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[16]リラックスタイム

「女の子としてお嬢様学校に通う生活も、案外と悪くないかもなぁ……」

「あれ、姫様? 今朝までは凄く嫌がれてたのに、随分と順応が早いですね?」

「ちょっとそう思っただけ! 納得は、全然してないからね!」


 ――これはアヤメとのやり取り。やたら濃厚な一日がようやく終わり、お風呂上りにリビングで寛いでいた時の会話。

 考えてみれば、女の子達にチヤホヤされた一日。言い方を変えれば憧れの美少女ハーレム。よくよく考えてみると凄いことかもしれない。

 まぁ緊張の連続だった学校初日も無事終わり、しかも亜空間に飛ばされた女の子も助けられた。学校から帰るまでずっと抱えていた緊張感からも解き放たれ、ついそんなことを考えてしまったみたい。


 あったかいお風呂で身も心もリフレッシュ、ボクは短パン、Tシャツ姿のままソファにだらしなく腰掛けて安穏を楽しんでいた――手に持っているのはゲームのコントローラ。


「それにしても姫様、その格好男物のままじゃないですか! いくらお風呂上りでもラフ過ぎますよぉぉ」

「いいんだよっ! せめて家の中では今までの格好を貫き通すというのが、ボク自身の尊厳を守る最後の砦なんだ!」

「でも、短パンはピチピチですし、シャツはだぼだぼですよー。エロ過ぎます!! あ、姫様のフトモモもスベスベですねぇ……えい、すりすりすりすり……」

「あああ、やめろっ!」


 彼女はソファの下、これまただらしのない恰好のまま、ボクの太ももの間から顔を出して、ボクと同じようにゲームのコントローラを握っていた。突然頬ずりを始めるアヤメ。

 その攻撃にボクのコントローラさばきが一瞬、にぶる。ズドォォという効果音と共に、画面の中でボクが操るキャラが吹っ飛んでいく。


「やりましたっ! ワタシの勝ちです!」

「あああっ、ずるいぞ! もう一回!」

「うふふふふ……よろしい、ワカモノよ! 何度でも立ち向かい、師匠の技を盗み、やがて師匠を乗り越えていくのだァァァ!」


 見ての通り、ボクとアヤメはリビングで寛ぎながら、格闘ゲームなんぞをやっている。ここ数日のドタバタも多少落ち着き、ようやく余裕を取り戻し始めたボクを襲ったのはゲームの禁断症状。「じゃあワタシも!」とわめくアヤメも加わり、両親不在を良いことにリビングの大画面でゲームを始めたって訳だ。


「でもさぁ、アヤメ?」

「なんです、姫様?」


 アヤメはボクの脚の間で頭を後ろに倒し、上目遣いでボクを見つめる。その表情に、思わずドキリと心臓が声を上げる。

 その声は『あああ、カワイイ! この子とだったら、全てを捨て、宇宙が終わるその時まで、二人肩を寄せ合ったまま、誰にも知られず消えていったって構わない!』なんていう、支離滅裂、かつボクの尊厳を完全否定するようなシロモノだ。


「ねぇ、姫様?」


 そう言いながら、彼女はもう少し上を向く――お風呂上りのしっとりとした彼女の黒髪がボクの太ももを撫でる。目に入るのは、彼女の紅潮した頬、瑞々しい唇――


「あああっ! 何でも無いっ!!」


 ――そんな彼女の姿にドギマギしてしまったボクは、思わずそんな言葉で誤魔化す。


「えええ? どうしたんです、姫様? ねぇってば!!」

「だいたい、ボクがお風呂に入るたんびに乱入してくるってのは、どういうことさ! おちおち安心して入浴もしてらんないよ!」

「いえ、だって姫様のお背中をお流ししないと……王宮では、当然のことですよ?」

「ここは王宮じゃないって! お風呂に入っている間、いつキミが牙をむいてボクを滅茶苦茶にするんじゃないかって、ずっと冷や冷やしてる身にもなってよ」

「そんなー。襲ったりしませんって。実際、ワタシが姫様を襲おうとしたことなんて、ありましたかー!?」

「あ……いや、それは……」


 そう――冗談めかして『姫様、イイ体してますねー』なんて言ってきたり、さっきの様に他愛のない悪戯をしてくることはあったが、一緒に風呂へ入っている時も、こんな風に寛いでいる時も、いつだってボクを慕って、ボクを立てて、ボクを気遣ってくれている。


「……で、さっき言いかけたこと、何なんです? 姫様」

「ああ……うん。アヤメってずいぶんゲーム強いんだなーって。ひょっとして、キミの世界にもゲームってあったりするの?」

「当たり前ですよォォォ! バカにしないでくれますぅー!」

「そう……なんだ? なんか、キミ達の世界はリアルRPGみたいな感じで、ゲームとは無縁のイメージが……」

「そんな訳無いですって! ゲームはゲーム、現実は現実! 娯楽としてのゲームはちゃんとありますし、ゲーム産業だって確立されています!」

「そっか……キミ達の世界にあるゲームってどんな感じ?」

「基本的には、こちらと変わりないですね。そもそも、人間が、人間を楽しませるために考え出すものです。行きつくところは、だいたい一緒だと思いますよ?」

「ふぅん……なんか、VRを突き詰めて、それこそリアルなのか、ゲーム世界なのか、区別が付かないような凄い世界になってたりとかしてないの?」

「いえ……そういうのが流行った時代もあったそうですが、結局はこんな感じのものに戻って来てしまいました……疲れちゃうんですよ、リアル過ぎると」

「なるほど、そっかも」

「少なくともワタシは、ゲームには癒しを求めます。リアルと変わらないゲームに命を賭すなんて、真っ平御免ですぅ! あ、でも機動歩兵のシミュレーションで当時の技術が応用されてたりはしますね」

「ははは、そっか……そうだよね。そう言えば、ゲームのコントローラなんかはどんな感じ?」

「まぁ、これと殆ど変りないですね……繰り返しになりますが、同じ人間が使って、同じ目的を提供するものであれば、結局は同じようなものに行きつくんだと思います……」

「そうかぁ……そんなもんなのかもね」


 その言葉に、あの衣装――魔法少女のコスチュームを思い出す。アヤメはあれのことを強化防護服パワードスーツって言ってたっけ……突きつめていくと、あんな形になるのかなぁ?


「ところで、さぁ」

「はい、何でしょう」


 彼女がボクの前に現れてから――ずっと聞こうと思っていて、聞きそびれていたことを今聞こう――そう決心する。


「そもそも、キミって何処から来たの?」

「さぁ?」

「……え?……」


 さも当然のように、そう答えるアヤメにボクは言葉を失う。


「……またまた、御冗談を……本当は知ってるんでしょ?……異世界? それとも、どっか遠い宇宙?」

「さぁ……何処なんでしょうねぇ?……」

「ちょっと!……そんな馬鹿なことって!?」

「いえ、そうなんです……此処が、ワタシ達から見てどういう世界なのか……同じ宇宙の何処か遠い星、あるいは次元をまたいだ異世界、はたまた実は同じ星なんだけども無限にある並行世界のどれか……サッパリ分からないのです」

「だって、実際にこっちに来てるんじゃないか? 父さんや母さんはしょっちゅう、そっちと行き来しているんでしょ? じゃあ、分からないはずなんて……」

「いえ、分からないんです……信じてください……」

「…………」


 ――訳が分からない。そんなことってアリなの?


「もういいよ! さぁ、ゲームの続きだ! 行くぞぉぉぉ!」

「ああっ! 姫様、いきなり始めるなんてずるいですーっ! それならコッチも!」

「こらぁっつ! 人の脚の間で暴れるなァァ! ああっ、股間に後頭部すりつけるなァァっ! くすぐったいよ! ぎゃははは! おいこら! ペロペロするなって! ちょっとタイム! こうなったら、こっちもこうだ!!」

「!?……む……むにゅぅぅ……むにゅ、むにゅにゅ!!!」


 思いっきり挟み込んだボクの太ももに、アヤメのほっぺは締め付けられる。足を組み、しっかりとホールド……。それでも、必死にコントローラを操るアヤメ――しかし、その体勢では思い通りに行くまい!


「よっしゃぁ! 今度はボクが勝ったぞ!」

「ううう……やられました……いいでしょう! 免許皆伝です。ワカモノよ! ワシの屍を乗り越えて行くが良いぞ……」


 そんな他愛のないやり取りの最中、一つの言葉が浮かぶ――


『アヤメって、本当にカワイイな』


 ――そう、我ながら全く陳腐でありきたりな言葉だ。でも、そうなんだから仕方がない。


 一目見た時から、可愛らしい女の子だと思っていた……それがたとえ、血まみれの姿であっても、そう感じたんだ。自分でも不思議だけど。

 そして、妙な真面目さと茶目っ気があるところ、飾らないところ、ちょっと抜けている所、自分に正直なところ、そして、このボクを慕ってくれているところ……。一緒に居ても全然疲れない、等身大の女の子……なんだ、理想的な女の子じゃないか?


 良く考えてみると、アヤメってボクの好みにドンズバなんだ。理想のカノジョ。その性格も、見た目も……。そんな女の子と今、共同生活を始めている……でも……だからこそ、ボクの胸は苦しいんだ。


「ねぇ、アヤメ……ちょっと聞きたいんだけどさ?」

「はい。何でしょう、姫様? ワタシのスリーサイズですか?」

「いや、違う……というかその切り返しベタ過ぎ。使い古されて言葉自体が擦り切れてるよ……って、そうじゃなくって、キミはボクのことを知っていたんでしょ?」

「そうですよ! 繰り返しになりますが、4歳の時にお会いして……それがきっかけです。姫様が暮らすこちらの世界に興味が湧いて、いろいろと歴史文化、ゲーム事情やオタ知識まで調べたり……ワタシ、結構詳しいでしょ? こちらのこと」

「うん。かなり偏っている気もするけど……」

「それどころか、姫様への想いが高じて、気がついたら近衛師団に志願してしまったというのは、自分でも驚きです……あ、念のために言っておきますけど、近衛師団に入るって、とても大変で、名誉なことなんですよ!!」

「う……うん」

「何しろ王族の方々の側に仕え、その身をお守りする親衛隊。求められるのは高いレベルでの知性、運動能力、品性、適性……何回も選考試験があって……それだけじゃなくて、家柄まで問われるんですから!」

「へぇ。アヤメって結構、いいところのお嬢様なんだ」

「えへん!……まぁ、でもそれについては二つの側面があるんですよ。それなりの家柄ってことは当然ですが、逆に内親王クラスまで高い方は、近衛師団に入れません……王室のお家騒動でクーデターみたいのが起きても困りますから……」

「なるほどねぇ……」

「そ・れ・と! 暗黙の了解ってやつですけど、近衛兵選考において求められる一番重要な資質、それは『容姿の良さ』なんですよ! 何しろ儀仗兵として、閲兵式とかいろんなイベントで前面に出ますから。いわゆる王国の顔、ってやつですね」

「…………」

「メディアへの露出度も高いですし……きゃん! アヤメちゃんったら凄ーい! って、ちょっと、姫様! 聞いてますかぁぁぁ!?」

「ごめん、日本語で頼むかな?」

「うるうるうる……姫様、酷いですぅ……」

「ははは……ごめん。で、さ?」

「はい?」


 ボクは思い切って想いを口にする。ホント、アヤメはボクを安心させて、いつものボクだったら言えないことを口にさせるような勇気をくれるんだ。


「実際にボクと出会って……幻滅しなかった? こんな普通の、何の取り柄も無い、冴えない奴で……」

「????」

「アヤメ?」

「いやですよぉ、姫様!」

「ん? どういうこと?」

「……あ、今のワタシの言葉、お婆さんみたいな喋り方ですね!」

「え?」

「別に、ワタシの中で理想のミヤコ姫を作りだして、それを現実と重ね合わせるようなことは、しませんよぉぉ! まぁ、小っちゃい女の子時代は、そんなフィクションの姫様を夢見たことはありますが……でも、今では十分、わきまえています!」

「…………」

「というか、現実は正反対でした!」

「!?」

「私が想像していたのより、ずーっと、ずーーーっと、姫様は素敵な人です!!」

「……!!……」

「一目ぼれです! ご一緒させてもらって、それが百万倍です! だって、ですよ! 姫様ってば、妙に生真面目な方かとおもったら、時々、茶目っ気たっぷりで、飾らなくって、それに、ちょっと抜けたりして……もう、可愛過ぎます!」

「……え?……」

「それだけじゃないです、ワタシのことを頼ってしてくれてますし、逆に気遣ってくれてます。それに、一緒に居ても全然疲れないんです……ワタシ、あまり友達もいなかったですし……それだけでもう、理想的な王女様です!」


スミマセンね、VRMMO-RPGを茶化したかのような会話、これじゃまるで、全世界を敵に回す暴挙じゃないですか。いやいや、決してそのようなつもりは無いですよ。さて、次話から新たな展開が待ち受けています。はい、どーしよーもない展開が。

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