[93]姫様の身の回りのお世話をしています
目に飛び込んできたのは、黒と白のコントラストも目に眩しいトラディショナルなスタイルのロングドレスと、キュッとリボンが結ばれたエプロンの組み合わせ。彼女の背格好や顔立ちなんて二の次三の次、ボクの脳裏に浮かんだ言葉はたった一つ。
(あ、メイドさん)
……そう。突然現れた女性の姿は、あまりにとってもメイドさんだった。
彼女は転がるような足取りでmiwa姫に駆け寄ると、今にも頬ずりしそうな勢いでmiwa姫のセーラー服にすがり付く。そして溶けたチョコレートを思わせるニヘェっと幸せそうな顔を、セーラー服の裾に擦り付けていた。
あまりに強襲的な登場に呆気にとられ、もう一度目を凝らす。彼女は一体何者なのだろう? ――小奇麗なエプロンドレス、丁寧にまとめられた黒髪には繊細なレース模様も麗しいホワイトブリルがかけられ、おまけにその髪型は三つ編みを垂らしたおさげという念の入れよう。
……やっぱりその姿はメイドさんだった。どこをどう探してもその言葉しか出てこない。
彼女の特徴に当てはめるべき言葉も印象も、超テンプレなメイド姿という力強いメッセージを前に無力だった。メイドという言葉以外、彼女のアイデンティティは全てはるか遠きに霞み、その意味さえ失っていた。彼女を形容するはずの言葉達はことごとく、メイドさんという言葉に上書きされてしまっているのだ。
そのザ・メイドさんが甘ったれた声を出す。
「もう、心配したのですよォ、miwa姫……」
「ごめんなさい、ベルさん」
miwa姫が謝り、今度はへなへなと膝をつくメイドさん。
しかも、これまたありきたりなアニメやゲームで出てきそうな、ちょっと迂闊で隙だらけなメイド声。完璧なテンプレのオンパレードに『やられたなぁ』という感想しか湧き起こらない。
それにしても安直過ぎていささかアレだ。お姫様とメイドさん。そもそも黒いエプロンドレスにホワイトブリルというそのステロタイプなイメージは近年のサブカルチャー的創作によって生み出されたものであり、モデルとなった近世イングランドの中流から上流家庭で雇用された女中の服装を模してはいるものの、その実態はそれら元となったモデルとはかけ離れ既に形骸化しているなどという、今更語るべくもないもはや今時のサブカル界隈では一般常識として流布されているであろう説明がグルグルと頭の中を駆け巡り、またそれだけでは治まらず、さて、そんなステロタイプが、ボクの知らない異世界でも当たり前のように適用されているのであろうか? 否、それは現代日本だけでしか通用しない概念ではなかろうか、だがしかし、しかしまさに目の前で起きている出来事がその反例を如実に物語っており、そう言えば常日頃ライトノベル等にて斯様な描写を見るにつけ、そんな馬鹿なことは無いでしょうあり得ないでしょうと揶揄していた自分ではあったものの、逡巡する自問の末、そのあり得ない可能性を示唆する目の前の出来事に、その根拠のない自信はいつしか瓦解し、創作物の中のメイドさんに思いを馳せつつも気が付くと軽い焦燥感を覚えていた。
……とまあ、そんな独白調の自問自答の後、焦れる思考の中でもう一度ボクは目の前のメイドさんを観察する。
彼女の名前はきっと“ベルさん”なのだろう。miwa姫がそう呼んでいた。歳の程――というか設定年齢かな? ――はボクらより上っぽい。一方で柔らかい輪郭の整った顔立ちと愛嬌のある少し低めの鼻が彼女を幼く見せている。もちろん、そんな彼女の名前も含めて、相変わらず彼女の全身から迸る『メイド』というアイコンが全てを圧倒しているけど。
『都会に出てきたばかりの田舎娘が紆余曲折の末、高貴な一家の暮らす屋敷に引き取られ、まるで慣れない上流階級のしきたりに翻弄されながらも、徐々に彼女自身が持っている素質を開花させていく――』
そんなストーリーがボクの脳内で再生される。しかし向こうはこっちに気付いていないようだ。彼女、絶対にmiwa姫しか目に入っていない。
「あれ? あのぅmiwa姫……」
不意に彼女は口を開いた。おずおずとした口調はやっぱり、どこかアヤメと似ている。
「どうされたのです、その恰好?」
どうやら、ようやくmiwa姫のセーラー服姿に気付いたらしい。ベルさんとやらは小首を傾げ不思議そうな目をする。
一方、『てへ、』と茶目っ気たっぷりに舌を出すmiwa姫。彼女の視線はいたずらっぽく踊っている。その先はもちろん、こっちの方。
そのお陰か、このテンプレメイドさん、やっとボクらの存在に気が付いたみたいだ。
「はっ!? 誰です、あなた方!? いつの間に沸いて出てきたのっ!?」
それまで辺りをまるで顧みなかったメイドさん、口をパクパクさせ、これでもかというリアクションで驚いてみせる。
てか気付けよ……気付いてお願いだから。しかもまるで亡霊でも見るような目つき。なんて失礼千万な。さっきからずっといるだろ? ……とゆーかご主人しか目に入ってない系の人? ヤバい系の人?
何故かボクの脳裏にアヤメの姿が過る。やっぱり、ちょっと系統は近いかもしれない。ひょっとして、これがあっちの世界でのデフォルトだったり?
「あちらの世界からのお客様のようです」
フォローを入れるmiwa姫。あら、こちらは常識人。やっぱりアヤメみたいなのはデフォルトではないらしい……ってか、そりゃそうだよねいくら何でも。
「あちら……って、まさか。噂の……異世界のことですかッ!?」
「どうやらそのようですよ」
「なんとォォ! 異世界の方々も姿形は私たちと同じと聞いてはいましたが……いや、なんと面妖なッ。まるっきり私たちと同じでは無いですかッ」
なんか宇宙人扱いされてません? ボクらET? それともUMA?
しかもよりによって香純ちゃんに詰め寄りジロジロと。体をこわばらせ一歩後ずさる香純ちゃんだが、メイドさんは一歩踏み込む。泣き出しそうな香純ちゃんと名探偵メイド嬢。
「いやー、それにしても……揃いに揃って何とも妙ちくりんな格好ッ! さすが異世界人! 文化も風習もまるで違うようねッ!」
おい!? ならその服は何だよ!? メイド服だろ!? メイド服だよね? 一種のクールジャパンだよね? そのくせセーラー服が妙ちくりん? その違いはどこにある! 意義ありっ!
「ええ、“セーラー服”と言うそうなの。私も真似させていただきました。何でも、学生さんが着る制服のようですよ?」
このメイドさんと違ってmiwa姫はちゃんと分っている。清楚なお嬢様学校と言えばシックなセーラー服。セーラー服には歴史と格式があるのさ。ボクが女学生でセーラー服を着ているというこの理不尽は一つ置いておくとして。
「ですがmiwa姫! たやすくそのような格好を真似されてはなりません! 私達には威厳と格式という譲れないモノがありましてね……」
「ええ~、カワイイのに」
「はぁ……ま、確かにmiwa姫が言うならそんな気もしてきました」
意見を180度転進。メイドさんの見事な操舵。
「ね? 良く似合ってるでしょ」
「ええ、姫はいつもお綺麗です」
「うふふ」
ふーん、miwa姫の言うことは直ぐに納得するんだ? 何か釈然としない。意志というのが無いのですね? 何か言ってやりたいような気もするけど、流れるような二人の会話には割り込めそうもない。
「……そうだ、思い出しましたッ!」
「どうされました、ベルさん?」
「そう言えば、この間のアップデートであちらの世界からのアクセスもサポートしたってアナウンスがありましたっけ!」
「ええ、どうやらそのようですね」
「それにしても早速新規ログインが来るとはビックリねッ。正直『テコ入れ策にしたってあり得ないわー、センスねー運営ッ』と思ってたのですが意外や意外……」
「異世界の方々にも私のことを見て頂けるなんて、本当に嬉しいです!」
幸せそうにポーズを取りクルクルと回るmiwa姫とこちらを胡散臭そうに伺うメイドの人。そう言えばmiwa姫、お腹を空かしていたのを忘れたのだろうか。
と、その時。ふとメイドさんと目が合う。こっちの方を何やら不思議そうな眼で……。
鼻に皺を寄せ藪睨み状態の彼女は、突然悲鳴を上げた。
「ぎゃ、ぎゃあぁぁぁぁっッッ!!」
「どうしましたベルさん?」
「ナニコレーっ!? 姫が……miwa姫が……分裂増殖した!?」
おいこら! この人、ボクのことをプラナリアか何かだと思ってる!? てか気付くの今かよ!?
「分離? 複製? ドッペルゲンガー? なんというオカルトチックなッッ!! いえいえ、これはひょっとしてバグ!? 運営に連絡しないと!」
…………がちゃん。あ、今のは今まさに心が砕けたって心象風景を言語化したつもり。いくら何でもバグ扱いは無いと思います。酷すぎます。
「ヒドイや……人のことをバグか心霊現象か何かのように……」
本来ボクはいじけやすいのだ。傷心のボクはしゃがみ込んで膝の上に顔をうずめ、しくしくと頭を振る。
「ああっ、美彌子っち!? 挫けないで!」
「そうよこれしき! 真っ直ぐ前を見るのよ、エーデルワイスの君!」
「美彌子さんー……」
浅見さんたちの慰めの言葉。持つべきものは友達だ。ああ、仲良し女の子の輪に今、ボクは入っている。そう、女の姿でお嬢様学校に入ってしまっうという不幸の中に、こんな幸せがあるんだ。そんな男の友情とは違った良さを噛み締めながら、しみじみ思いを巡らせるボク。
「ベルさん、ベルさん。勘違いしないでください。私とよく似ていますが、この方もあちらの世界から来た方ですよ? ハテナシさん、と仰るそうです」
miwa姫の解説にメイドさんは目を丸くする。
「えええーッッ? に、にわかには信じられないのですが」
「いえいえ、間違いないです」
「……本当に?」
「はい!」
メイドさんはつかつかと歩み寄ると、今度はボクのつま先から頭のてっぺんまで舐めるように視線を這わせる。それはもう、軟体動物が這い寄るようなヌメヌメとした視線で。
やがて、ようやく納得したのだろう――いや、納得した上で別の驚きに襲われたのだろう。彼女は脳天から突き抜けるような声を上げる。
「あり得ない……これって宇宙の神秘? 本当にそっくりッ!」
「でしょ? 私達、生き別れた双子なのかしら?」
いつの間にか傍らに寄り添うmiwa姫は破顔一笑、ボクの手を取るとステップを踏む。クルクルクルクル……とボクらは回る。やがて彼女はボクと肩を寄せ――
「さぁ? どっちが私だー?」
――いたずらっ気たっぷりなmiwa姫。もちろん、彼女が喋っているので、どっちがmiwa姫でどっちがボクか、考えるまでも無いのだけど。
「えーっ!? どっちだよー」
「美彌子さんが二人ですぅ」
「違いますッ! miwa姫が二人、ですッ!!」
「分からないですぅ」
この人達……絶対遊んでいるよね?
しかしその中に勝気な表情が一つ。
「フッ……私には分かるわよ?」
「おおー! 深央、分かるの!?」
「当然よ」
いえいえ津島さん、そんな自慢することでは……って津島さん? あなたの視線はどちらに向かっているのでしょう?
微妙に下向きの視線……他の四人もつられるように。
「分かりましたぁ! こちらが美彌子さんですぅ」
「こっちがmiwa姫ねッ!」
「あはは……お胸の大きさを見れば一発じゃんー!」
「おいこら!? ワザとだろ? 絶対ワザとだよね!?」
完全に遊ばれている。
「あー、美彌子っち。傷付いた? ごめんねー、冗談だよー。お胸の大きさも美彌子っちの立派な個性じゃん! 気にすること無いってー」
「気にしてなんかいません!」
え? たわわに実る二つのふくらみ? そんなの、重そうだし邪魔そうだし扱いに困るじゃないか! 勝手に決めつけないでくれる!? そもそも、そんなんじゃ下を向いても足元が見えないんでしょ? ちゃんとコミックで見たんだから! ボクだって知ってるんだからね! あ、負け惜しみじゃないんだから!
とっととこの話題、終わらせてほしい――だけど思案顔のmiwa姫は――
「これは失念しておりました! 申し訳ありませんハテナシさま。私はなんて残酷なことをしてしまったのでしょう……」
「いや、だからね?」
「そうでした! これ、これ……」
「ゲーム中、こちらを使ってください。ワタシからのお詫びの印です!」
彼女は何もない空間から何かを取り出した。
まあ、あのネコ型ロボットのアニメのSEが流れなかっただけ良しとしようか。だけど――どうやって出現させたのだろう? いや、ゲームだから何でもアリか。
とにかく、いつの間にかmiwa姫はあるモノを手にしていたのは。それは……あろうことか……。
「ああーっ!? それ、胸パッド」
はっきり言わないでください浅見さん。
「はい! スペシャルアイテムです!」
「おおっ! miwa姫が授けしレアアイテム! 何と羨ましいッ!」
「まさか、ボインボインになってしまうのですかぁ?」
「さあ! それを付けてもう一度やりましょう!」
もうこのゲーム、終わらせたい……。




