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「南さんのおじさんの描いた絵を見せてもらったけど、どの絵も素敵だったよ」
と、僕は言った。僕は今、南さんと喫茶店にふたりきりでいる。僕は三日前に福岡から東京に戻ってきたところだ。東京に戻ると、早速僕は南さんに結果報告をした。南さんのおじさんの絵の秘密がわかったと僕は電話で南さんに伝えた。すると、南さんがそのことについてぜひ詳しく知りたいと言うので、南さんの仕事が休みだという今日、喫茶店で待ち合わせてそのこと伝えることになったのだ。べつに電話で全て説明しようと思えばできたのかもしれないけれど、でも、できれば直接会って話した方がわかりやすいだろうと思った。それにいいわけするわけじゃないけれど、南さんの方から直接会って話が聞きたいと言ってくれたのだ。もちろん、南さんの顔が見たいと僕としては異論があるはずもなかった。
注文を取りに来た店員に、南さんはアイスミルクティーとりんごのケーキを注文した。僕はアイスコーヒーだけを注文した。注文した商品はすぐに運ばれてきた。僕はアイスコーヒーにガムシロップとミルクを入れて軽くかき混ぜてから一口飲んだ。南さんもアイスミルクティーを少し飲んだ。窓の外にはアスファルトで舗装された細い道と、最近新しくできたハンバーガーショップが見えた。日の光は明るくて、まだ六月だけれど、照り付ける日差しはもう夏のそれを思わせた。店の前の通りを、ずいぶんと涼しそうな格好をした若い女の子の二人組が楽しそうに話ながら通り過ぎて行く。
「もうすぐ夏ね」
と、南さんも窓の外に視線を向けて言った。そう言った南さんの口元は、楽しかった夏の出来事でも思い出しているのか、ほんのり微笑みの形に持ち上げられていた。
「そうだね」
と、僕は南さんの笑顔に誘われるように微笑んで言った。
「わたし、子供の頃の夏休みの記憶のせいなのか、夏が来ると意味もなくわくわくするんだよね」
と、南さんは窓の外に向けていた視線を僕の顔に戻すと、苦笑するように口元を綻ばせて言った。
「そういう感覚はわかるかも」
僕も南さんの顔を見て微笑して言った。
「夏って暑くて過ごしにくいんだけど、でも、なんか好きだな」
僕は言った。
南さんは僕の科白に頷くと、
「花火。お祭り。スイカ。海水浴。キャンプ」
と、南さんは夏から連想される単語をいくつかあげた。僕は南さんの言葉に耳を傾けながら、その言葉から連想される情景を思い浮かべた。
「あー。早く夏にならないかな」
と、南さんは焦れったそうに言ってから笑った。僕も少し笑った。
「そういえば」
と、僕はアイスコーヒーをまた一口飲んでから南さんの顔を見ると言った。なに?というように南さんは僕の顔を見た。
「この前、南さんのおじさんの家に行ったときに、おじさんが南さんを描いたっていう絵を見させてもらったよ。確かまだ小学生くらいの頃の南さんを描いた絵」
南さんはあまりにも昔のこと過ぎてよく思い出せないのか、心持口を開くようにしてぼんやりと僕の顔を見つめていたけれど、やがてそのときの記憶が蘇ってきたのか、
「うそ。そんな絵まだ残ってたの?」
と、少し恥ずかしそうに顔を赤らめて言った。
「子供の頃、南さん、なかなか可愛かったよ」
と、僕はからかった。
南さんは僕の科白に更に顔を赤らめて首を左右に振った。
「で、その絵を観てて気になったんだけど」
と、僕は言葉を続けた。
なに?というように南さんは僕の顔を見た。
「なんだかその絵のなかの南さん、寂しそうな表情をしてるんだよね。何かあったのかなぁって思った。おじさんに訊いたら、その絵を描いたのが夏休みの終わりだったから、そのせいじゃないかっておじさんは言ってたけど」
南さんは僕の科白に、軽く眉根を寄せて当時の記憶を辿っているようだったけれど、
「ああ、わかった」
と、少し間を置いてから納得したように言った。僕が南さんの顔に視線を向けると、
「友達が転校していくことになっちゃたからなのよ」
と、南さんは言った。
「小学校の友達にすごく仲の良い友達がひとりいて、その子が新学期のはじまる前に転校していっちゃうことになっちゃって・・・だからだと思う」
「なるほど」
と、僕は頷きながら、渡辺聡のことを思い出した。小学校のときに転校していった友達。そして聡の描いた絵を思い出した。聡は転校していくときに僕に自分の描いた絵をプレゼントしてくれた。青色の花の絵。考えてみると、僕が絵をテーマにした小説を書いてみようと思ったのは全てそこからはじまっていたのだ、と、思った。
「あすみちゃんどうしてるかなぁ」
と、南さんは僕が聡のことを思い出していると、頬杖をついてひとり言を言うように言った。
「あすみちゃん?」
と、僕が不思議に思って反芻すると、
「その転校していった友達の名前。佐々木明澄だからあすみちゃん」
と、南さんは説明して言った。
僕はなるほどというように微笑して頷くと、
「その友達とは連絡はとってないの?」
と、なんとなく訊ねてみた。すると、南さんは頬杖をついたまま首肯した。
「転校していってから一年くらいのあいだは文通みたいな感じで連絡を取ってたんだけどね・・・でも、いつの間にか」
南さんは窓の外に視線を向けながら言った。そう言った南さんの瞳のなかにはその友達のことを思い出しているのか、淡い光があった。
「でも、そのうちどこかでばったり再開したりしてね。その友達も案外今東京に居るかもしれないし」
僕は南さんに向かって慰めるでもなく言ってみた。すると、南さんは頬杖をつくのをやめて僕の顔を見ると、
「そうだね」
と、少し寂しそうな感じのする笑顔で頷いた。
僕はまたアイスコーヒーを飲んだ。南さんもアイスミルクティーを少し飲んだ。それから、南さんはりんごのケーキを思い出したようにスープで掬って一口食べた。喫茶店のなかに流れているジャズの音楽が聞こえた。どちらかというと静かな感じのするトランペットの音がメインに聞こえた。
「それで?」
と、南さんは僕が聞こえている音楽になんとなく耳を傾けていると、改まった口調で言った。僕が南さんの顔に視線を戻すと、
「おじさんの絵、どうだった?」
と、南さんは言った。
「おじさんの絵には一体どんな秘密が隠されていたの?」
と、南さんは少し悪戯っぽい口調で言った。
僕はまたアイスコーヒーを一口飲んでから南さんの顔を見つめた。




