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好きで汚れているんじゃないよ! たまたま汚れと相性がいいだけなんだってば!

「さて、と」


自転車のかごに鞄を入れて、スタンドを蹴る。

サドルにまたがり出発の準備ができたところで、華子のほうを振り向いて言った。


「ほら、行くよ。ん?」


見ると華子は自転車の側面にしゃがみこんで、ペダルのあたりをじっと見つめている。


「ちょっと、何してんだよ?」


急かすが微動だにしない。


腕時計を見ると七時四十五分。

まだ時間に余裕はあるが、あたしは自他共に認めるせっかちさんなだけに、こういうもたもたした展開がとても気に入らない。

まぁ、華子はいつもマイペースなので、あたしはその都度イライラしちゃうんだけどさ。


「おいってば!」


さらにせっつくと、華子はそのまま姿勢を変えずに言った。


「あのさ、チェーン、外れているんだよね」


なんという間の悪さ。

出かけるタイミングに外れているか普通?

てか、そもそもなんでチェーンなんて外れているんだよ!

が、そう思ってみたところで事態は変わらない。


仕方がないので自転車から降りて華子のそばにしゃがみこみ、一緒になってチェーンを確認してみた。

確かに外れている。

そして、華子の顔を覗き込む。

相変わらずチェーンを見つめたまま、ピクリともしない。


『コイツ……またかよ』


いつものことではあるのだが、華子は何らかのトラブルに見舞われると、決まってこういう態度になるのだ。


子供の時からそうだった。

目の前に水たまりがあれば立ち止り、大型犬が向かってくると人の後ろへ隠れ、生ものや食べなれない食物を与えられた時も誰かが食べた後でなければ決して口にしない……。

しかも、それらの行動が誰かに石橋を叩かせたいのが見え見えなだけに余計腹が立つのだ。


そして、その石橋を叩く役目は決まってあたし。


わかってはいる。

性急なタチなだけに、目の前に水たまりがあれば飛び越そうとジャンプするも失敗してドボン、大型犬がいるのも構わずに邁進すると吠えられてびっくりして尻もちをつく、そして出された食べ物には真っ先に食いついて食あたり……という展開がいつものお約束なのだけれど、目の前にあるものやことに対してゆったり構えてなどいられるあたしではないのだ。


そして、今回もそう。

あたしが口火を切らなければ、何もしないのだこの女は。


「わかっているなら、さっさと直せよ! もたもたしたってしようがないだろ? 直さなければ行けないんだからさ」


すると華子は言った。

ゆっくりと視線を私に合わせてから再度チェーンのほうを一瞥くれた後に横柄な態度で、


「あんた、直しなよ」


ときたもんだ。


「はぁ?」


なにいってんだ、コイツ……怒りを通り越して呆れてしまった。

なんで、あたしが直さなければならないわけ?

わざとため息をつきつつ、やれやれ口調で言い返した。


「あのさぁ、なんであたしがあんたの自転車のチェーン直さなければいけないのよ?」


すると表情一つ変えずに一言。


「なんでって、手が汚れるでしょ。臭いもつくし。そんなの朝らかいやじゃん。不幸だよ」


こ、こいつ!


「おいおい、それならあたしの手は汚れても臭ってもいいんかい! どういう性格してんだよ、テメーは!」


あたしの怒声などまるで気にもとめず、それどころかさっきよりも覚めた表情で華子は続けやがった。


「だって、あんたいつも手汚れているじゃない? いまさらそんなこと気にするまでもないと思うけど?」


『うっ……よく見てんなぁ』


そうなのである。

あたしの手はいつも汚れているのだ。

常に外で遊んだり運動なんかをしていると、なぜだか手のひらや指先、爪の間に汚れがたまっていたりするのだ。


野球のグローブとかって、洗わないから汚いんだよね。

山や川に行ったり、魚を釣ったり、木に登ったり、虫やら蛇やらを捕ったり……これなら、手なんて汚れて当たり前か。

それに、そもそも手なんて洗わないしな、あたし。


「あとついでだから言っておくけど、お風呂で湯船に入る前はちゃんと体洗ってる? あんたの後、お湯がすごく汚くなっているからさ」


おまえ~!

そこまで言うか!

あたしだって好きで汚れているんじゃないんだよ!

あたしが好きなことが、なぜか汚れと相性がいいだけなんだから!

そんなプリプリしているあたしに構わず華子は提案した。


「仕方がないから、二人乗りで行こうか?」


ふむ、ま、この場合はそうするしかないか。

それに、そこで「お前は乗せない! あっかんべー」と言うほど、あたしも心は狭くない。

今朝の聖書の件もあるしね。


すると華子は立ち上がり、あたしの自転車の方へと向かった。

鞄をかごに入れた。

そこはまぁ、いい。

けど、ちょっと待て!


なんでお前がちゃっかり後ろの席に座ってんだよ!

それも当たり前のような顔をして!


「こらこらこら! お前どこに座っているんだ! 前だろうが前!」


怒り口調で華子に詰め寄るが、相変わらずそっけない顔つきで、こともなげに言う。


「なんで?」


「なんでもクソもあるかい! お前は乗せてもらう立場だろうが!」


「運動よ運動。あんた、いっつも体動かしてるじゃないの。これもその一環と思えば? よかったじゃない。私が乗ることで運動の負荷も増すんだから効果もてきめんよ、きっと」


こいつ、自分にとって都合のいいことばかり次から次へと。


「あのな! 運動って言っても、いろいろ種類があるんだよ!」


思わずこんな適当発言が口から飛び出してしまったが、華子はなぜか真面目な顔をして聞き返してきた。


「運動の種類って?」


おっ!

なんか知らんけど、食いついてきた。

調子に乗って思いついたままのデタラメを続けた。


「そうだよ。お前だって、いろんな勉強しているだろうけど、全部種類や内容は異なるだろ? それといっしょで運動にもそれぞれに違いがあるんよ。自転車を運転するような運動は、朝のジョギングでもう済ましたらさ」


「ふ~ん。なるほどね。そう言われると確かに運動にも種類はあるわよね」


スポーツやアウトドアには全く興味がない、というよりは嫌いな華子にとってその部分は未知の領域だ。

デタラメでうまいこと言いくるめられるかもしれない。


「そうそう、短距離と長距離でもそうだろ? 同じ走るにしても、あれはトレーニングの仕方が違うわけだし」


華子は黙って聞き続けている。

これは華子が興味を持った何よりの証拠。


「オーバーワークは体に悪いんだよ? だから、今日のあたしのジョギング的な運動はもう終わっているの」


「そうなの……でも、今日の体育の授業ってマラソンじゃなかった?」


ドキッ!

やべ~調子に乗って余計なこと喋っちまった!

あわてて言い訳をするあたし。


「それは、ほら、インターバルだよ。その時間になっていれば、体も休まっているからオーバーワークにはならないんだ」


聞き入りながらも、一転じっと疑り深い視線を私に投げかける華子。

ここで気がつかれてはヤバい。

あたしってすぐ顔に出るタイプだからな~。

バレないでくれ!


「そうね、あんたの言うことも一理あるわね。以前なんかの本で読んだことあるかも。トレーニングした後は、きっちりとインターバルを取らないと、かえって筋肉が休まることがないから効果があるどころか、身体に悪いって」


ほっ……なんとかごまかせた。

華子は後部座席から降りて、前の席へと向かった。

こいつは性根が悪いやつだけれど、妙なところで物分かりがよかったりする。

よくわからないけど、納得することができれば言い訳せずに応じるところがあったりするんだけど、そんな素直なところがかわいかったりするんだな。


けど、インターバルが必要なのってマジ?

知らなんだ~。

まぁ華子がデタラメ言うわけがないから間違いはないだろうな。

と、その時、つと歩みを止めて、何かを思い出したような顔つきになって華子はポツリと漏らした。


「でも、確かトレーニング後に必要なインターバルは四十八時間以上って言っていたような。それにそもそもインターバルが必要なのってハードな筋力トレーニングじゃなかったかな……」


一人ごちる華子に怪しい雲行きを感じたあたしは、華子の肩を叩きながら急かしてごまかしに入った。


「さぁ、早くいかないと遅刻しちゃうよ! 急げ急げ」

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