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「・・なんだ、理恵ちゃんはそんなこと気になってたのか」

 僕が毎年描いた絵をどこに送っているのか南さんに訊いてきて欲しいと頼まれたことを伝えると、おじさんは苦笑して軽く頭を掻いた。


「でも、大した話じゃないんだよ」

 と、おじさんは続けた。

 僕はおじさんの話を聞くために再びソファーに座りなおした。


「えーとどこから話したら良いのかなぁ」

 と、おじさんは呟くように言うと、軽く眼差しを伏せて、頭を掻いた。そして記憶を辿るように少しのあいだそのままでいたけれど、

「俺が若い頃、外国を回りながら絵を描いてた話はしたよね?」

 と、おじさん目線をあげて僕の顔を見ると言った。


 僕はおじさんの問いに頷いた。


「その頃に、そのひととは知り合ったんだ」

 と、おじさんは言った。

「そのとき、フランスの田舎の方でヒッチハイクをしてたんだ。ちょっと行きたい場所があってそこまで行ったのはいいんだけど、時間が遅くなった関係でバスがなくなってしまって、その場所から移動できなくなっちゃったんだ。そこは田舎の地域だからお店とかホテルとか何もなくてね・・・だから、仕方なくヒッチハイクすることにしたんだけど」


 僕はおじさんの話に耳を傾けながら、日が暮れてすっかり薄暗くなった外国で自分が途方に暮れているところを想像した。


「季節はまだ10月で秋だったんだけど、日が暮れるとすごく寒くなってね・・・とても野宿なんてできないなって思って・・・でも、ヒッチハイクすることにしたのはいいんだけど、田舎だから滅多に車も通らないし、また通ったとしてもなかなか乗せてくれるひとなんていないんだ・・・で、どうしようかなって途方に暮れ始めた頃に、ようやく一台の車が止まってくれたんだ。車を止めてくれたのは五十歳くらいのおじさんだった。俺は拙い英語で状況を説明したよ。ここまで観光にきたのはいいけど、日が暮れてしまって、交通手段がなくて困っている、だから、申し訳ないけれど、近くの街まで、それが無理なら、何か交通手段があるところまで連れていってもらえないかと」


「そしたら乗せてくれたんですか?」

 と、僕は訊ねてみた。


 僕の問いに、おじさんは短く頷いて微笑した。

「そのおじいさんが良いひとでね」

 と、おじさんは続けた。

「今から近くの街に行っても田舎だから宿なんてないし、探すのも大変だろうから、良かったらうちの家に泊まっていきなさいって言ってくれたんだ」


「外国にも良いひとはいるんですね」

 僕は微笑んで言った。

 おじさんも微笑んで頷いた。


「それで、そのおじさんの車に乗ってつれていってもらったのは、レンガ造りの、古いけど、温かみのある家だった」

 僕は外国の上品な感じのする古い家を思い浮かべた。暗闇のなかに見えてくる暖かな優しい街頭の光。その光を目にしたときのほっとした気持ち。


「家に入ると、そのおじさんの家族が温かくもてなしてくれた。美味しい料理とか出してくれて。おじさんは娘さんと二人暮らしだったんだけど、そのお嬢さんもいいひとでね」


「もしかしてロマンスが生まれたりしたんですか?」

 と、僕はからかように訊ねてみた。


「まあ、正直、綺麗な人ではあったから、そういうことを期待する気持ちがなかったといえばウソになるのかな」

 おじさんは僕の顔を見ると、苦笑するように口元を綻ばせた。


「でも、そのひとにはもう既に婚約しているひとがいたし、だから、俺の出る幕なんてなかったんだよ」

 おじさんは言って自嘲気味に少し笑った。

 僕は曖昧な笑顔で頷いた。


「でも、なんだかんだでその家には二週間近くお世話になったかなぁ」

 おじさんはどこか遠くの風景を眺めるときのように軽く目を細めて言葉を続けた。


「俺が旅をしながら絵を描いてるんだって話すと、おじさんも娘さんもすごく興味を持ってくれてね、良かったらこの家に泊まって絵を描けばって言ってくれたんだ。その提案は俺にとってすごく魅力的だった。何しろ金がもうほとんどなくなりかけていたからね」


「まさに渡りに船だったわけですね?」

 僕が微笑して言うと、おじさんは苦笑するように口元を綻ばせて頷いた。


「でも、ふたりが俺の絵に興味を持ってくれたのにはちょっと理由があってね・・・そのおじさんの奥さんが生前・・・おじさんは五年くらい前に、奥さんを病気で亡くしてるんだけど・・・その奥さんが絵を描くのが好きだったひとみたいなんだ。セミプロみたいな感じで、地元ではちょっと有名なひとだったみたいで・・だから、俺が絵を描いてるっていうとすごく興味を持ってくれたみたいでね」


 僕はおじさんの言葉に耳を傾けながら、外国の涼しげな日差しの下で絵を描いている女性の姿を想像した。


「それで、あるとき、娘さんが、俺に奥さんが最後に描いたっていう絵を見せてくれたんだ。それは夏の、海辺の景色を描いた絵でね・・・病気のせいで絵を描き続けることができなくなってしまったのか、途中まで描いたところで終わってしまってるんだけど・・」


「・・・だから、もしかして、南さんはいつも海辺の絵を描いてるんですか?」

 僕ははっとして訊ねてみた。


 僕の科白に、おじさんは僕の顔を見ると、口元で弱く微笑んで頷いた。


「・・・うん、なんかね、その絵を観てたら、なんとかその絵を最後まで完成させないといけないような気持ちになったんだ。何しろすごく綺麗な絵だったから。それは近くの海辺の景色を描いた絵だったから、俺も早速その海辺に行ってそれで絵を描いたんだ。無料で宿泊させてもらっているお礼に何かしたくてね。そして数日かかって絵を仕上げると、ふたりに絵をプレゼントしたんだよ。そしたらふたりはすごく喜んでくれてね・・・それでそれ以来、毎年夏になると、海辺の絵を描いて二人に送ってるんだ。もしかしたら有難迷惑なのかもしれないけど」

 おじさんは静かな口調で言うと、僕の顔を見ると自嘲気味に口元を綻ばせた。


「そんなことないと思いますよ」

 僕は微笑みかけて言った。


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