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[14]変身の呪文、ウルクラフト

「助けるって、どうやって??」

「とりあえず、変身して下さーい!!」

「変身って、どうやるのさ?」


 そこいら中を走り回るアヤメを目で追っかけながら、ボクは答える。


「さっきの私の呪文、詠唱してみてくださ……あああ……こっち来ないでェェェ!!」


 うわ、かなりピンチっぽいぞ……自分の装備に追い詰められる気分って、どんなんだろう。というか、呪文詠唱って……そんな簡単なので変身できるのか?

 まぁ、元々の作戦ではボクは彼女の戦い方を観察しながら、少しずつ変身の仕方とか、術の使い方とかを覚えていって、最終的に後方支援を任されるくらいになれば恩の字って話だったんだけど。


 ――そうは言っても仕方が無い。本当にピンチっぽい。アヤメったら、タコ殴りにされかかっている……じゃあ、駄目もとで。


「urR=kraft(ウルクラフト)!」


 その時だ。目の前が真っ白になり、音がいなくなる。沈黙、無音の世界。

 やや間をおいて、風がそっと頬を撫でる――と突然、その風は幾つにも分離し、身体中をくすぐり始める。


(うわぁ……ちょっと、勘弁して……本当に、くすぐったいってば!!)


 しかしそれも一瞬のこと。「あっ」と思った直後、音が帰ってくる。風達はボクを包んでいた白い光を連れて去っていく。その場に残されるボク。


「姫様ーっ、やりましたー。さすがですーっっ!!」


 逃げ回るアヤメの声に、ボクは恐る恐る自分の姿に目をやる――それは、純白の衣装、エーデルワイス。

 そう、呆気なくボクは変身していた。


「え……これで良かったの? 変身だよ? もうちょっとさぁ、制約っていうか、タメを利かせるプロセスが無くていいのかいな?……」


 もう一度、腕を上げたり腰をひねったりして、自分の姿を良く見ようとする――うん、ボクのコスチュームはまさしく、週末に見た、アヤメと一緒に見たあの映像の人物のものだ。

 いわゆる魔法少女らしきものが、ここに立っているって訳――いや、アヤメに言わせるとこのコスチュームは『強化防護服(パワードスーツ)』と呼ばれるシロモノらしいんだけど……っていうか良く判らん、スターシップ・トゥルーパーズかよ!?

 さて、とりあえずアヤメに言われたノルマは達成した。次にやることをアヤメに聞かないと――。


「で、どうすればいいのー、アヤメーっ」

「え……と……すみませーん、考えていませんでしたぁぁぁ!!!」


 ――え?

 ……おいおい。じゃあ、何のために変身させたんだよ。


 と、その時。壁際に追い詰められたアヤメに人形のハイキックが襲う。身体を捻り、辛くもかわすアヤメ。人形の脚はそのままコンクリートの壁に……ってちょっと!!


 ズゥゥ……ン


 厚さ10センチ程の鉄筋コンクリートに穴が開いた音が響く。


 いとも簡単に、校舎の高くなっている場所、その壁をブチ破った人形。そしてその人形は何事も無かったようにその足を引き抜き、再びアヤメの方へと。そして、残りの人形もジリジリと彼女に近付いてくる……壁を背にしたまま、取り囲まれるアヤメ。


「そういえばアヤメ、あの人形のこと戦闘用アンドロイドって言ってたっけ……結構強いんだ」


 いやいや、そんなことを呟いている場合じゃない。早く彼女のことを救い出さないと。再び攻撃態勢を取る人形。今度は二体……いや、三体!

 ガードの体制を取るアヤメ……でも、ダメた! そんな攻撃、喰らっちゃったら!!


「アヤメーッッ!!」


 思わず叫ぶ――くそっ、アヤメが立っているのは10メートル余り先……とても間に合わない!


(彼女のところまで、飛んでいきたい!)


 そう願った時だ。あるイメージが脳裏に浮かぶ。それは風の翼、空気を切り裂く猛禽類。そして、その力をもたらす象形文字。ボクは無意識のうちに口を開く――。


「a(ウォス)・r(ラッド)・n(ニイド)・i(イス)~~大鷲よ我を乗せ静かに飛び立て!」


 そのイメージのまま、呪文を唱える――と、身体がふわりと浮き――そして、ボクの背中を何かがフッと押し出す。


「なんだ、こりゃぁぁぁ!?」


 そのまま、物凄い勢いでボクは突き進む――宙に浮かんだまま。目に入るのは、凄まじい速度で近付いてくるアヤメ――いや、高速で移動しているのはボクの方だ。

 そして、壁に激突する直前、ボクはアヤメを抱きかかえる。そして方向転換、壁に足を付く。ボクの脚はその勢いを難なく受け止めた。


「姫様っ!!」


 ボクの腕の中でアヤメが声を上げる。


 勢いを殺さないまま2、3歩壁を蹴り出し、ジャンプ。その勢いで方向転換して、再び宙を泳ぐ。眼下には獲物の姿を失い困惑したかのような動きの人形達。ボクを導く風はまだ勢いを失っていない。


 ふと、ボクは自分の背中の方に視線を向ける――そこにあったのは、まるで蜃気楼の様な、風が集まってできた大鷲の翼。


 再びボクが降り立ったのは、さっきの場所からさらに10メートルほど遠ざかったところ。人形達は、まだボク達に気が付かない。


「ひえぇぇ……ビックリした。なんか凄かったぞ……」

「さすがは王族専用モデルの強化防護服(パワードスーツ)、スペックが段違い(だんち)ですねぇ……あ、イキナシそれを使いこなす姫様もさすがです!!」

「いや……使いこなすも何も、アヤメの方まで飛んでいきたいなー、って思ったら呪文が頭に浮かんで、その通り唱えたらこうなったんだけど……」

「ええ、強化防護服のチュートリアルが作動したんです……時に姫様、“パイロットの三割頭”ってご存知ですか?」

「何、それ?」

「戦闘機パイロットって、刻一刻と変わる過酷な環境の中、操縦しながら常に索敵や航法計算をやったりとか、燃料の残量を気にしたり、同時にいっぱい考えなきゃいけないんです。そのために、地上にいる時の三分の一位しか頭が働かない、って言われてるんです」

「へぇ……」

「機動歩兵も同じようなモノなんです。何しろ、彼らが戦場に晒された時のストレスって半端無いですから。で、装着者のストレスを軽減するよう、強化防護服にはいろいろなアシスト機能があるんですよ?」


 色々と解説を始めるアヤメ。しかし、それを黙って聞いているボクでは無かった。こんな、いかにも突っ込んでくれと言わんばかりの設定、突っ込まない方が失礼だ。


「というか、強化防護服ってなんだよ!? これって、全然パワードスーツっぽく無いじゃないか! どう見たって魔法少女のコスチュームだろ、これ?」

「違います! そんなファンタジー世界の不思議アイテムと一緒にしないでください! 強化防護服は理論と技術に裏付けされた……」

「理論と技術に裏付けされたのが、何でこんなヒラヒラしてるんだよぉぉ!」

「いえ、ですから“十分に発達した科学は魔法と”……」

「あああっ、またそれ!! それに機動歩兵とか強化防護服とか訳わかんない!! キミは〈リコ・ラフネックス〉部隊所属かい!?」

「……いえ、ワタシの所属部隊は〈ブラッキー・ブラッカーズ〉……」

「嘘付けーッッ! やっぱりこれは全部夢だ! この世界は全部、ボクが読んだ物語をベースに、ボクの脳みそがこねあげた妄想なんだ……ブツブツ……」

「あああ! 姫様、自分の世界に閉じこもらないでくださいッ! ゴメンナサイ、つい姫様に合わせてしまっただけです! ワタシの所属は“第一近衛師団”、ブラッキー・ブラッカーズなんかじゃありませんよォォォォ!」

「え?……近衛師団?」

「はい。というか、姫様……あれ……」


 アヤメが指さしたのは、ボク達を見つけ、折り重なるようにして向かってくる人形達。悠長に科学と魔法について論戦なんて繰り広げてるから……って、それはボクのことか。


「うわぁぁっ! まずい!」


 戦闘用アンドロイドの群れを目に思わず叫んでしまう――脳裏に浮かんだのは、いとも容易く粉砕される鉄筋コンクリート。そんなモノ喰らったら、ひとたまりも無い。

 その時、ボクは人形の方へと腕を伸ばす――掌をかざし、頭の中でイメージをまとめ上げる――さっきと同じように、無意識のうちに。


「……freyr(フレイル)!……」


 呪文詠唱と共に、ボクの掌から真っ直ぐに、猛烈な光が放たれる。


『……バリバリバリバリ……』それは空気が引き裂かれる音。一筋の青白い光、それは収束したまま遥か彼方へと延びていき、マーブル模様の空を貫く。閃光と影。その光に照らされる人形達と、長く伸びる影。そのコントラスト。


 一瞬のち、ボクの手から溢れ出た光は黄色、赤と変わり、やがて消え入る。何が起こったのか理解したのは、その時だった。


「ちょ……ちょっと、何だよこれ、デンジャラス過ぎるよ!」

「あわわ……姫様、激し過ぎ……」


 ボクとアヤメ、思わず顔を見合わせる。

 一方の戦闘用アンドロイド達は今の攻撃で危険を察知したのか、大きく後退しながら散開する。

 ろくに狙いも付けずに放ったため、人形の身体を捉えることはできなかったようだ。いや、正確にはその中の一体が腕を吹き飛ばされ、その断面からチリチリと火花を飛ばしている。


「ひ、姫様……気を付けてください。もしも〈デュープ・パペット〉を木っ端微塵にしてしまったら、亜空間に飛ばされた子の追跡ができなくなっちゃいます!」

「分かっている……人形のメモリから、亜空間とのリンク情報を回収するんでしょ? でもさ、何気なく放ったのが、あんな強力だなんて……もうちょっと力加減できないの?」

「ワタシに言われましても……なにしろ、王家の方の力はあまりに強大過ぎますので……」

「う……うん。でも……同時に7体だよ? あんなに強い戦闘用アンドロイドを相手に、ダメージを与え過ぎず倒すなんて、難易度高過ぎるんじゃ……」

「はい……あああ、どうしましょう……姫様ぁぁぁぁ……」


 涙目のアヤメ。ダメだこの子――親衛隊所属なんて言っている割に、メンタルが弱過ぎるんじゃ……いや、メンタルの弱さで言えばボクも五十歩百歩だけど。

 そもそも、攻撃モードに入った戦闘用アンドロイドを相手に、壊さないように勝ちなさいなんて、要求そのものが矛盾しているよ!


(ん?……待てよ、『矛盾』?……)


 その時、ボクの頭の中で何かが閃く。

 そう、どんな盾をも貫く矛と、どんなに鋭利な矛をも食い止める盾。じゃあ、その二つがぶつかったら?


「ねぇ、アヤメ?」

「何でしょう、姫様」

「あの戦闘用アンドロイド同士で戦わせると、やっぱり亜空間に飛ばされた本人にアクセスできなくなる位、壊れちゃうの?」

「いえ……武装していない状態では、そこまでは……ん?……あっ!? 姫様!」

「ね?」


 アヤメもボクの目論見に気が付いたようだ。それまでの泣きそうな顔が一転、パッと明るい表情になる。うん、それでこそアヤメちゃんだ。この表情、やっぱりとても可愛い。


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