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淡々無為日和  作者: 青空 吹


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2/2

青木医院にて

 

「熱っぽいとか、体調悪いとか、ないですか?」


 青木医院の受付で中から声をかけられ、私は、はい、と答えた。


「マイナンバーカード、通してください」


 父を振り返り、


「お父さん、マイナンバーカード、出して」


 私の声に答えるように、父はたすきにかけたカバンから財布を出して探し始めた。


「そこ、ちゃうやん。カードケースに入れてたやろ」


 再び、私の声に答えるように、中途半端に広げた財布の中身を1つ1つ直して再びカバンに入れ、カードケースを取り出した。

 所要時間数分、その間、私は黙って隣で待つ。

 カードケースから、パンパンに入ったカード達を取り出しにかかる父。


「出さなくても、見えてるやん。一番手前にあるの、マイナンバーカードやろ」


 手を止め、手前のポケットにささったカードを抜き取った父は、ナイロンの袋からカードを取り出し、顔認証のカードリーダーにセットするが、向きが逆だった。


「お父さん、向き、ちゃうで」


 取り出して向きをかえてカードリーダーの前に立ったが、キャップ帽をかぶり、マスクをした状態なのでエラーになった。


(なんで、毎度、毎度、同じこと、するんやろ)


 少しうんざりしながら、


「お父さん、帽子とマスク、取って」


 言うと父は、帽子とマスクを取った。

 所要時間数分、再び、隣で待った・・・。

 恒例のやり取りが終わった後、待合で座っていると、患者は殆どが高齢者で、その中で父と同じような格好の男性がチラホラと目につく。

 キャップ帽に、チェックの長シャツに、ポケット多めのベストに、ズボン、という格好。

 どこかに高齢者ブランドとして売ってるの?と思うほど、似た格好をしている。


「田村さーん、どうぞ、入ってください」


 対岸に座っていた高齢の女性が、付き添いの女性の手につかまりながらゆっくりと立ち上がった。

 そして、まるでフォークダンスをするかのように向かい合い、付き添いの女性の手を頼りに、そろそろと摺り足で、診察室へと入っていった。

 田村と呼ばれた、その女性は長袖シャツにトラックパンツという格好をしていた。

 シャツは後ろ側半分だけトラックパンツに入っていて、そのパンツもよれよれといった状態で、体も足も見るからに不自由だったから、排泄介助が必要なことは容易に想像できた。


(大変だなぁ・・・)


 明日は我が身、そんな気持ちで見送った。

 とはいえ、幸か不幸か、父は90歳になろうかというのに、今もかくしゃくと歩けている。

 多分、つい最近まで、介護予防のフィットネスに通っていたからだと思う。


 父は、仕事を辞めてから、日がな一日、どころか、7、8年ほどずっと家にいっぱなしで、人に会うのは私か姉かぐらいで、外出は買い物のみという生活を続けていた。

 持病の糖尿病も一進一退状態で、徐々に物忘れも目立ってきて、

『階段でつまずいた!』

 なんて聞かされたら、高齢者の骨折は致命的だから、何か対策はないかと、ケアマネージャーの南野さんに相談した。

 すると、デイサービスに行くのはどうかと、提案された。

 でも父は、

『そんな、ジジ、ババ、の集まるとこなんか、いきたないわ』

 とのたまった。

 お父さんも十分ジジイじゃん、と思っていると、


「よく、テレビで見るようなデイサービスばかりじゃないですよ。最近のご高齢の方は、お元気ですから」


 と南野さんは、一見スポーツジムのようなデイサービスを紹介してくれた。

 施設内には、トレーニングマシーンが置かれていて、スリングセラピースペースもあり、談話室、休憩室もあって、デイサービスとは思えないようなところだった。

 父もすぐに気に入り、通い始めたのだけれど、1ヶ月ほど前くらいから、体調が悪いだの具合が悪いだのと言って休み休みとなり、つい最近やめてしまった。

 私の勝手な想像だけど、父は高齢になってきて、ついていけなくなってきたんじゃないか、と思う。

 でも、それを認めたくなくて、それであーだこーだと、その場しのぎの言い訳を並べ立てていたんじゃなかろうか、と思っている。

 行きたくないなら行きたくない、とハッキリ言ってくれれば、すぐに断るし、それで済んだことなのに。

 父は昔の人、なかなか本当の事を言ってくれない。

 いわゆる、察して欲しい、というか、察するべき、とでも考えているのかもしれない。

 だけど、んなもの、出来るわけがない。

 デイサービスもタダではないのだ、当日休むとキャンセル料が加算されるし、そこにお金が発生しているっていうのに。

 仕事中にデイサービスから父の報告が携帯に入るし、ケアマネージャーの南野さんからは、

『体調が悪いとデイサービスから連絡があったので、見に行ってきました』

 とか

『あまり頻繁なら、精密検査受けるか、されますか?』

 とか言われる。

 当の本人に電話したら、

『もう、大丈夫、大丈夫。これからな、買い物行こうと思って、用意してるんや』

 と言ってきて、

『体調悪くて、デイ、休んだんとちゃうの?』

 と私が言うと、

『そうや。家におるわ』

 と答える始末。

 もう、こっちもイヤになってきて、

『しばらく、お休みしようか?』

 と父に言うと、

『そうして』

 と即答された。


「吉田さん、吉田 博さん、中へどうぞ、入ってください」


 名前を呼ばれ、父の後に続く。

 室内に入ると、患者用の椅子の横にパイプ椅子が置かれている。

 前の病院から転院して、この医院に通うようになってから数回とはいえ、毎回私が同行しているから、周知されているんだな、と思った。


「どうですか? お加減は」


 父よりも若いが、十分高齢な白髪混じりの白衣を着た小柄な先生が、父に声をかけた。


「お陰様で、元気です」

「食事はどうですか? 三度、三度、きちんと食べれてますか?」

「はい、食べてます」

「糖尿の数値は、んー、ちょっとあがってますねー。薬はきちんと飲んでますか?」

「はい、飲んでます」


 ウソつくなー、と言いたいのを我慢した。

 どうして、毎回、そんなに即答なん?と私は思う。

 ダンナのナオくん曰く、

『条件反射みたいな定型文なんとちゃう?』

 と言ってたけど、まさにそれ、だった。

 先生が、


「どうですか?」


 と父に一通り聞いてから、私に聞いてきた。


「食事は、自炊してますけど、1人なので、どうしても好きな物しか食べないみたいです」

「あ、自分で作られてる。買い物は、どうされているんですか?」

「自分で車に乗って、買いに行ってます」

「おぉ、買い物も1人で。車にも、乗っておられる」


 パソコンを打ちながら、先生は驚いた。

 それは、そうだろうと思う。

 父は90になろうかという、かなりの高齢者。

 それに、軽度とはいえ認知症なのだ。


「今年、免許の切り替えなんで、これを気に返納しようと思っているところです」

「そうですね。それがいいと思いますよ」


「やっぱり、返納するべきですかね」


 急に父が口を開いた。

 これまでも私は、何度となく免許返納について父に話をしたけれど、まったく聞く耳持たずだった。

『足がなくなったら、買い物はどうすんねん』

『水を汲みにいかれへんなったら、どないすんねん』

『大阪に、行かれへんなるやろ』

 私が何を言っても、自分の不平不満ばかりで、一つ一つ改善する方法を考えよう、と言っても聞いてもらえなかった。

 だから、ここでも先生に嚙みつくのかとドキッとした。


「そのほうがいいと思いますよ。普通に、運転している時は大丈夫でも、急に人が出てきたり、車と行き違ったり、咄嗟に判断することが難しくなってきますから。私もね、去年、返納しました」

「そうですかー」


 先生の言葉に返す言葉がなかったのか、少しは自分も思うところがあったのか、それは分からないけど、それ以降、父が食い下がって何か言うことはなかった。

 その後、糖尿の数値が芳しくないということで、インシュリン注射の話になった。

 以前、父は、

『注射なんて、イヤやっ』

 と断固拒否していたのに、何も言わずに座っていた。


「週一でも、打ってもらえれば、分けて飲んでた薬も1日1回にできるから、飲み忘れもなくなるだろうと思います。自分で無理なら、訪問看護を利用することもできますけど、どうしますか?」


 自分で打つなんて、父が自分でするとは思えない。

 また、その場しのぎの言い訳を言うか、呆けたフリでもしそうだ。

 呆けたフリは、お父さんの真意は分からないけど、

『お父さん、ワザとしてるんちゃうやろか』

 と言うナオくんの言葉からだけど、私もあながち間違っていないように感じる時がある。


「お願いできますか?」

「じゃぁ、指示書、出します。ケアプランセンターにも、連絡入れときます」

「はい、お願いします」


 ありがとうございます、と頭を下げて診察室を出た。

 暫く、待合で座っていると、


「吉田さん、今日のお薬なんだけど、訪看さん頼むなら、その間の分だけにしましょうか」

「はい」

「どうします? いつ決まりそうですか?」


 さっきの今で分かるはずもない。


「これから、ケアマネさんと相談しますけど、とりあえず、1週間でお願いします」

「わかりました」


 対応が早い。

 転院した理由の一つが、これだ。

 以前、父が30年来通っていた総合病院は、大きな病院あるあるで、往々にして時間がかかっていた。

 朝一番に受付して帰るのは、毎回、昼を優に回る状態だった。

 あんまり時間がかかり過ぎて、父が気分を悪くしたこともあり、懇意にしていた担当医が変わったことも引き金となって、転院することにした。

 でも、新しい先生は少し気難しい感じの方で、ケアマネージャーの南野さんとも少々折り合いが悪く、ケアマネージャー経由だけでは紹介状を書いてもらえなかった。

 先生が直接、父の家族である私に会って決める、と言われたので、いろいろ考えた結果、

『免許を返納して通院に車を使えなくなったので、近くの青木医院へ転院したいです。それと、青木医院は、認知症も診てもらえると聞きましたので、出来ましたら、お願いします』

 と私は訴えた。

 話の内容は事実だし、ウソではないけれど、なかなか紹介状を書いてもらえない、とのことだったので、もっと大仰なことを言うべきか、と思った。

 でも、父があの歳で、自分で運転して通院していたとは、先生は思っていなかったようで、物凄く驚かれ、すぐに紹介状を書いてもらえた。


(帰ってから、南野さんに電話してみよう)


 と思っていたら、携帯に南野さんからメッセージが入った。

 早速、動いてもらえたんだ、と思って青木医院を出れば、


「なんか、食べにいこかー」


 と父が呑気に、私に言った。


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