物忘れとかしたときにさ、時間を巻き戻すつもりでその記憶のスタート地点に戻ったりすることってないかな?
「痛てて……華子ぉ、そんなに強く耳を引っ張るなって」
「うるさいよ。キリキリ歩け!」
未來の耳を引っ張りながら自転車の方に歩く。
帰ってから馬鹿未來にたっぷりとお灸をすえなければ。
と、その前に事の顛末を隼人とおじさんとおばさんにも説明しなければならないのか……さすがにちょっと憂鬱だな。
「それじゃ、おじいちゃん、一緒に帰りましょうか?」
「あ、あ、そんなに強く引っ張ると……未來感じちゃう、って、痛で!」
緊張感のないヤツ。
また馬鹿をぬかしたので、思いっきり耳をつねりあげてやった。
なんにせよおじいちゃんもけじめがついたようなので、いち早く連れて帰って病院で安静にしてもらわなければ。
「いや、僕は帰らないよ」
意表を突かれた。
「えっ? 帰らないって?」
さすがに意味がわからない。
さっき決心ついたといったのは何だったの?
「うん、帰らんよ。癌であることが分かった以上、僕もゆったり構えてはいられなくなったからね。もう残されている時間もそんなにはないだろうし」
「あの……一体どういう?」
「物忘れとかしたときにさ、時間を巻き戻すつもりでその記憶のスタート地点に戻ったりすることってないかな?」
「え? ええ、そういうジンクスは人によってあるみたいですけど」
「もう少しなんだ。もう少しでどうにかなりそうな気がするんだ。会わないといけない。約束を果たさないと。僕らの運命を決定づけた存在に……。どうしても会わないと。会って……。このまま死ぬわけにはいかないんだ」
『約束? 運命って? 存在? 探しているのは戦友じゃ……』
いったいどういうことなんだろう……なんか、普通の話ではなさそうな……。
「くそ……このままじゃ」
決して大きな声ではないが、いや大声ではないからこそ悲痛さが切実に伝わってくるのかもしれない。
「……」
おじいちゃんがまた苦しそうな表情を見せている。
今回のは肉体的な痛みだけではなさそうだ。
迫りくる命のリミット。
それゆえに果たせないかもしれない約束。
そんな焦燥、過去、記憶、絶望に苦しめられているのかもしれない。
話の印象がありきたりな感じではないだけに、いったい何がどうなっているのかが非常に気にはなるし、親しくしている人が痛切なまでに困り果てている姿を見るのも辛い。
どうにか力になってやりたい、と思う。
思うけど……。
「!」
その時私の服を引く力を感じたので見てみると、未來が物言いたげな表情をして私のことをじっと見ている。
『またか』
お前は気持ちを発散しすぎる。
言わなくてもわかるよ。
手伝ってあげようとでも言いたいのだろう、私たちの能力を使って。
でもね、答えはNOなんだよ。
冷たい一瞥の後そっぽを向いて無視を決め込む。
しかし依然服は引かれ続ける。
決して乱暴にではなく、あくまでもか弱く切なげに。
『まったく』
本当に癪に障る。
いつものように大声で騒いでくれたら全力で否定できるのに、そんなうるさいヤツが一転下手に出ると対処に困るのだ。
でも、このことについてはきっちりと言っておかなければならない。
「未來、ちょっと」
いい機会なので、この場で諭してやらねば。
能力の事は極力他人には聞かれたくないので、おじいちゃんの居る場所から少し離れたところに移動してから話を切り出した。
「あんたの言いたいことなんてわかっているよ。でもね、前にも話したけどダメだよ。能力を使うことは」
「でも、やっぱり放っておけないよ。このままじゃあんまりにもかわいそうだし」
「別にあんたが責任感じるようなことではないでしょ?」
まぁ、とはいえこうなってしまった発端はうっかり癌を宣告してしまった未來に責任の大部分があるんだけど。
「いや、責任とか何とか言う話じゃなくて、もっと根っこにあることだと思うんだ」
「……」
「なんていうのかな? 理屈じゃないんだよね。こういうことって。うん、理屈で動くことじゃないんだと思う」
「じゃあなんなのよ?」
「わかんないよ。あたしの頭じゃ表現できないこと。でもね、うまく言葉にできないからこそ行動で示す必要があるとも思うんだ」
お前のそういう気持ちはわかる、いや、わかってあげたい……というより、わかるようになりたいと誰よりも自分が思っている。
本当は、私だって気持の向くままに行動したいんだよ!
『でもね……やっぱりダメなものはダメなんだ』
未來だけではなく、自分の揺るぎそうな気持にもとどめを刺す言葉を口にしようとしたその時、
「だってさ、変だよ! 未来に縛られるなんて! それって絶対におかしいよ! 未来だよ? なにがあるかわからないんだよ! だからこそいろいろやってみなくちゃわからないはずじゃない。いや、そうであってほしい、ううん、きっとそのはずだ!」
『未来に縛られている……』
「同じく過去にこだわるのだっておかしいんだ! もう変わらないことに自らがんじがらめになって未来を、今を生きるなんてもったいないだろ!」
確かに。
私は何を恐れているのだろう?
未来が変わること?
その通り。
勝手な善行で他に迷惑がかかるから?
そうよ。
でも、本当に、本気でそんなことを心配しているわけ?
それは……違うかも。
変わるのが、変わってしまうのが怖いだけなのかも。
周りとか未来なんかではなく私自身が。
未來は私の腕を力強く掴み、涙を浮かべた眼で訴えかけている。
でもね……
「未來、それじゃあ聞くけど、お前はおじいちゃんを助けたいと思っているんだろうけど、それによって私が苦しむことになるかもしれないのはなんとも思わないわけ?」
「うっ、ぐっ、それは……」
我ながら嫌な返しをできるもんだと自分で感心してしまう。
こんな未來があきらかに困惑する質問を差し込んで私はどんな返答を期待しているのだろう?
いやなやつ。
なんでこうなんだろう、私って。
「華子のいうこともわかるよぉ。でもお願い……お願いだから力になってあげようよ。知りたいことをわからないままに死んでしまうなんて無念だろうし、力になれるかもしれないのにみすみす放っておくなんて、あたしには耐えられないよ。その方がきっと後悔すると思うんだ、お互いに」
うつむき、そのタイミングで零れた涙が地面を濡らした。




