対象となるものは反対意見が際立つほどに研ぎ澄まされて鋭利になり、深く刺さり込んでくる。その痛みと異物感は誰もが無視できないもの。意義がどうあれもうすでに放っておくことはできない。
「ああ、ごめんごめん。話がそれちゃったね。で、さっきの話だけれど、そういうことって本人が決めたことではないのがほとんどだろうからさ」
そうだ。
違う話をしていたんだっけ。
またしても未來のせいで脱線……いつでも自分のペースに巻き込んでくる。
やっぱり、肯定したくないよ。
「あっ、はい。でも、それではそんな絵を描いた別の誰かが後ろで糸を引いているんでしょうか?」
「場合によってはそれもあるだろうね。少なくともそういう大きな変革を口にする人なんて、ほとんどが傀儡だろうな。だから本音で言うと彼らを責めても仕方がないし、彼らだってそれがわかっているからある程度冷静にしていられるんだろうね」
「もし発言者自身が考えて実行していることなのだとしたら、そのことに対しての後ろめたさや責任感を感じてしまって、のうのうとあんなことを言えないと思うんだな、僕は」
「言わされているだけ、演じているだけってことですか?」
「うん。このレベルでのムーブメントともなると個人の意思でコントロールするのなんて無理な話だから。僕はこれまで無駄に長く生きてきたんで、たびたびそういう大きな波を体験しているせいか、なんとなくわかるんだな」
「それではいったい何がそんな状況を後押ししているんですか?」
「世間だったり、時代だったり……まぁ、国民全体の意思のようなものなのなんじゃないかな?」
「でも、消費税の導入なんて多くの人が反対していると思うのですが?」
「対象となるものは反対意見が際立つほどに研ぎ澄まされて鋭利になり、深く刺さり込んでくる。その痛みと異物感は誰もが無視できないものであるわけだし、意義がどうあれもうすでに放っておくことはできないんだな。それは歴史が証明していることだしね」
『確かに』
先の世界大戦で猛威を振るった独裁者が、初めのうちこそナンセンスと片づけられていたけど結局は多大な支持を集めるに至ったこともそう言うことなのかもしれない。
その例に限らずこれまでの世界中の歴史を紐解いても、そういう事象は数限りなくあるといえるだろう。
だから増税についても同じなのかもしれない。
目に見えるお金の問題の裏には需要やもくろみ、損得のほか実に様々な要因が腕時計の裏側で構成されている精巧な歯車のようにひしめき、必要としあい、静かに静かに動いているのかもしれない。
「そしてまかり通ってしまったものが、すなわち正義となる。その最たるものが……そうだな、戦争がそれに当たるのかも」
戦争。
この言葉が出た瞬間、それまで陽気に鼻歌を歌いながら棒きれを振り回していた未來の動きが一瞬止まった。
おじいちゃんの過去に触れた時に見た、さまざまなビジョンを思い出したのかもしれない。
やはり強烈な体験をしているのだろう。
「だからかもしれないけれど、僕はそういうことに対して発言者個人にNOを突きつけられないんだな。なぜNOと言えなかったのか、いま君と話していて気がついたよ。そうか、そうだよな……」
おじいちゃんは突然自問自答した。
そして、納得がいった表情をすると言葉を続けた。
「それは時代が作り上げた幻想であり、誰もがそれに踊らされただけなんだ。もちろん好きで踊っている人もいるのかもしれないけれど、その大部分はいやいやながらなわけだから」
「……」
「僕は……戦時中にずいぶんとひどいことをしたし口に出せないような体験もしている。華子ちゃんはどう思う? 国、ひいては国民の意思である戦争、そしてそれに従う僕をはじめとするかき集められた兵隊。本当はだれも戦いたくなんかないんだ。けど、勝つため、生きるために行ってきた非道は肯定されると思うかい?」
「そ、それは……」
肯定していいのだろうか?
『勝つため、生きるために行ってきた非道。それは仕方のないことだった』
しかし、否定はできない、いやしたくはないというのが本音だ。
それというのも、もし私がこのことを否定するのであれば、愛する人のどんな悲惨な未来を見たとしても、私はそれを修正してはいけないことになってしまうから。
でも、未来を修正したことで違う人に害が及ぶとことが確実に分かったとした場合、私はいったいどういう選択をするのだろう?
「仕方なしに行う」
のだろうか?
運のいいことに、いまのところそういう状況に陥ったことはない。
しかし、今回のように人の未来と過去を覗き続けていけば、必ずそんな究極の選択に迫られる瞬間が訪れるだろう。
エゴに対しての肯定と否定……。
平和な世の中で、せいぜいが害虫を殺す程度((といっていいのかわからないけど))のことしかしていない私に、戦時中の狂気、いや戦時中だからこその常識についての決断など下せようがない。
でも、でももしかしたら現代人の目を持ってその現場を体験してきた未來なら、その答えを知っているのかも……。
「ふふ、ごめんごめん。こんなこと、答えようがないよなぁ。その場にいた僕ですら、いまだ答えを出せずにいるんだからね」
「いえ、そんな……気にしないでください」
「でも、その答を出した人が一人いるんだよね」
「えっ? 答え?」
「そう。その事実について、どういう思いを抱いたのかはわからないけれど、なんらかの答えを出した人がいるのさ」
「……」
「それにこれから会いに行くわけだが……」
さっきから言っている友達のことだろうか?
にしても友達に会うだけにしては、妙に物々しいのはなぜ?
そのことについて聞きたい、けど……なんか、怖くもある。
「約50年か……そんなにかかったのかともいえるし、よくその程度の短い間で答をだせたともいえるし。100にも届こうとする齢にして何を思ったのか。さて……と」
そういうとおじいちゃんは私との会話を打ち切って、さらに力強く坂道を歩き始めた。




