よく精子が出るんだよなドクドクとよぉ。ひひ。ありゃ戦争前では考えられないぐらいの量だぜ。危険な状況がもたらす男の生理現象なのかもな。
行軍がひと段落したので小休止している。
話す者、休む者、食べる者、犯す者。
一人の男がチャックを閉めながら僕の方に近づいてきた。
「やっぱ抵抗されないとな。闘争本能がわかないってもんだ、って痛で!」
あわてたしぐさでチャックを開いている。
「てて、皮はさんじまったよ。ったく。まぁアレも戦争と同じだよな」
隣に腰をおろし、いましがたの性行為についての感想を述べ始めた。
「最初は嫌がっていても、ある程度やっちまうと慣れるんだよな。そうなるともう駄目さ。抗わないどころか感じやがって興ざめってもんよ。戦うからにはやっぱり手ごたえがないとな。降服している相手に戦いも挑めんからよぉ。ところであんたはいいのかい?」
水を向けられたので、仕方がなく返事を返す。
「いや、僕は結構」
「けっ、そう言うと思ったぜ」
度胸のないやつ、とでも思ったのだろう。
確かにそれも一理あるけど、それだけではないのだ。
とはいえ言ったところで分かってもらるとも思えないので黙っておく。
しかし、これがいけないのかもしれない。
威張る、さげすむ、怒鳴る。
それらコミュニケーションで優位に立つための努力をないがしろにした結果が、いまの舐められるような立ち位置を築いたとも言えるのだろう。
「へへ、まあいいぜ。ところでよ、聞いてくれや。いま気がついたんだけどよ、よく精子が出るんだよな、ドクドクとよぉ。ひひ。ありゃ戦争前では考えられないぐらいの量だぜ。危険な状況がもたらす男の生理現象なのかもな。死ぬ前に子孫を残せって言うよ。女の濡れ具合もなんかすごい気がするしな」
精子の量が多くなる。
これはちょっと初耳で面白い話だな、と思った。
もしかしたらそういうこともあるのかもしれない。
「極限化において子孫を残そうとする体の働き。だから俺たちが犯している行為もあながち間違っちゃいないのかもな」
そうか……考えさせられた。
「ところでよぉ、いつまであんなガキ連れて行くんだ?」
不愉快そうな視線の先には十歳前後の男の子の姿がある。
ぼろきれ同然の汚い衣服を身にまとい、膝を抱えるような姿勢で地面の土を興味無さそうに掘り起こしている。
この子は前の前の村を襲撃したときに拾った子供だ。
襲った村にいる人間は連れていくか口封じのために殺すかのいずれかの道をたどり、足手まといにしかならない子供もまとめて処分するのが通例となっている。
しかし、この子だけは自分の食料をわけるという約束の下、僕が連れて歩いているのだ。
みんなには国にいるわが子に似ていると言い聞かせてその子を養っているけれど、それは真っ赤なウソ。
国に妻子を残してはいるが、まったく似ても似つかない。
子供を連れて歩いていることにさしたる理由はない。
気まぐれに子供一人を助けたぐらいで、これまでに行ってきた非道の贖罪になるなんて図々しいことも考えてはい。
それどころか、この子には危うく殺されかけたのだ。
その村を襲うとき僕はもう一人の仲間と一緒に行動しており、ある民家に忍び込んだ時に物陰から発砲されたのだ。
弾は仲間の頭に命中して即死、そして次に狙われたのが僕だったのだが粗悪な拳銃だったために次の弾を発砲することができず、その隙を逃さずに撃ち殺そうと銃を構えた、のだが間もなくして銃をおろした。
なぜそのような行動をとったのか?
自分も危うく殺されそうになったというのに。
今もってわからないのだが、それが少年の持つ定めなのかもしれないと考えている。
戦場のような常に生死の二択を突きつけられる極限状態に身を置いていると、生きているのか生かされているのかわからなくなる時がたびたびある。
目の前で敵も味方もなく死んでいく中、なぜ自分だけが生き残っているのか?
そんな奇跡がもたらす全能感、かと思えば単なる偶然や神など世界を統べる存在の気まぐれによって生かされているだけではないのかという無力感。
あの時、本来であれば少年は死ななければいけなかった。
たぶん僕と同じ立場にあった人間であれば、そのほとんどにおいては殺していたことと思うのだが、僕はあえて生かすことを選んだ。
少年も生きたいからこそ僕に銃を向けたのだろうから。
そして、また僕にとってはそんな全般的に考えてもあり得ないことをすることで、僕たちをもてあそんでいる運命や未来という不思議で不可解なものに対抗できるのではないか?と、ちょびっと思ったりもしている。
ちっぽけなカウンターではあるけれど、小さなヒビくらいは入れられるのではないかと。
とはいえ、そういう僕のくだらない自称運命・未来への反逆行為ですら、すでに決定済みのことなのかもしれないけれど。
なにはともあれ少年は命を落とすことなく、僕たちと一緒に行動しているのだが、しかしそれが少年にとって良かったのかどうかは疑問に思うことがしばしばある。
言うまでもなく、僕たちと行動を共にするということはさまざまなやるせない行為を目の当たりにしなければならないのだから。
同胞というには理解できない年齢かもしれないけれど、同じ土地の人間が蹂躙され虐殺されていく瞬間はその小さい瞳には耐えがたき事実なのは間違いがないはず。
そんな見るに堪えない数々の出来事に直面させているほうが、死ぬよりもよっぽどつらいことなのではないのか?
僕の意味不明なエゴのために一番の犠牲、被害を受けているのは少年なのかもしれない。
そしてこの戦争は近い将来に終わりを迎える。
これまでの行軍での情報収集の結果、早々に間違いのない事実となりそうだ。
そうなると、少年を含む多くの人間が戦時中以上に困難を極めることも想像に難くなく、戦場を軽く超越する混乱、非道、暴虐が巻き起こるだろう。
敵味方としてきっちり色分けされていたからこそ同胞としての連帯感を育まれていたのだろうけど、終戦とともにそんな絆はもろくも崩れる。
住む場所もなく、着る服もなく、食べるものもない。
そうなれば奪うしか道は残されていないのだから。
取りやすいところから奪われるわけだが、その一番の懐となるのはもっとも身近な隣近所。
それもその手が弱いものへと伸びるのも歴然で、女、老人、子供はまっさきにその餌食となるだろう。
あるか分からない遠方よりも確実に存在する近場から調達しようと思うのは誰もが同じはずだ。
味方すら敵となる地獄絵図。
ある意味戦時中よりも戦後のほうがより戦いの本質に近いのかもしれない。
国家だの忠誠などのの装飾がまるでない、争いの一番の根源である生きることを目指すための争奪戦。
略奪は物品だけではなく命にまで及ぶだろう。
そんな近い未来に約束された混沌の中、少年の細くて弱々しい手足でそんな生き地獄を切り抜けられるだろうか?
また少年の幼い頭では想像すらできないであろう救い亡き世界へ放り込まれることが、はたして本人のためになるのだろうか?
そして、そうなったとき、少年は僕に取った行動のように牙をむいて抵抗できるだろうか?
こればかりはわからない。
今も地獄だけれど、その上を行く地獄など誰が想像できるのだろう?
また誰が想像したいのだろう?
しかし、そんなことはもう考えるだけ無駄なのだ。
こんな場所においては。
そのすべてが。
それだけに、かなり矛盾と混乱を抱えた考えになるけれど、今からでも殺してしまう方がこの子のためではないかと本気で思うこともある。
そんなとんでもないことですら平気で考えてしまうほど、僕の感覚はマヒしてしまっているのかもしれない。
間もなくの終戦、それによる混乱。
ここでもまた僕は一人ぼっちなのだ。
そんな戦の場に身を置く者にとって禁句である「負け」という情報など、皆に伝えられるわけがない。
言ったところで混乱を招くか反逆者としてつるし上げられるかのどちらかだろう。
そんな重責もひとり背負わなければならい辛さ。
またも言葉によって縛られる、苦しめられる。
言葉、言葉、言葉……言葉とは一体何なのか?
かつては言葉によって幸せを伝えられると思っていたのだが、そんなことはこれっぽっちない。
知っているよりも知らない方が幸せなことが多いのではなかろうか?




