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[18]お茶会への、お誘い

 転校四日目ともなると、さすがに物珍しさは無くなって来るのだろうか。一時の狂乱フィーバーは影を潜め、ボク達の周りには少しずつ平穏が訪れていた。とは言え、休み時間の度に何人かの女の子がやって来ては、いろいろと話しかけてくれていた。


「じゃあ、みゃあちゃんとアヤ、二人だけで生活しているの!?」

「うん。ボクの両親が仕事で出かけちゃったみたいでね」

「でもストリングス討伐……ごほん、いえいえ、お仕事が終われば、すぐに帰ってこられるそうです!」

「ご飯とかはどうしているの?」

「ほとんどスーパーの出来合い。自分達でやるのって、ご飯炊くのと味噌汁くらいかな?」

「はい、そうです! こちらの食材でのお料理、難易度高過ぎです!」

「でも、おみそ汁は一緒に作るんだー。二人で? 仲良く??」

「一緒に作ってるよ。でもアヤメったら、変なものまで味噌汁に入れようとするんだ……油断も隙もないよ」

「いえいえ。料理はアイディアです、創作です! 既成概念を打ち破ることこそ……」

「それはまず、基礎を覚えてから……キミのは創作じゃなくて、でたらめだよ」

「わーっ、二人仲いいーっ。ひょっとして、みゃあちゃんとアヤ、百合百合なご関係とか……実は既に一線を超えてて、禁断の間柄に……」

「ちょっと、やめてくれよ!」


 例によって休み時間の雑談。ボク達の席を囲んでの他愛のない会話。ちなみに『アヤ』はアヤメ、『みゃあちゃん』というのはボクのこと。この三日間ほどで、愛称で呼ばれるくらいにはクラスに溶け込めたようだ。


 まあ、それは嬉しいことなのだが――困ったことに、これまた例によって話の流れは彼女達の大好物――惚れた腫れたの話題へと移っていく。


「ふぅ……ん。ところで、みゃあちゃんって、恋人とかいるの?」

「ああっ、素敵なカレシとか、いそうだよねーっ!」

「止めてくれーッッ! そんなの、いる訳無いじゃないか!!」


 ホモ逹なんて、勘弁してくれ! 危うく想像するところだよ。


「で、アヤは? あっちの方に恋人はいたの?」

「そうそう。ヨーロッパの男の子ってどんな感じ? やっぱり、カッコいい子が多いんでしょ?」

「まさかまさか、ワタシなんぞ殿方とカスリもしなかったです。というか、ワタシは姫様一筋で……」

「おい、アヤメったら!」

「きゃーっ! 百合百合の、二人だけの爛れた世界、キマシタワー!」


 はいはい。女の子が『姫様一筋』なんて言葉を口にするとそうなるよね……ボクはもう慣れたけどさぁ……ちょっと口を慎んでよ。

 そもそも、こういう話は苦手だ……そう考えていた矢先、彼女達のコイバナ戦線は、香純ちゃんへと侵攻を開始する。


「そういえば、カズミはどうなの?」

「……はいー?」

「彼氏よ、カ・レ・シ!」

「案外と、カズミのような大人しそうな子に限って、恋愛は大胆だったりするのよね!」


 うん。この子――風見香純ちゃんのようなタイプは、凄くモテそうだ。でも、この純情そうな女の子が、オトコの前でオンナの顔になんて、ちょっと想像したくない。そんなことを思いつつ、彼女の表情にそれとなく視線を移す。


「ええええ……止めてくださぃ……そんな人、いませんですぅ……」


 もう、茹で上がったタコの様に真っ赤な顔になる香純ちゃん。うわ、こりゃ男のハート鷲掴みだ。


「またまたぁ。カマトトぶっちゃってぇ」

「本当ですぅ……家族以外の男の人と、まともにお話したことさえ無いですぅ……」


 おお、そうなんだ。良かった……って何考えているんだ。

 で、そんなことを考えてしまったことへの照れ隠しもあったんだろう。ボクは無意識のうちにとんでもないことを口走っていた。


「じゃあ、家族以外でまともに会話した男はボクが最初ってことになるね。では香純ちゃん、改めてヨロシク!」


 言い終わってから(しまった……)と気付いたけど既に時遅し。


「?」クエスチョンマークを瞳に宿しキョトンとする香純ちゃん。


「えええっ!?」

「何言ってるの、みゃあちゃん!」

「おおお! 王女様から王子様に転向ですか!」

「ああっ、でもそれ、ありかも!」


 ボクの軽口は恋する乙女に思いもよらぬ一石を投げ込んでしまったらしい。

 一斉に盛り上がる女の子達。

 打てば響くというか、さりげなく口にしたボクの言葉が彼女達の心の琴線に触れるのだろうか? いちいち大げさなリアクションを返してくる……いかんいかん。気を付けないと。


 そんな時、クラスの端っこの方が何やら、ザワザワしだしたことに気が付く。香純ちゃんはそっちの方――クラスの入り口を向いて、驚いた様な、不安そうな表情を見せる。


「果無さーん、紫野さーん」


 入口の方からクラスメイトの声。ボクとアヤメもそちらへと向き直る。そこにいたのは『こっちこっち』するクラスメイトと、見慣れない顔。


『きゃーっ! あれは!』

『白梅会の!』

津島つしま深央みお様!』

『うそーっ!』


 シンとなる教室。その沈黙の合間に、あちこちから女の子たちの歓声が上がる。


 女の子達の視線に見送られるようにボクは立ち上がり、そして歩き出す。その少女が佇む場所に。


(うわぁ……ものすごい、美人……)


 それは、偽らざるボクの心の声。いや、ホントだって! 超、美少女。こちらを見つめるのはクッキリとした瞳と、その瞳を像る花瞼。その表情は可憐さと意志の強さを秘めている。腰のところまで届きそうな黒髪は窓から射す明かりを受け、静かに輝く。まさに“姫君”と表現したくなる、そんな女の子――いや、お姫様だ。


 それだけじゃない。彼女が振りまくオーラみたいなもので、その周りだけ、まるで別世界。言ってみれば、まるでそこだけが切り取られて、宗教画の女神を取り囲む祝福の光に囲まれているようなものだろうか。とにかくあり得ない。


 彼女はただ、教室の入り口に立っているだけ。それなのに、他の子達とはまるっきり違う、別世界の人間だってのがビンビンと伝わってくる。


(世の中にはこんな人が存在するんだ……信じられない、まるでフィクションの世界から飛び出して来たみたいな……)


 そんなことを考えながら、浮ついた足取りで彼女に近付いた。


 その少女の前に立つボクとアヤメ。近くで見ると、その気品というか気高さがよりハッキリと伝わってくる。尋常ならざる何かが、まるでボクの全身へと突き刺さるような感じ。


「果無、美彌子さんね?」

「は、はい……」


 その声も、話し方も、普通じゃ無かった。彼女が口にしたのはボクの名前、たった一言。それだけでボクは改めて理解した。この少女、只者ではないと。威厳と親しみやすさ、たおやかさと意志の強さが混在したような。もの凄く惹かれると共に、まるで圧倒される様な、不思議な感覚。


「そしてあなたが、紫野、菖蒲さん」

「はい……」


 きっとアヤメも、ボクと同じように感じたんだと思う。いつもの彼女とは似ても似つかない、とてもシンプルな回答――無理もない。無駄口を叩けるような雰囲気ではまるで無かった。


『スゴイデスワー』

『王女様対決……』


 ボク達を包む沈黙のせいか、教室のあちこちで沸き上がる、そんな呟きさえ耳に入ってくる。


「はじめまして。皐組の津島です。よろしくね」


 来訪者の自己紹介。それは流れるような。あるいは、まるで歌うかのような。それ自身がまるで一種の芸術作品かのように、調和のとれたひとまとまりの言葉。


「はい……どうも」


 一方のボク――ああ、駄目。まるっきりシドロモドロ。


「突然お邪魔して申し訳ないわね。お二人のことは話に聞いていて、御挨拶をと思ってきただけなの。ところで果無さん、ずっと体調を崩されていたそうですね。もう、お身体はよろしくて?」

「え……ええ、はい」

「その様子だと、大丈夫そうね。顔色も良いわ。そういえば風見香純さん……彼女と仲良くしてくれているそうね?」

「あ、はい……」


(ああああっ! 駄目だ駄目だ)


 ボクは心の中で悲鳴を上げる。彼女の前でボクは『はい』と『ええ』と『どうも』しか語彙を持ち合わせていないらしい。これじゃぁ、まるっきりバカみたいだよ!

 そんな心の叫びを知ってか知らずか、津島と名乗った少女はボクの『はい』という言葉を素直に受け取ってくれたみたいだ。少し微笑むと、少し親しげな声色で話しかけてくる。


「彼女ね、とても人見知りでお友達も少ないの。でも、とってもいい子よ。これからも、よろしくお願いね……そうそう、今日の放課後、空いているかしら?」

「えっと……はい」


 ボクはアヤメをチラリと横目で見ながら、そう返事する。亜空間に放り出された女の子の手掛かりを探すので忙しいなんて、言える雰囲気じゃなかった。


「もしよければ、私達のところ……生徒会室へ遊びに来ませんこと? 歓迎するわ。もちろん、お二人で」

「はい……喜んで……」

「まあ、良かった。でしたらお茶とお菓子を用意して待ってますわ。では、ごきげんよう」


 そう言って会釈すると、踵を返し廊下を颯爽と歩きだす津島さん。その後ろ姿も凛としていて、とてもサマになっていた。まるで隙のない、完璧美少女。


  **


「すごーい!! 深央様から生徒会室にお呼ばれですって!」

「ひょっとして、白梅会へのスカウト!?」


 盛り上がるクラスの子達に囲まれ、ボクはアヤメと目を合わせる。白梅会へのスカウト?――まさか、そんな。


「ちょっと待ってよ、そんな訳無いって……どう思う、アヤメ?」

「はい……ワタシとしても、まるっきり想定外の事態でして……あの……ひょっとして、礼装でお伺いしなければならないのでしょうか?」

「いやいや、それはないって。制服のままで大丈夫だよ」

「そうですか……ですよね……でも、なんかもう晩餐会に招待されたかのような雰囲気で……いやぁ、びっくり。『もし良かったら』という言葉とは裏腹に、有無を言わせない感じでした」

「そうだったね。あれが王者の気品というヤツなのかなぁ……そうそう、風見さん」


 藁にもすがる思いだったのだろうか。ボクは思わず、香純ちゃんに話を振る。


「……はいー?」

「転校生が来ると、こういったご招待は必ずあるものなの?」

「はあ……私達の代では初めてのケースなので……ああ……でも……学校に早く馴染まれるようにと、生徒会室にお呼びして、雑談なんかされることも、昔あったそうです」

「そっか。でも緊張するなー。どんなことを話せばいいんだろう」


 そんなボクの心配をよそに、周りの女の子達はとっても興奮した様子。ボクと津島さんのやりとりについて、なにやら討議会をおっぱじめる。


「まさに、王女様 VS 王女様! 夢の対決が、今ここに!」

「いやぁ、ファンタジー空間が出現してましたよ! あそこに」

「眩しすぎて、思わずくらくらしちゃった!」

「あ……でも、みゃあちゃんは王子様に転向したみたいだし、王女様と王子様かも!」

「きゃああ! 背徳的ーっっ!」

「さぁ、初の王女様対決、深央姫と美彌子姫、どちらに軍配が!」

「それはまるで絡みつく鳳凰と朱雀、お互い一歩も引かないーーーっ!!」


 はぁ……鳳凰と朱雀ですか。でも実際は、蛇に睨まれた蛙だったよ。そう、ボクはカエルさ。げこげこ。


 さぁて。お茶会へのご招待、楽しみにしますか……あああぁぁ……誰か代わってぇ!

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