[13]戦闘開始っ!
「――では姫様。そろそろ合唱部の活動が始まる時間です。さ、準備しましょう」
アヤメの声でボクは我に返る。
「うん。でも、何であの子……井澤さんがその中の一人だって分かったの?」
「はい、〈デュープ・パペット〉については、一昨日ご説明しましたよね?」
「ああ、覚えている。要するにコピーロボットでしょ。人間そっくりのアンドロイド」
「そうです。本人が亜空間にジャンプする瞬間、別の亜空間から呼び出され、その方の風貌や属性を正確にコピーした後、こちらの世界に転送されます。今はその人に成り済まして学生生活を送っています……もし転送された方が教員の場合、教員生活ですが……」
「本来は戦闘用アンドロイドとしてキミに支給されていたんだっけ? 確か30体」
「その通りですっ。システムによる緊急措置で直近にいたワタシの手持ち分から割り当てられました。今、手元に残っている〈デュープ・パペット〉は4体。つまり、26人が亜空間に飛ばされたということなんです」
「委員長の井澤里沙さんもその中に含まれるってことか……でも、何で彼女がそうだと?」
「えーっと、技術的な話になっちゃうんですけど、人間の記憶って物凄い容量でしょ? 記憶まで全部コピーすることはできないんです、さすがに」
「へぇ」
誰もいない階段を、ボクとアヤメは屋上に向かって歩く。聞こえるのは音楽室から洩れる管弦楽器の音。その合間を縫い、時折弾ける笑い声や、教室のドアが閉まる音が思い出したかのように響く。
「で、どうしてるかって言いますと、誰かに何かを質問されると都度、亜空間で眠る本人にアクセスして、質問された内容に関する記憶を呼び出すんです。一度呼び出した記憶は、メモリの容量をオーバーするまでは覚えています」
「なるほど。だから生徒会のことなんかは、きちんと認識してた……先生からボク達に説明してって言われた時、記憶にアクセスしたから。でも、友達との約束すっぽかした……記憶を呼び出す機会が無かったからね!」
「そうです! それと、叔父さんの名前はすぐに出てきました……でも、お母さんの名前はすぐには出てこなかったんです! 普通、逆ですよね? それってこの三日間、お母さんの名前にアクセスする機会が無かったからなんです、きっと!」
「でもさ? 〈デュープ・パペット〉ってキミの持ち物でしょ? そんな面倒くさいことしなくても、誰がそうなのか分かるようになってるんじゃないの、普通?」
「……なってないんです……」
「そう、なの?」
「ええ……今回の状況は本来の用途とは違いますので、そこまで考えられていないんです……まぁ、あれです。あれの開発をしたのは王立科学アカデミー、要するにお役所仕事ってやつです……ホント、おバカですよね……」
「……あはは……」
そんな会話を交わすうち、ボク達は階段を登りつめた踊り場へ。『バタン』という音と共に屋上へ繋がる扉が開け放たれる。
「どうも、ですー。あ、井澤さーん。本当に来ちゃいました!」
「……紫野さん、果無さん!?」
校舎の中から突然屋外に出たためだろうか、空が眩しく感じる。午後の日差しの照り返しは、この季節でもちょっとジリジリとする感じ。でも、時折吹く屋上の風が気持ち良い。
そんな屋上に合唱部8人が、横一列になって発声練習をしていた。委員長はその右端。突然の来訪者、アヤメの素っ頓狂な声に歌声は止まり、彼女達はこちらへと振り向く。
「じゃあ姫様、行きます」
アヤメは仁王立ちすると、斜め45度の角度で彼女達に正対。ズビシっと彼女達を指さすと、そちらに向かって何やら朗々と歌い出す。
『
雪が降る 白い雪が
寒い夜に 達磨落しの雪だるま
雪の合戦 血の合戦
雪の結晶 つららが落ちる
しもやけ おしるこ 糖質制限
鍾乳洞に 金平糖
四角い吹雪が 頭に刺さる
雪の平原 虫歯が痛い
裸足の子供と 甘い長靴
温かい星空 真っ赤な炎
痒い暖炉に 眠い煙突
遊び疲れて あくびする
研ぎ澄まされた お餅が三個
丸みを帯びた キミはだあ~れ?
』
――冒頭部は童謡のような歌詞。それは冬の景色を題材にしたような。
でも、次第に訳が分からない歌詞へと変わって行く。意味があるような無いような、全然関係の無い歌詞を織り交ぜたような。支離滅裂な、でもどこか深いところで繋がってそうな、そんな歌詞だ。
アヤメ、ちょっと頭おかしくなった? そんな不安を抱き始めた時、『キミはだあれ?』という最後の言葉で状況が動く――。
『ギィ……ギィィィィ』
合唱部の女の子達――横一列に並んだ少女達が、一斉におかしな動きを始める。
ガクガクと体を揺らしたかと思うと、頭を小刻みに震わせる。眼球がグルグルと動き両目は明後日の方向へ。まるで糸が切れた操り人形のような動き――そう、それは操り人形、人型の傀儡。まさにその名前、“デュープ・パペット”を思わせる動作。
「アヤメ、今の歌は?」
「はい。これは人間かコピーかを見極める感情移入度検査法の定型文……いわゆる『フォークト・カンプフ法』っていうヤツです!」
「フォークト・カンプフ法……っておい、ブレードランナーかよ……」
「今ので人工知能の連想記憶回路と感情シミュレーション・アルゴリズムを混乱させて、“成り済ましモード”から“エクセプション・モード”に移行させました。これで第一段階は完了です。姫様、次行きます!」
そう言うと、アヤメは天を仰ぎ呪文を唱える。
「g・u・l・l・i (我が願いにより世界の均衡をもたらし給え)……結界発動っ!!」
その瞬間、昼下がりの青空はパステル色のマーブル模様に変わる。そう、ボクがアヤメと出会った、あの時と同じ。
「これで誰にも見られること無く、干渉されず、戦闘できます!」
「戦闘って、あれはキミの持ち物だろ!? 何で戦わなきゃいけないんだよっ!」
「エクセプション・モードに入った〈デュープ・パケット〉は自己防衛プログラムが起動しています! そうなっちゃうと、持ち主かどうかなんて関係なくなっちゃうんですよ」
「ロボット三原則は何処行ったーっっ!」
「その言葉、久しぶりに聞きます。えと、人間の命令に従い、人間に危害を加えず、その上で自己防衛に努める、でしたっけ?……まぁ、今時の創作物ではてんで顧みられなくなった概念ですね……って、あ、来ます!!」
いつしか、8人の女の子は白梅女学院の制服を身に纏った、8体のマネキンに変わっていた。その中の一体が突然、こっちの方に向かって走り出す。
「urR=kraft!」
それは、アヤメの発した言葉、変身の呪文。
不意に訪れるのは、彼女に戯れる風、彼女を包む光。アヤメは――この少女は、風と光に運ばれた衣装を纏い、魔法少女になっていた。
そう、限りなく純白に近い薄紫……白鷺の羽、はためくマント……山吹、紫紺、幾重にもレイヤードされたトップス、そしてフリルのついたパニエスカート。
彼女はスカートを翻し、真っ白いブーツで屋上のコンクリートを蹴る。ひらりと舞う身体。人形がアヤメに向けて繰り出したはずの拳は、何も無い空間を虚しく食む。
そのまま一回転し、人形の後ろにストンと降り立つアヤメ。人形は振り返る――いや、振り返ろうとする。しかし、右腕はさっきまでアヤメが立っていた方向に繰り出されたまま、左腕は胴体に付けたまま。その両足はバランスを取るのに精いっぱいという感じでプルプルと動かしている。
と、アヤメの右手がほんの少し動く――するとどうだ、人形はそれにつられて左へと傾き――そして、ついに膝をついてしまう。その時、アヤメの右手と人形の間にある何か光るものに気が付く。それは光でできたワイヤーみたいなもの。どうやら、人形をがんじがらめにしているようだ。
「はいっ、〈デュープ・パペット〉一体捕縛ですッ。では、動作停止ッッ!!」
アヤメと人形を結ぶ光が赤く輝き――人形は、それっきり動かなくなる。
「すごいぞー、アヤメーっ」
「ありがとうございます、姫様」
「あと、7体だね。がんばって!」
「…………」
しかしなぜか、アヤメは無言のまま、ひきつった顔を返してくる。
「どうしたの?」
「えっと、姫様……あのですね」
「なに?」
「合唱部の方、8人全員が《デュープ・パペット》に置き換わっていたんですね……」
「そりゃ、部活で一緒に居たんなら、皆一緒に巻き込まれてても、おかしくないよね」
「良く考えてみればそうですよね……あははは……でも今の今まで、そんなこと、まるっきり想定していませんでした……」
「え?……どういうこと?」
「……姫様、助けてーーーーーッッ!!!!」
そこには、7体の人形に追っかけまわされているアヤメの姿がいた。




