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この距離から対象物を確認できるなんて、お前はマサイ族かよ……

「いた! じいちゃんだ!」


未來が自転車を全力でこぎながら吠えた。


「えっ? あんたここから見えるの?」


眼鏡を新調したばかりではあるが、私にはさっぱり見えない。

今いる場所は土手に伸びる舗装された道の上。

その指差すところは先週おじいちゃんと話をしたあたりなので、たぶんデマカセではないのだろう。


それにしてもここからあの場所まで一体何キロあるのか?

視界が開けた場所とはいえ、それが見えるなんてお前はマサイ族かよ。

未來の鍛え抜かれた脚力によって、後ろに乗っている私の重さなどものともせずに目的地へとグングン接近していく。

近づくにつれ、判別不能の人影は形を帯び正体もはっきりとした。

おじいちゃんだった。


「じいちゃん!」


未來は自転車から飛び降りて駈け出したので、私は自転車のスタンドをかけてから近づいた。


「じいちゃん大丈夫かよ?」


心配そうに話しかける未來。

確かに体調が悪そうに見える。

それほど暑いわけでもないのに、玉のような汗をいくつも顔に浮かべて、こらえるような表情をしてうつむいている。


一週間前よりも、さらに痩せたようにも見えた。

でも、たったの七日程度でそこまで変わるかな?

癌のことを聞い後だからそういうふうに見えているのだろうか。

けど、健康ではないことだけは間違いなさそうだ。

すると幾分表情を緩め、


「大丈夫、大丈夫。心配はいらん。少し休めばすぐ良くなるから」


と気丈な言葉を口にしたが、その姿が余計に痛々しい。


『さて』


ここでの第一声が肝心。

親しい関係であるとはいえ、なんで赤の他人である私たち姉妹が揃っておじいちゃんの所に馳せ参じたのか?

この時点でかなり特殊な意味合いを感じとられているかもしれないだけに、うまく気取られないよう家路へと誘導しなければならないのだから、これは簡単なことではない。

深呼吸をして気持ちを整え、声をかけようとしたその時、


「じいちゃん、病気なのにあんまり無理すんなって!」


『げっ!』


やりやがった!

このドたわけのかぼちゃ頭!

隼人の家族ですら知らせていない病気のことを赤の他人のお前が宣告してどうすんだよ、この馬鹿たれが!

怒りにまかせて未來の足をかかとで思いっきり踏みつけてやった。


「ギャッ! 痛って! なにすんだ!」


私のほうを見た時、強い視線で未來を睨みつける。

すると、間もなくしてからさすがに馬鹿な未來でも自分で言った不用意な発言に思い当たったようで、赤面しながら肩をすぼめて小さく舌を出した。


「うっはっはっ!」


突然おじいちゃんが笑い出した。


「本当に二人は変わらないね。まるで漫才でも見ているようだよ。ははは」


「はぁ……」


かける言葉が見つからないので、出方を見るしかない。


「まぁ気にしなさんな。自分の体だもんな、さすがにわかるさ」


おじいちゃんは笑顔だ。

でも、一体どこまで気がついているんだろう?


「でもよ、じいちゃん、いつから知っていたんだ、癌ってこと?」


ブッ!


「ば、ば、馬鹿!」


あわてて未來の口を手でふさぐが時すでに遅し。

おじいちゃんは静かにこちらを見ながら、ポケットから煙草を取り出してマッチで火を点けた。

肺に香りを満たして味わった後にゆっくりと煙を吐き出してから言った。


「そうか、やはりな」


またも未來を睨みつけた。

上目使いにしゅんとした表情を見せているが、これはもうすでに謝ってどうこうできる話ではない。


「まず華子ちゃん、未來ちゃんを責めないでおやり。何となく、わかっていたことだし、それによって決心もついたから。ありがとう、未來ちゃん」


「で、でも……」


「ほ、ほらな! やっぱり知っていたんだよ!」


とっさに言い繕って自分の非を回避しようとする未來。

よりによって言い逃れかい!

だいたいにして、おじいちゃんは何となくって言ってんだろが!

お前がトドメを刺したことに変わりはないだよ!

ほんっとうに救いようのないヤツ!


「謝るのが先だろうが!」


げんこつをお見舞いした。

打撃部分となる中指の第二関節を思いっきり尖らせた状態なので、非力な私の力でもそれなりに効果はあったはず。


「痛って~!」


大げさに頭をなでる未來。

アホが!

おじいちゃんはその何倍も苦しいんだよ!


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