[15]亜空間で眠っている間、委員長達は裸だったのだろうか
「a・r・n・i!」
飛行魔法――アヤメは魔法じゃなくて理論に裏打ちされた技術だって言ってるけど、こんなのは絶対、魔法だ。そいつを使って、ボクとアヤメは人形達を翻弄する。
付かず、離れず――彼らが追い付いてくると、飛行魔法を使って高速転換、再び引き離す。そんなことを何度か繰り返すうちにボクの後ろに3体、アヤメの後ろの3体、いい感じで二手に別れる。残りの1体は、腕を吹き飛ばされてバランスを取れないのだろう。ボク達に追いつけず、かなり後方に取り残されている。
ボクとアヤメはお互いに顔を見合わせてアイコンタクトを送る――よし、今だ!
風を操り、ボクの体がふわりと浮く。次の瞬間、ボクは屋上のフェンスの上。後ろを見ると眼下に校庭が見渡せる。アヤメは反対側、正門側のフェンス。
さっきまでのボクだったら、こんな所に立ったりしようものならきっと、ガクガクと足を震わせていただろう。でも、風に抱えられる感覚――すっかり病みつきになったみたいだ。恐怖は感じない――いや、むしろ、これから起こることに心躍らせるボクがいた。
人形達はフェンスを上ってくる――そして人形の手が、ボクの足首を掴む直前――
「行っけーーーっ!!」
ボクは背中から校庭に落ちていく。飛び下りる瞬間、同じようにして飛び下りるアヤメに笑顔を送る。目に映るのは逆さまの風景、近付いてくる校庭。
「ウォス・ラッド・ニイド・イス!」
再び呪文。風がボクを力強く抱きかかえ、校庭にふわりと降り立つ。
人形達も躊躇を全く見せなかった。フェンスを乗り越え、次々と落ちてくる。その数、1体、2体、3体……よし、うまくいった。
ボクは後ろ向きに、風の力を使い大きくジャンプしながら校舎の端へと逃げていく。追っかけてくる人形の速度に合わせて――次第に横一列へと並ぶ人形。
そのことを確認すると、頭のカチューシャに手を伸ばす。ボクのはアヤメのとは違って若草色のカチューシャだ。
不意に、校舎の壁や窓が途切れたのを視界の端で捉える。校舎の端まで来たのだ。着地の瞬間、大きく腰を落とす。風に命じて方向転換、校舎を回り込むようにして人形達の死角へと入る。
そして――。
人形も校舎の端に来る。一斉に角を曲がり――そして、3体揃ってちょっと不思議そうな仕草をする。その先にいたのは――正門側から、同じように角を曲がってきた、3人のボク――そう、エーデルワイスの衣装を纏った魔法少女。
次の瞬間、3人のボクに向かって走り出す3体の人形――いや、それは人形じゃなくて3人のアヤメ――シャガの衣装を纏った魔法少女。3人と3人は正対し――ボコスカと殴り合いを始める。
――その様子をじっと見下ろすボクとアヤメ。二人とも、三階の窓際に捉まっていた。
「うまくいった……みたいだね」
「はい、姫様! カチューシャからの立体映像を〈デュープ・パペット〉に重ね合わせてワタシ達に見せかける作戦、大成功です!」
「しかし、ボク達が3人に増えても不思議に思わないんだね……」
「所詮、人工知能ですから……いやぁ、この短期間で立体映像のレイヤー合成と、モーションフィードバックを行うためのプログラムが完成して、良かったですぅ……」
そう、ボクとアヤメはそれぞれ人形を引きつけ、タイミングを合わせて校舎の端っこで鉢合わせするよう、示し合わせていたんだ。
死角に入った瞬間、ボクとアヤメは大きくジャンプ。3階の窓際に捉まったまま、映像を投影することができるカチューシャを使い、それぞれお互いの姿を、追っかけてきた人形に重ね合わせたって訳。
「さ、今のうちに〈デュープ・パペット〉を捕縛して、機能停止させちゃいましょ!」
そう言うとアヤメはストンと地上へ降り立ち、あの光のワイヤーで6体まとめてグルグル巻き、一瞬にして機能を停止させる。
「うふふふふっ。人間様に盾ついた報い、思い知ったかー」
「というか、そう仕向けたのアヤメだよね?」ボクもアヤメに続いて地上に降りる。
「それは言わない約束ですぜ、オヤビン。さぁ悪人共、大人しくお縄に付きやがれってんでい! オラオラ!」
「あ、戦闘用アンドロイドの虐待は良くないと思いまーす」
そう言いながらアヤメに近付く――と、その時。ボクの視界を何かが横切る。上から下に。その瞬間、ボクは思い出す。「しまった、もう一体残っていたんだ!」
その戦闘用アンドロイドはアヤメの目と鼻の先に着地――そして、大きく振りかぶると破壊されなかった方の腕――右腕をアヤメのお腹に埋める。
「アヤメーーーッッ!!」
ボクの悲鳴をアヤメは聞いていただろうか。大きく、体躯をくの字に曲げる彼女。その目を大きく見開き、自分の身に何が起きたのかまるで気付いていないような、そんな表情。思わず、崩れ落ちるコンクリートと彼女の姿がダブる。その時だ――
「痛いなぁっ!!」
「え?」
――彼女は、その腕をむんずと掴むと、体を少し落とす。
次の瞬間、大きく身体を捻ったアヤメに、戦闘用アンドロイドは大きく宙を舞う。
『どすん』という音と共に地面へと叩きつけられた人形の上にのしかかり、そのミゾオチに手刀を喰らわせるアヤメ――それっきり動かなくなる戦闘用アンドロイド。
「ちょっと油断しちゃいましたー。あ、でもこれでコンプリートですね!」
「アヤメ……大丈夫なの!?」
「はい。腹八分目のお昼がちょっと逆流しかけましたが、何とか踏みとどまりました! さすがに、姫様の前で2回もゲロするのはワタシとしても避けたいところで……」
「いや、そういうことじゃなくて……あんな破壊力のあるパンチを受けて……」
「え?……そりゃ、生身のままあれを喰らったら、今頃ワタシのお腹に風穴が空いてましたが……だって、強化防護服を着用してますもん! というか、そのための装備でもありますし……」
「……そう、なの?……」
「はい、そうです」
「…………」
「どうしました?」
「……それじゃあさ、こんな回りくどいことをしなくても、普通にドツキ合いしていればそのうちに勝てたんじゃ……」
「……あ、あはは……姫様、頭いいーっ!」
「あのね、アヤメったら!」
この時点で確信したよ。彼女、とっても天然だ。で、彼女の言うことを真に受けちゃいけない、ってことを――。
**
ボク達は再び屋上にいた。
目の前にあるのは、並んで横たわる8体の人形。
「では、皆さまをこちらの世界に呼び戻しましょう……エゼル・ケン・フィオ!……導け、時の狭間に空きし扉。来たれよ、眠れし乙女たち!」
アヤメの言葉に呼応するかのように、人形達は光に包まれる。そして次の瞬間、そこに寝ていたのは委員長達、8人の少女だった。
「これって、本物の委員長達……だよね?」
「はい! これでまずは8名救出、あとは18名です」
「ちゃんと服を着てるんだね……裸の状態で現れたらどうしようかと思ったよ……」
「まぁ! 姫様ったらス・ケ・ベ!……そういったこと、期待してました?」
「そういう意味じゃないよ! もし裸だったらこのまま放置できないでしょ?」
「またまたぁ……姫様もホント、お年頃なんだからー」
「もう! アヤメったら……あ、でもさっきの作戦、ぴったりと息が合ったね。本当にうまくいくなんて、ちょっと予想外だよ」
「はい! やはり姫様とワタシ、お互いに運命で結ばれているんですよ!」
彼女の言葉、なんかちょっと嬉しい。ボクとアヤメは校舎を挟んで、鏡面対称、鏡合わせのユニゾンをやってのけたんだ。彼女の言う通り、ひょっとしたら二人の関係って何か運命的なものに導かれている、そうだったらちょっと嬉しいな――そんなことが、一瞬だけ頭をよぎる。
「ところでこの子たち……ちゃんと起きるんでしょ? 全然動かないよ?」
「もちろん。数分もしないうちに目を覚まします……さ、ワタシ達は結界を解除して、気付かれないうちに退散しましょう!」
その時――ふと人の気配を感じ、ボクは回りを見渡す。
「うん……あれ?」
「どうしました? 姫様」
「……いや……なんでもない」
そうなんだ――今、階段の方で誰かの人影が――こっちの方を見ていたような気が。
「……そんなはず、無いよね。結界の中なんだし……」
そう呟くボクは空を見上げる――マーブル模様は、再び青空へと戻って行く。




