表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/139

[92]はらぺこmiwa姫なに見て語る

 miwa姫はそう言うと、ちょこんと首を傾げてはにかんだ。そんな照れ隠しでさえとても人間らしくて、ひょっとして彼女、ボクらをからかっるだけじゃないの? なんて思いが頭をもたげたり。


 とっても居心地が悪そうなmiwa姫。そんな彼女を前に、津島さんは不思議そうな顔をしている。


「そう言えばさっきから気になっていたのだけど、NPCって何なの?」


 どうやらあまりゲームには詳しくないらしい。香純ちゃんも困ったような視線をこっちに差し向けている。一応、説明した方がよいのだろうか。


「えーと……ノンプレイヤーキャラ? よーするに、コンピューターが操っているキャラクターってやつ? プログラム上の仮想人格? ……だよねー確か?」


 答えたのはボクではなく浅見さん。だけど少し語尾の上がった疑問符の連打。自身無さげに、すがるような目つきでこっちを伺う。ボクもぎこちなく首を縦に振るばかり。そんな微妙な空気に耐えきれなかったのだろうか、当のmiwa姫が申し訳なさそうに口を開いた。


「ごめんなさい……皆様に誤解を与えてしまったようです。改めて自己紹介しますね。このゲームのマスコットキャラクター……みたいなもの、でしょうか? miwaと申します。以後、お見知りおきを」


 ペコリと丁寧にお辞儀するmiwa姫。つられてこっちも軽く会釈(コンニチハ)。相変わらず流されやすい白梅会の面々だ。そんなボクらに代わり、miwa姫が続けてさりげないフォロー。


「あ、マスコットキャラクターというのはちょっと変ですね。村人Aとでも思っていただければ……」


 いえいえ、そんなお姫様属性満載で村人Aってかなり無理があります。やっぱりこの人――いや、NPCか……かなりお茶目なのかも。そんなmiwa姫を見て独り言のようにつぶやく津島さん。


「そうだったのね……人工知能……強いAI……? いえ、彼女の場合、人口知性と言った方がいいかしら。それにしてもあの受け答え……チューリングテスト程度なら楽勝でパスしそうね」


 感動をにじませつつも落ち着いた声。女子高生離れした単語の数々。さすがは我らがヒメサユリの君。次期生徒会長候補にして魔法少女のリーダー格、こんな事態にも動じない。何せ彼女、文学少女っぽい佇まいに似合わずサイエンスとかエンジニア方面にもめっぽう強いのだ。


「ねえ、聞いていいかしら?」


 そう問いかける津島さんの瞳はキラキラと輝いていた。いったい何を知りたがっているのだろう? そんな彼女に興味を持ってもらったことが嬉しいのだろうかか、ついさっきまで取り繕っているように見えたmiwa姫の笑顔が一気に明るくなった。


「はい、何でもお訊ねください」

「AIの人もお腹がすくの!?」


 ……前言撤回。お茶目さ具合では津島さんも負けてなかった。お茶目というかズレてるというか。さすが『完璧美少女の皮を被ったガタピシ娘』の二つ名は伊達じゃない。


 ちなみにこの称号、彼女の伝説じみたアレヤコレヤの行状に呆れ果てた元魔法少女のお偉いさんが、ひたすら頭を抱え黄昏ながら呟いたボヤキから来ているとのことだ。津島さんの本質を良く突いていると思うのはボクだけだろうか。


 まあ、何でそんな津島さんが現役魔法少女を束ねているの? とか、彼女をリーダーに任命したのはそのお偉いさんだよね? とか疑問は尽きないけど……魔法少女の世界はホント、摩訶不思議でしかも秘密のベールに包まれている。


 それにしても『お腹がすくの?』とは津島さんらしい独創性のある切り口。何しろ津島さんは食いしん坊なのだ。昨日も放課後に焼きそば弁当の後、鶏の唐揚げ醤油味(しかも期間限定+2個増量)をおかわりしていた。深窓の令嬢という枕詞がなによりもしっくり来る美少女が、唐揚げを嬉しそうにパクつく姿――そんなミスマッチ感全開の取り合わせを目の当たりにしてさえ、最近となっては何も思わなくなったボク。現実を知るというのは少し悲しい。


 だがmiwa姫は、そんな津島さんが放つ常識の斜め上を突き抜ける疑問にも動じなかった。彼女はとびっきりの笑顔を見せたまま平然と答えるのだ。


「はい。お腹がペコペコになるとへにゃあ~ってなっちゃいますよね! クタクターって感じでしょうか。やっぱりお腹いっぱいって幸せです。満腹バンザイなのです!」


 うーん。より人間味を持たせるために、食事という行動(モーション)にプラスして空腹という概念まで実装している……ってこと?


 でもなんかmiwa姫とお話ししていると、彼女も感情や欲求を本当に持っているような気がしてくる。


「あ!? ひょっとして皆さん、AIのくせにお腹がすくなんて嘘くさい~なんて思ってませんか! 『そういう振りをしてるだけでしょ』とか? 違うんです! 本当なんです! 信じてください」


 ふと、彼女の言葉にふとクオリア問題とかいうSFにおける永遠のテーマが頭をかすめた。miwa姫だけじゃない。ボクの感じる空腹でさえ、果たしてそう思い込んでいるだけのシナプスの爆発に過ぎないのでは――と。


 しかしmiwa姫の放つ次の言葉は、そんな刹那のチョッチ哲学的な自問を容赦なく横殴りにぶん殴る。


「そうそう、私、眠くなったりもするんですよ? 毎日8時間ほどは睡眠(お休みなさいの)時間を頂いてます。とってもお寝坊さんで、いつもベルさんに怒られてるの」


 まじか!?


 ピシッと軽い衝撃が走った。むしろボクの知っている常識が崩れ落ちた。小学生ですら睡眠時間を削っているというこのご時世、そんなことが許されるの!?


 このゲーム、運営会社の社員どころかNPCの待遇まで超ホワイトなのだろうか。そもそもAIって眠るのか? 眠る必要があるのか? それは異世界のAIだからか? はたまた、ただ単に出来の悪いプログラムが時々フリーズするだけというオチか?


「あ、そう言えばそろそろ三時のおやつですね。ベルさん、どこへ行ってしまったのでしょう……? お腹がすいてきました。私の中の人工知能が糖分を欲してます……ベルさーん」


 ボクの驚愕をそっちのけに畳みかけるmiwa姫。ダメ押しというやつだ。人工知能には糖分が必要らしい……てか、糖質制限という言葉が大手を振るって巷を闊歩しているこのご時世、そんなことが許されるの!?


 しかも何を思ったか、miwa姫は『お菓子~』と、か細く鳴くとボクの肩に腕をかけもたれかかった。当然のことながら成り行き上、制服越しにもたわわな彼女の二つの膨らみがボクの胸の辺りへと当たる。お胸とお胸のおしくらまんじゅう。もちろんmiwa姫の圧勝、寄り切り勝ち。その感触にビビったボクの頬に直接触れる彼女の頬。感触や温かさまでリアル過ぎて、これが仮想現実なんて意識はもうどこかに吹き飛んでいる。


 心臓がドキドキと脈打つと同時に、これがゲームなのか現実なのかさえあやふやになり、やがてボクの中でゲシュタルト崩壊を始めた。というか、この鼓動も疑似的なモノだろうか――さっきから投げかけられるmiwa姫の言葉も相まって、もう、考えるほどに訳が分からない。


 そのままボクの体のラインをなぞる様にズルズル落ちていくmiwa姫。ふざけているの? だけどこのままじゃ本当に倒れ込んでしまいそうだ――取り敢えず彼女を支えようとしたその時。


「あああっ!! miwa姫ーーーっ! ここにられましたか!」


 礼拝堂に響く高い声。その素っ頓狂さに一瞬、アヤメが戻ってきたのかと勘違いしたけど、そんなはずも無く別人の声。聞き慣れない声に反応するmiwa姫。彼女はへにゃりとした体勢を立て直すと、ボクの肩越しに声の主へと顔を上げた。


 その視線の先――バタバタという足取りと共に駆け寄ってくる気配。そして今度は涙声。


「探したのですよォ! 駄目じゃないですかァ、私を置いて何処かへ行っちゃうのですものォォ!!」

「ベルさーん! お腹がすきましたぁ……おやつの時間ですよぉ……」


 甘えた声のmiwa姫。スルリというかズルズルといった感じでボクの腕から抜け出すと、彼女はヨタヨタという足取りで声の方へと向かう。回れ右してそんな姿を目で追うボクの視線の先に、その人は居た。


 miwa姫がベルさんと呼んだ女の人――初めて見る顔。だけどその姿を見た瞬間、ボクは彼女が何者なのか、そしてmiwa姫とどんな関りを持ってるのか、その一切合切を瞬時に理解できたような気がした。


 そう。絶対に彼女は――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ