第41話
エレボスの声が静かに響く。
焦燥ではない。怒りでもない。ただ、そこにあるのは『確信』だった。
この襲撃は偶発的な暴走ではない。制御された、意図的な投入。異形がここまで整然と行動するには、必ず背後に『術者』がいる。そしてその者は、あえてこの王都を選び、あえてこの時間を選び、彼──エレボスを試すように異形を送り込んだ。
「……次は、お前か」
仮面の奥で、目が細められる。
踏みしめた地面に、魔力の余韻が残る。刃のような突起を持つ肉塊の兵──あれは量産型ではない。作るにも、維持するにも、それ相応の代償が要る。つまり送り手はそれを『払える』存在だ。金か、権力か、あるいは信仰──。
否、今回は違う。
あの異形には『呪』の気配が濃かった。しかも、東錬区で見たものともまた別種。構造が違う。術式がより精密で、何層にも織り込まれている。まるで、誰かが継ぎ足していったかのように。
エレボスは、上を見上げる。
夜空の下、瓦礫と煤に満ちた空間。その向こうに聳えるのは、王都の『中心』──議政堂。
もしもあの場所に、誰かが潜んでいるのだとすれば。
「……ならば、確かめるしかない」
彼の足が、静かに踏み出される。
闇を歩む者に、迷いはない。あの刃のような肉塊は序章に過ぎない。これから来るのは、さらに洗練された殺意。複数の異形、あるいは──
「『人間』の手による殺戮兵器か」
仮面の奥で、彼は静かに息を吐く。
人が、人を殺すために異形を創る。
それが今、王都の『裏側』で進行している現実ならば──
『彼』が、それを止めなければならない。
そしてまた、地下へ。
燻る魔力の残滓を頼りに、彼は街の表層をすり抜け、地中へと潜る。螺旋状に降りていく階段、熱を帯びた空気、壁に残る血と爪痕。そして、遠くで聞こえる、嬌声とも嗤い声ともつかぬもの──。
「……やはり、いたか」
影の中から現れたのは、一人の男。
顔には濃い化粧。目の下を赤で縁取り、唇には青紫の塗料。滑稽で、無様で、しかしその目だけが異様な鋭さを放っていた。
「ようやく来たねぇ、仮面の騎士さん。待ってたよ、ずっとさァ」
その声には聞き覚えがある。
仮面の奥で、エレボスの眉が微かに動く。
「……アーテーの信徒か」
「違うよ違うよ、僕はただの『案内人』さ」
男が手を広げる。その背後、さらに三体の異形が、肉を引きずりながら姿を現す。
「さァ、どうする? また斃す? 壊す? それとも──君も『壊れる側』に来るかい?」
エレボスは何も言わない。
ただ、拳を握る。
了解しました。それでは、これまでの流れを踏まえつつ、「この章の終わり」にふさわしい余韻と締めくくりを加えた文章として、書き直します。
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宿る魔力が灯火のように指先を走り、やがて腕全体へと拡がる。
血と肉に染みついたそれは、もはや術でも技でもない。ただ、ここに在るべき意志。闇を前にしても揺るがぬ、彼自身の『存在』そのものだ。
仮面の奥、視線が静かにその核を見据える。異形の身体が崩れ、最後の痙攣を残して沈黙した。
残されたのは、黒く染まった痕跡。壁に、地に、空気にすらも、呪いの残滓が滲んでいる。
「誰が──こんなものを送り込んだ」
呟きは闇に溶け、答えは返らない。けれど、彼には分かっていた。
これが『始まり』に過ぎないことを。あの術者たちはまだ王都のどこかに潜み、同じ禍を繰り返すだろうということを。
不意に、外の空気が流れ込んできた。
瓦礫の隙間から覗いた夜空には、月が欠けかけの光を滲ませている。
その光を見上げながら、彼はそっと背を向けた。
この王都は、まだ終わっていない。
だからこそ、闇の中に留まる者がいる。
彼の歩みはゆっくりと地を踏みしめ、奥へ、奥へと向かっていく。
その背に纏う闇は、もはや恐怖ではなかった。
それはただ、罪を受け入れ、抗い続ける者にのみ与えられる静けさ。
──エレボス。
彼の名を知る者はいない。
だが、誰かがまた救われ、誰かがまた涙を流す限り。
この仮面は、外すことはない。
そして、静かに夜が更ける。
闇はまだ息をしている。
だが今、確かにその中心には、小さな光が宿っていた。
それが、彼の灯す唯一の答え。
終わりなき夜の中に在りながら、決して折れぬ意思。
──エレボスの戦いは、ここにひとまずの終幕を迎える。
だがそれは、次の『始まり』の音でもあった。
面白いんか、これ?
反応が無さ過ぎて、分からんのよ……。




