ある夏の日
ピンポーン!
呼び鈴を押して、門扉の柵の間に指を突っ込み、貫抜をスライドさせる。
「コレ、手が汚れるから、マジ、イヤ」
古くなった門扉は所々錆びついているが、上から黒くペンキを塗られているため、見た目的には古さは感じられない。
貫抜の動きも、父がベタベタにオイルを散布しているのでスムーズではある。
が、毎回、手が汚れる。
ドタドタと足音が家の中から聞こえて、玄関のドアが開き、父が姿を見せた。
門扉を開けた後、再び閉めて私が玄関に入るまで、父はドアのストッパーのごとく立っている。
正直、私の荷物を持つとか、その立ち位置を横にズラすとか、して欲しいと思うけれど、もう何十年と変わらない。
(そこに立たれると、ホント、玄関に入りにくいんだよねー)
毎回、同じ感想を思い浮かべながら玄関に入り、荷物を置いた。
「病院、行こう。お父さん」
「今日は、病院の日やったか?」
スリッパを脱いで玄関に上がりながら答える父に、昨日、電話したじゃん、と思う。
「そうやで。昨日、電話したやろ。青木さんに、行こう」
「洗濯物、干してるんや」
そう言うと、父は2階へ上がっていった。
台所に行くと、朝ごはんだか昼ごはんだか分からないが、野菜と肉がキッチンに置かれていた。
(この肉、大丈夫なんかな?)
そう思いながら、トレーの中の豚肉に再びラップをかけて冷蔵庫に仕舞った。
以前の私なら、コレ傷んでるんちゃう?、と声をかけるところだけれど、今はもうしない。
明かにダメなら捨てるけど、今のはギリいけそうに見えた。
机の上に持ってきたペットボトルの500mlのお茶を、残り1本になっている前に持ってきたペットボトルの横に並べた。
父は、どうしてかお茶を冷蔵庫に入れない。
ヘルパーの多田さん曰く、昔の人は何でも常温のまま置かれてます、と言っていたが、父も今年で90歳、例に漏れず昔の人だ。
毎日、酷暑といわれる暑い日なのに、私的には冷蔵庫に入れて欲しいけど、言っても実行してもらえない。
2リットルだと腐ってしまうし、350mlだと少ないしゴミが増えるので、毎回500mlのお茶を何本も買って置いている。
最近は、経口補水液のペットボトルも置いてみたが、もう何週間も経つけれどそのまま置かれている。
「暑いなぁ」
父が2階から降りてきて、椅子に座った。
8畳間ほどの部屋には扇風機が2台グルグルと首を振っている。
「コレも飲んだら?味もついてるし」
「飲んでる、飲んでる」
「飲んでないやん。口、開いてないもん」
「飲んでるでー」
扇風機にあたりながら答える父に、これ以上言っても無駄、と思いやめた。
「病院、行こう。遅なるわ」
「そうやったな。行く用意するわ」
着替える父をよそに、戸締りをして外に出た。
玄関ポーチには、ぐるりと囲むように植えられたカイヅカイブキを背に沢山の鉢が置かれている。
私には、どれが何だかさっぱり分からないけれど、青々と元気よく伸びているものもあれば、枯れ枯れのものもある。
門扉の横には松が茂り、反対側にはラベンダーが背丈ほどに伸びていて、よく分からない木も生えている。
ブロック塀の向こうには電線にかかるかと思うほどに大きくなった木蓮や、みかんの木とどんぐりの木もでかでかと生えている。
うんざりしながら、正直どうすんの?、と思うけど、
『切るの、手伝おうか?』
と父に言ってみても、
『ぼちぼち切るからええよ』
と返されてしまう。
前は、いろいろと気にして提案していたけど、
『お父さんが死んでからやって』
と最後通告を言われてしまったので、もう今は何も言わない。
でも、流石に木蓮の木はヤバいなぁ、と思って木を見上げた。
前に大きくなり過ぎて電線にかかっていたらしく、関電から切るように言われたらしい。
(また、言った方がいいやろなぁ。でも、また言い返されるやろうし)
溜息を吐きつつ、車に乗り込み父を待った。
「やー、暑いな」
タオルで汗を拭きながら父が助手席に乗った。
「玄関、鍵した?」
「した、した」
父の返事を合図にアクセルを踏んで、青木医院へ向かった。




