パンの価値
>@Super_monkey
おうおう。ええとこ住んどるようじゃのう。
アレックスさんと話し合った三日後。
俺は彼と共に普段ならまず縁のない高級住宅街を歩いていた。
家庭教師の人はここにお住まいらしい。
(……緊張して来たな)
アレックスさんに聞いてちゃんと手土産も購入した。
服もなるべくマシなのを古着屋で見繕ったし出来ることはやったんだけどな。
>@Super_monkey
そう硬くなるなや真。先生とやらはアレックスと仲がええなら大丈夫じゃて。
どういうことだろうか?
アレックスさんの紹介でも先生からすれば俺はどこの馬の骨とも知れぬ子供だ。
こんな良いとこに住んでるのも相まって不安になるのは当然だろう。
>@Super_monkey
職人っちゅーんは気難しいもんと相場が決まっとるでよ。
中には美意識に反するなら権力者だろうが平然と噛みつくもんもおる。
アレックスもそれなりに折り合いはつけられるじゃろうが頑固もんの職人と見てええ。
そんな輩が好感を抱いとるっちゅーことは立場で態度を変えるような輩ではなかろうよ。
僅かな情報からそこまで……。
人生経験の差もあるんだろうがつくづく洞察力が半端ない人だ。
そうこうしている内に屋敷に到着。アレックスさんが呼び鈴を鳴らすと直ぐに中へ通された。
「よく来たね親方。そちらが例の彼かね?」
「ああそうさ。あんちゃん」
片眼鏡の向こうに覆われた右目に大きな傷を持つガタイの良い老紳士が俺を見つめる。
アレックスさんに促され前に出ると俺は自らの名を名乗った。
「真と申します」
つまらないものですがと定型文と共に手土産を渡す。
中身は安酒だがこの老紳士はこういうチープなものがかなり好きだとのこと。
「黒髪黒目に名前の響き……東方の人間かな? あいや詮索はすまい。真、良い名だ」
「ありがとうございます」
母がつけてくれた名前を褒められると嬉しくなってしまう。
「私はエドガー・アルディスだ。土産はありがたく受け取らせてもらうよ。ところで一つ良いだろうか?」
「何でしょう?」
「将来を見据えて学びを得たいと親方から聞いたのだが間違いはないかね?」
「はい」
ここに嘘偽りはない。
するとアルディスさんは咎めるような語り口でこう続けた。
「ではこれは如何なものか? 君は冒険者で言っては何だがその日暮らしの人間だろう。
ご機嫌取りのために貴重な金銭を費やすのはあまりにも軽率ではないかね」
その言葉にチャット欄のモンキーさんが反応した。
>@Super_monkey
試されとるでよ。なあ、真?
それは俺にも分かった。
なので口を挟もうとしたアレックスさんを手で制し一歩前に出る。
……ちなみに助言とかは?
>@Super_monkey
せん。おみゃあの言葉で答えてやれ。小手先は無用ぞ。
だと思った。
小さく深呼吸をして考えを巡らせる。
この手土産は世話になる以上はという社交辞令のようなもの。
でも本当にそれだけ? 俺自身が意識していないことがあるのではないか。
そう思った時、ストンと胸に落ちる答えを見つけた。
「ええまあ、世話になる先生へのご機嫌取りがないとは言いません」
「ふむ。理由は他にもあると?」
「はい。多分、自分を見失わないためのケジメみたいなものなんです」
これだ。この答えが一番しっくり来た。
要領を得ないという風な老紳士に俺なりの言葉で語る。
「俺は無学な輩です。歴史も政治も何一つ知らない」
でも多くを知らぬがゆえに分かることも確かにあるのだ。
「ほう。ご教授願いたいものだね」
「知識は宝であるということです」
俺がその生き証人だ。
当たり前のように学校で勉強できるということがどれだけありがたいか。
異世界に来てそれを痛いぐらいに思い知らされた。
「その宝を少しとはいえ分けてもらえるのだから礼儀を尽くすのは当然というわけかな?」
「ええ」
「しかし私は君に読み書きを教えるだけだが?」
「富める者のパンと貧しき者のパンは同じ価値にはならないでしょう」
俺にとって文字を読める、書けるというのは黄金に等しいことだ。
「だから痛いけれど身銭を切った。そうしなければ俺は知識の価値を見失ってしまうから」
俺はあの夜、差し出された金よりも知識を選んだ。
しばらく腹を満たすことより、知識の方が価値があると思ったから。
……結果的にお金も貰ったがそこはご愛嬌ということで。
ともかくだ。ここで礼儀を尽くさないことにはあの夜の選択にケチをつけてしまう。
「……なるほど理解したよ」
アルディスさんは一つ頷き柔らかな笑みを浮かべた。
「まずは非礼を詫びよう。すまないね、失礼な物言いをしてしまって」
親方から話を聞いて少しばかり試してみたくなったのだとウィンクする。
中々にお茶目なご老人のようだ。
「文字を書くことも出来なければ読むことも出来ない。君が多くを知らぬというのはその通りなのだろう」
だが、と彼は嬉しそうに笑みを深めた。
「正しい教養を身に着けるために必要な知性と感性は備わっているようだ。
いや親方から話を聞いてそうなのだろうなとは思っていたのだがどうしても確かめたくてね」
そこでだんまりを決め込んでいたアレックスさんが呆れたように溜息を吐く。
「だからってあんな言い方はねえだろうよ先生」
「親方もすまないね。君の恩人だというに」
さて、と仕切り直すように咳払いをしてアルディスさんは手を差し出した。
「これからよろしく頼むよ」
「はい! よろしくお願いします先生!!」
その手はとても大きく温かいものだった。




