は今……力を行使できる魔法少女は……津島さんと浅見さんと私……三人だけなのですぅ……」
「どういうこと? 白梅会って、実際は魔法少女育成機関みたいなものなんでしょ?」
そう。そのことは昨日、香純ちゃんから聞いていた。表向きは生徒会に組み込まれた役員育成の集まり、でも実は魔法少女育成機関だったってこと。ということは当然、白梅会出身の上級生も魔法少女のはずだった。
「いえ……実は去年、ちょっとした事故があったそうなんですぅ……その時、お姉さま方はマナを使い切ってしまい……一度マナを使い切ると、魔法少女としての力の行使を、できなくなってしまうんですぅ……」
「そっか……それともう一つ。世界中でこんなことが起きてるってことは無いの?」
「いえ……ここは少し特別な場所なんです……魔法少女適合者が生まれ、集う場所……そして、この地にあれをおびき寄せるため、わざと空間のホツレを作り出しているんですぅ」
なんてこった。よりによって、こんな難儀なところに父さんと母さんは移り住んだってわけか。二人が帰ってきた後、頭を抱える様子が目に浮かぶ。
「……姫様、カズミさん! もうすぐ接敵します。準備をお願いしますっ!」
アヤメの声を聞きながら、ボクは怪物の数を数えていた――が、視界の中に入っているのだけで凄い数だ。とても数え切れない。そいつらは次々と地上に降り立ち、ウネウネと蠢きはじめていた。
「ストリングス……か、言い得て妙だな」
無意識のうちに口をついた呟き。でもそれはきっと、ボクのすぐ脇で箒に跨る香純ちゃんにも、ボクと同じように風の翼をはためかせているアヤメにも聞こえていないはずだ。
かなりの速度で風を切るボク達。ゴウゴウという風の音に包まれる中、大声でかけ合っていたが、そのお互いの声もかなり注意しないと良く聞き取れないくらいだ。
怪物の向かう先を見極めるために、かなりの高度を取って飛んでいる。強化防護服のガイダンスが、高度700メートルを40ノットで飛行中と教えてくれていた。
今、眼下に広がるのは地方都市の街並み。それをボク達は俯瞰していた。幹線道路と鉄道の線路、ターミナル駅。そこから縦横無尽に伸びる生活道路と、建物の群れ。その周りを囲む畑や田んぼは丘陵地帯まで続いている。
鉄橋といくつかの道路が横切っているのは、その街並みを縦断するように流れるに大きな河。その河川敷の広場にまた一体、怪物が地上に落ちる。
(あれって、どういう存在なのだろう――)その物体が落ちる度に、そう感じていた。
ゆっくりと落下している間は、何やら黒くてもやもやしている何か。そう、まるで黒くて巨大なスチールウール。それが地面に衝突する寸前、ひも状の何かになる。クシャクシャに丸まっていた一本の線が、弾けるように伸びる。
それをきっかけに、ひもの一端が地面に突き刺さる。すると再び、それはクシャクシャっと形を変え、気が付くと、人型をした何かに変化するんだ。一見するとユニークな動き。でも、これからあれを相手にすると思うと吐き気にも似た、得も知れぬ感情がこみ上げてくる。
「――香純ちゃん?」
彼女が高度を落とし出したことに気が付く――たぶん、今さっき河川敷に落ちたそれに向かって降り立つつもりだ。ボクとアヤメもその軌道に合わせる。
「あれを倒しに行くんだね?」
「……はい……果無さんと紫野さんは?」
「付き合うよ。もちろん」
「……危険ですぅ……」
「何言ってるの、今更。とことん付き合うよ、もちろん。ね、アヤメ?」
「はいっ! この世界を守るということ……それは、突き詰めれば姫様をお守りするということ、最強の機動歩兵の任務でありますッ!!」
「だってさ。ちなみにボクは初心者だから、いろいろと指示をくれれば嬉しいかな……よっと」
河川敷に降り立つ三人。対峙する怪物。
「ありがとうございます……では行きます……ë・g・o=ミズガルズル!」
香純ちゃんの呪文――それに呼応して大地から伸びてくる何条もの鞭。それは怪物と絡み合う。動きを封じられる怪物。
「今ですぅ!」怪物から目をそらさず叫ぶ香純ちゃん。
「freyr!」それに応じるボク。
今回に限って、力加減なんて必要なかった。全力で放つ攻撃魔法。迸る光の帯。それは怪物の胴体を貫く――そのまま光の奔流を上に向けて薙ぐ。胴体から上を半分に裂かれる黒き存在。その断面はボロボロと崩れ、塵となった構成物質がはらはらと落ちていく。
「やった……の?」
「いえ、まだですぅ……結構、シブトイんですぅ……」
その時だ。静かな烈光が辺りを満たす。眩い輻射光と共に、真っ赤な光の束がボクのすぐ脇を横切り、怪物へと延びていく。それは何度か明滅すると、怪物の残った胴体をジグザグに穿ち、引き裂いていた。
「駄目押しですっ! どうだッッ、参ったかーっ!!」
声の主――アヤメの方に振り向く。彼女は一抱えほどある杖を手にしていた。見たことのない文字で埋め尽くされた奇妙な杖。その先から迸る赤い光がたった今、収束したところだった。
「アヤメ……その杖は?」
「はい! 儀仗兵器〈ルナケフリ〉、近衛師団の主兵装であります!」
「ついに出てきたね、魔法少女のステッキ!」
「ち・が・い・ま・す! 儀仗兵器、ルナケフリ、であります!」
しっかりと訂正するアヤメ。でも、なかなか強力な武器を持っているじゃないか――パッと見はありきたりな魔法のステッキだけど。
「いずれにしても、一体撃破……かな?」
「そうですね。やはり、三人一組で戦うとかなり効率が……あわわ!」
中断するアヤメの言葉――腹の底に響き渡るような地鳴りと共に、まるで地震の様に大地が揺さぶられる。時間差でやって来る突風。
「……もう一体、落ちてきたですぅ……」
香純ちゃんの示す方向に振り向く――結構、近い。
「freyr!」
落ちてきた怪物に掌を向け、慌てて攻撃を放つ――しかし、その攻撃はあっけなく避けられてしまう。
「そんな!?……何、今の! 攻撃が当たる瞬間、まるで体をほどくようにして変形したぞ!」
一本のひもをクシャクシャにして人型を取っている怪物。それは自在に、その在り方を変えられるようだった。
「はい……ここに来た時の最初の戦闘でも、これで苦戦しました……」
そう語るアヤメ。そっか――それで、さっき攻撃を放った強力な武器を持っていたアヤメが、まるで歯が立たずにボロボロにされてしまっていたんだ。
「……異形のモノを相手にするには……チームを組んで、『束縛』『攻撃』『防御』、それと『援護哨戒』を分担する必要がありますぅ……」
「お、こちらの世界でもそうですか! やはり、基本的戦術は世界共通……いえ、宇宙共通です!」
香純ちゃんとアヤメは言葉を交わし、頷き合う。
「なるほど……単独での会戦は果てしなく不利って訳か……じゃあ……」
「はいですぅ……私は強力な攻撃魔法は使えないですぅ……なので、『束縛』と『防御』を担当するですぅ……」
「了解でありますッ! ワタシと姫様は、自慢の火力でもって、〈ストリングス〉を蹂躙します! 良いでしょうか、姫様!」
「わかった。頼んだよ、二人とも!」
――こうして、戦闘の火蓋は切って落とされた。無限に続くとさえ思えた、長く辛い戦いが。
戦闘シーンがあと二、三話ほど続くでしょうか。一応クライマックスシーンでもあります。それにしてもバトル描写は難しいですね、特に肉弾戦を伴わないバトルは書いていて非常に冗長に感じます。力量不足でスミマセン。退屈しないよう、変化をつけて工夫するつもりですが、しばしお付き合いください。
あ、それと遅ればせながら魔法少女必須アイテムがようやく登場しました。だからどうしたの?という感じではあるのですが。




