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4話 圧倒

「……」

 控室に案内されたシルヴィアは押し黙る。

 シルヴィアはイリーナの変貌とあの同盟の異常さについて警戒心が異常を告げている。

 あの同盟は不味い。

 あれに深入りすると国自体が崩壊する。

 と、分かっていながらも、王国を取り戻しマルスから逃れる妙手が思いつかず、イリーナの言うあの方に会ってみようと考えて現在に至っていた。

「……心細いな」

 シルヴィア一人と会うのが条件とされ、ミディアは別室に待機しているため現在は彼女一人。

 寂しさを紛らわすため、護身用にと手渡されたナイフを固く握った。

 コンコンコンコン

「王女殿下、お顔を拝見してもよろしいでしょうか?」

「っ、問題ない、入れ」

 突然のノックに体を竦ませたシルヴィアだがすぐに気を取り直し、努めて動揺が漏れないよう声を出す。

「ご無礼失礼します」

 ドアを開けたイリーナはシルヴィアに対し、そう一礼した。

「王女殿下、私が殿下に拝見させたい人物とはこの方です」

 イリーナは一歩右へずれる。

「ジョルジュ=マールティンと申します。不肖、私めに時間をお取り下さり誠に恐悦至極でございます」

 するとイリーナの後ろには人影、老紳士を連想させる柔和な老人がローブを纏って頭を下げていた。

「……」

 第一印象は温厚な老人、初対面であろうが忌憚なく話し合えそうな優しい雰囲気を持ったジョルジュ。

 しかし、当然ながらシルヴィアはジョルジュを歓迎する意思は毛頭なく、硬い表情で彼を迎えた。

「座らさせてもらいますぞ。何分老人には立ったまでは辛くてのう」

 スルリと、ごく自然にシルヴィアの対面に腰かけるジョルジュ。

 その動作に何の抵抗感も抱かなかった事にシルヴィアは驚いた。

「「……」」

 互いに沈黙。

 シルヴィアは警戒心から、そしてジョルジュは今の状況を楽しむ心から口を閉ざしている。

 そして当然というか、この静寂な空間を真っ先に破ったのはジョルジュだった。

「母君の眼じゃ。本当に良く似ておる」

 懐かしむ口調でジョルジュは続ける。

「少々刺々しいが間違いない、王女殿下は間違いなく亡き王妃の子じゃ」

「私の母を知っておるのか?」

 警戒心を多少緩めたシルヴィアがそう問う。

「貴方と母君、僭越ながらどのような接点をお持ちで?」

 シルヴィアの母は王族であり、触れ合える人物は限られている。

 その中においても目の前の老人の様な人物が謁見したという話は聞いたことがなかった。

「王妃はのう、慈善事業として貧民街に福祉施設を作り、そこを訪れては身分問わず人々に接していたのじゃよ」

「……」

 その話は聞いたことがある。

 何の希望もなく、ただ死を待つだけの貧民街の住民達の境遇に心を痛めた王妃は彼女主導で彼らの更正行政を作り上げた。

 当初は王妃以外誰もが反対していたが、その行政が整備されるにつれて王都の犯罪率が減少し、ついには誰もがその功績を認めざるを得ない事態にまで発展する。

 その間王妃は、貧民街に住む彼らが不自由な理不尽を受けていないか、非公式ながら訪れていたらしい。

「わしもお世話になった。当時わしは十二神器によって滅ぼされた国から流れてきたどことも知れぬ馬の骨じゃったが、王妃はそんなわしにも女神の如き慈愛を注ぎ込んで下さった」

 当時の思い出はジョルジュにとって掛け替えのない黄金の記憶なのだろう。

 懐かしむように目を閉じて回想にふける。

「あれこそ神の愛。強大な力の前には平伏すしかないと諦めていた愚かな弱い心を打ち破り、そして彼ら保持者から世界を取り戻させる決意が芽生えたのじゃ」

 ジョルジュにとっての始まりはシルヴィアの母との出会い。

 あれがあったからこそジョルジュは己の使命を自覚することが出来たと言った。

「私の母が命の恩人とするならば」

シルヴィアの母に対する賛辞が終わったと判断したシルヴィアは口を開いて。

「何故あんな連中をこの国に持ち込んだ?」

 シルヴィアからすれば彼等は亡国へ導く魔の輩。

「指導する立場の連中は間違ってもルスト王国への忠誠心はない。あるのは気に入らない存在を消し去りたい破壊衝動だ」

 物理的にしか影響を及ぼさない十二神器の保持者の方がまだましな存在である。

「安心せよ。そんな彼らを制御するためにわしが来たのじゃ」

 シルヴィアを安心させるためにジョルジュは首を振って。

「彼らは一見どうしようもない存在に見えるが、それは神の愛を正しく理解していないことからくる未熟さゆえ。このわしがいればそんな過ちを犯さないと誓おう」

 ジョルジュは次第に興奮した口調へと変わっていく。

「あの時、王妃から受けた慈愛を万民に分け与えよう。生まれや身分、例え十二神器の保持者であろうと平等に降り注ぐ神の愛。ルスト王国にはそれがあると大陸中に知らしめる国を作り上げてみせよう」

 ジョルジュは本気で語っているようだが、残念ながらシルヴィアの心は冷めていっている。

 理想は崇高だが現実にやっていることは手段を問わない悪逆非道。

 そんなことは間違ってもシルヴィアの母は望まなかった。

「王妃様の御心が大陸中に」

 ふと見ると、イリーナは完成された理想郷を想像して恍惚としている。

 イリーナの、シルヴィアの母に対する誤解に彼女は内心涙を流し、ジョルジュを弾劾しようと口を開く――


「――うん、言いたいことは言ったようだし、死んでもらおうかな」


 そんな軽い声がシルヴィアの耳朶を打った。

 ドアが勢いよく開いた瞬間、巨大な衝撃音と共にジョルジュは大金鎚の錆へと化す。

 あまりに突然、あまりに非常識だったため、シルヴィアもイリーナも口がきけない。

 辛うじて金鎚から逃れられた両腕が重力に従って地面に落ちた。

「やあ、大手柄だよ。シルヴィア」

 ジョルジュを叩き潰した、血がべっとりとこびり付いたトールハンマーを肩に掲げ、そう気安く声を出した時、ようやく世界が動き始める。

「マルス!!」

「十二神器の保持者め!」

 シルヴィアは金切り声をあげ、そしてイリーナは抜剣しようと腰に手を添えるが。

「ご主人様に危害は加えさせません」

 それより先にミディアがイリーナの手の甲を叩き、剣を叩き落させた。

「っ、貴様は!?」

「動かないでください、剣を取ろうとすれば殺します」

 小動物の雰囲気をまき散らしていたミディアはすっかりと影を潜め、代わりに登場するは暗殺者ミディア。

 イリーナは少しでも隙を見せればやられると察したのか、地面に落ちた剣を拾わず、視線で威圧する。

 イリーナとミディアが対峙しているなら、必然マルスとシルヴィアが相対することになる。

 マルスは喜びを抑えきれない表情で。

「幹部は派遣されるだろうと予想していたけど、まさか彼ほどの大物が出てくるとは」

 嬉しい嬉しい。

 クツクツクツとマルスは笑う。

「シルヴィア。君のお母さんは大層な人物だったんだね。彼はジョルジュ=マールディン。反十二神器同盟における最高幹部の一人だ」

 百万とも一千万とも抱えているとされる同盟の中から選ばれた十人の内の一人。

 彼を失った影響は計り知れないだろう。

「何という大戦果。正直この一点だけでもここまで足を延ばした甲斐があったものだ」

 マルスは本当に嬉しいのだろう。

 喜色満面でそう述べる彼から嘘をついている様子は感じられなかった。

「さて、後始末をしておこうかな……ミディア」

「はい」

「な? 離せ!?」

 ミディアへの声掛けと同時に彼女は手に持った代物――コインを空中に弾き飛ばす。

 それに目を釣られてしまったイリーナはミディアの接近を許し、あっという間に組み伏せられた。

「いやあ、イリーナと言ったっけ? 君を逃がしたら僕は勿論のこと、シルヴィアにも迷惑がかかる」

「わ、わたしをどうする気だ?」

「当然殺す。その方が後腐れ無くて良い。まあ、僕は言いたいことは言わせる主義だから最後に何か言い残すことはないかい?」

 ニコニコと。

 顔は笑っているが目が笑っていない。

 マルスは本気。

 シルヴィアが何かを言い終えた瞬間、彼は彼女の命を絶つだろう。

「う……それは真か?」

 イリーナも死の気配を感じ取ってしまったのか、つい先ほどまで宿っていた怒りが消え、代わりに絶望が彼女を支配していた。

「……」

 この状況の中、シルヴィアは考える。

 今、シルヴィアを死なせて良いのか?

 確かに彼女は結果的にシルヴィア達を裏切ったが、発心はシルヴィアの母を想うがゆえ。

 その心を無視して、ただの路傍の石としてマルスに消されるのはおかしいと訴えていた。

 余談になるが、このシルヴィアの思考のプロセスは母譲りのもの。

 すなわちシルヴィアの母ならどうするかという前提のもと成り立っている。

 だから当然の結果だろう。

「その手を離せ! ミディア!」

「っ!」

 シルヴィアから発せられた怒気はミディアの心を湯ぶり、反射的にイリーナを解放してしまった。

「「……」」

 辺りに満ちる沈黙。

 イリーナは遮二無二の様子でシルヴィアの後ろへ隠れるが、マルスとミディアはそちらを見ようともしない。

 空気は一変していた。

 マルスの体からはとてつもない怒りが発散され、ミディアはそれに怯えて震えることすら許さず顔を蒼くしていた。

「……ミディア。君は今、何をしたのかな?」

「っ!?」

 ゆっくりとした、平坦な声音でそう問いかけるマルス。

 その口調から彼の怒りの深さを感じられる。

「意志と言葉は神からの贈り物ゆえ誰も咎められない。しかし、行動だけは別だ。ミディア、君は誰の命令によってその手を離したのかな?」

「お、お許しを。お許しをご主人様」

 ミディアの悲痛な許しを願う声の悲しさといったら。

 マルスがいなければ誰もが涙を流していただろう。


「「……」」


 沈黙が続く。

 シルヴィアでさえ苦痛を感じる地獄の刻だが、彼女がそれを破ろうとはしない。

 何故なら、決定権があるのはマルスであり、彼が判断しない限り神以外崩せなかった。

「……ジョルジュの首は一国よりも価値がある」

 ようやく口を開いたマルス。

 その口調に怒りはなく、領主の様な信賞必罰を告げる色合いを帯びている。

「その功を労い、シルヴィア。君を解放しよう、それだけでなくそこのミディアもお前に与えよう」

「っ!!」

 事実上の訣別勧告にミディアは全身が総毛立つ。

 彼女は薄々と勘付いていただろうが、それでも実際に決定されると、衝撃が大きい。

「――」

 案の定、ミディアはマルスに対し、何も抗議できなかった。

「ミディア、君はシルヴィアの命令に従った。つまり君の無意識は僕よりもシルヴィアを主と見定めたと考える……不服があるなら言えば? 意志と言葉は神からの贈り物だから止めない」

 相変わらずのマルスの言葉。

 が、断言しても良い。

 ミディアが何を言ってもマルスは聞き入れることはない。

 マルスの決定を翻させたシルヴィアの場合、母親譲りの強い意志とその母親に対する強い敬意を持ち合わせたがゆえに彼は従った。

 しかし、ミディアにはそういったモノはない。

 唯々諾々と上からの命令に従って生きてきており、上に反抗する意思も教育も受けていない。

「あ……、あ……」

 以上、ミディアは心を引き裂く決断に対しても受け入れるしかなかった。

「シルヴィア王女、私からお願いがございます」

 畏まったマルスはシルヴィアをヒタと見据える。

「心が脆く、未熟者ですが私にとっては大切な従者、どうか寛大な処置を願います」

「う……む。それは了解するが、いささか厳しすぎるのでは? 一度の失敗で人を切れば、結局は誰も残らんぞ。何せ人は不完全な存在、失敗して当然の生物なのだから」

 完全な存在。

 当てはまるのはそれこそ全知全能の唯一神だけだろう。

「ふむ、私とシルヴィア王女との間には見解の相違があるそうですね。王女は決定を罰と捉え、私は償いと捉えていると知らなくてはならないでしょう」

「償い? どこが?」

「百聞は一見に如かず。時が経てば私の言葉の意味も理解できるでしょう。それにミディアの実力があれば単身私の領土に戻ってくることもできます」

「つまり私がミディアにとって相応しくない主君だと判断すれば私から離れてマルスの元へ戻っても良いと?」

「その通りです。しかし、王女に何の功も残さず戻ってくるのは頂けません。最低でも一、二の功績が無ければ私はミディアを放り出すでしょう」

 その言葉でマルスの本心が分かってきた。

 今回の失敗の汚名を返上するにはそれを上回る功を立てろと。

 そして、その上でもなおマルスの方が主君に相応しいと判断すれば戻ってきても構わないと。

 一見厳しいが、一瞬でも主君を他に求めた罪業を鑑みると至極当然と思えた。

「何処へ行こうとする? マルス?」

 気が付けば踵を返し、去ろうとしたマルスをシルヴィアが咎める。

 彼は振り返らずに。

「領地に戻ります。目的も果たした以上、この地に留まる理由はないでしょう」

 マルスがこのルスト王国まで遠征した理由はシルヴィアを手に入れるため。

 その理由がなくなった以上、この王国に留まっても仕方ないのである。

「それではさよならシルヴィア王女、ミディア。もし神の意志が私達の邂逅をお望みなら再び会えるでしょう」

 そう言い残してドアの向こうへ消えるマルス。

 顔が見えなくなる瞬間、彼の顔は強張っているようにシルヴィアは思えた。


「「「……」」」

 マルスが出て行った後、部屋は再び沈黙が支配していた。

 ミディアはマルスから捨てられたことに打ちひしがれて無言。

 イリーナはこの先どうすればいいのか分からず無言。

 そしてシルヴィアはこれから先に待ち受ける苦難に戦慄して無言だった。

「……最悪だ」

 シルヴィアは赤い唇を噛み締める。

 マルスから解放されたのは喜ばしいことだろう。

 しかし、その後に何が残っている?

 相変わらずルスト王国はガウェイン皇国に統治されているし、反十二神器同盟の動きも不穏。

 これならマルスに解放されない方がまだま――。

「何を考えている! シルヴィア=ローゼンハイム!」

 頭に浮かんだ弱気な性根を払しょくするようにシルヴィアは叫ぶ。

 自由より奴隷の方が救いようがある?

 こんな考え、もしシルヴィアの母が聞けば喝が飛ぶだろう。

 それぐらいシルヴィアの母は甘えを許さなかった。

「考えろ、母上ならどうする?」

 知らずシルヴィアは尊敬する母の気持ちになって考える。

 いみじくもミディアが言った通り、逆境に陥った時、人間は最も尊敬する人物を手本として言動を行うと証明していた。

「もし母上なら――いや、それは無謀極まりないが、母上ならやりかねない」

 シルヴィアの立場になった母ならどう行動するか。

 その答えに彼女は顔を顰める。

 シルヴィアとしては腰が引けてしまうが、まさしく彼女の母ならそれをやる。いや、それ以外やらないだろう。

「イリーナ、ジュルジュの名代として近日中に大規模な集会を開くよう頼め」

 賽は投げられた。

 後は神の御心に従うのみ。

 この瞬間、シルヴィアは己の身を捨てた。


「……本当によろしいのでしょうか」

「構わん」

 イリーナの懸念にシルヴィアは努めて力強い声を出す。

 場所は反十二神器同盟の演説台の裏。

 シルヴィアの思惑通り、あれ以上の人々――恐らく王都内の運動員全員が集められていた。

「しかし、こんな簡単にいくとは。ミディア、貴方はどこまで多才なの?」

 近衛騎士とはいえジュルジュの名代として振る舞うなど通常は不可能。

 しかし、それを不可能を可能としたのがミディア。

 彼の筆跡を真似るだけでなく声音を変えてジョルジュそっくりの声を出して彼らを騙した。

「……これも一つの功に入るのでしょうか?」

 ミディアは暗い声で呟く。

 どうやら彼女にとっての関心事はマルスの下に戻ることらしい。

「ああ、大勲功だ」

 シルヴィアは破顔し、俯くミディアの頭を撫でた。

「さて、ここから先は私がやる」

 イリーナとミディアが整えたお膳立て。

 これに応えねば王族失格。

 国を守る資格はない。

「集まった民の洗脳を解かず、どうして国全体を護れようか?」

 彼女の頭にあったのは危険な破壊思想に洗脳されたルスト王国民を解放すること。

「おお」

「綺麗です」

 イリーナとミディアはシルヴィアの決意に満ちた顔を見て感嘆する。

 今、彼女の顔は頂点を統べる者として相応しい相貌をしていた。

 シルヴィアの母をよく知る者がいれば、感涙にむせび泣くだろう。

 まるで亡き王妃がそこに立っているような印象を与えるからだった。


「「??」」

 演説台に立ったシルヴィアを見た群衆は疑問符を浮かべる。

 何故彼女が立っているのか。

 群衆はジョルジュのありがたい話を聞きに来たのであり、シルヴィア関係は二の次だった。

「ジョルジュは死んだ!」

 シルヴィアの衝撃の一声に騒がしい雰囲気が消え、水を打ったように静まり返る。

「何故死んだのか! それは我がルスト王国に不純な異物を持ち込んだからである!」

 シルヴィアは悪びれず、ジョルジュとその一派を弾劾する。

「親愛なるルスト王国の民達よ! お前達の上に立つのはローゼンハイム家、ないしこのシルヴィアである!」

 傲慢とさえ思える自信満々な口調。

 それゆえ群衆はシルヴィアに反発せず、聞き入っていた。

「……しかし、此度の事態。私は謝らなければならぬ」

 声高から一転、静かな口調で語り始める。

「十二神器の保持者に率いられたガウェイン皇国の侵攻を許してしまった。これは国を守る者として万死に値する罪」

 痛恨の出来事、あってはならない最悪の罪だとシルヴィアは述べる。

 その悲痛な様子に群衆は同情を寄せ始めた時。

「しかし! 私は約束する! 必ず王国を取り戻すと! お前達がルスト王国を離れずに済んで良かったと思わせる日がやってくると断言しよう!」

 そして、シルヴィアの演説が終わる。

 群衆は静まり返っていた。

 それは戸惑いからくるのではなく、感動からくる沈黙。


「王妃殿下だ」

「ああ。我らの太陽、亡き王妃が蘇った」

「どんなに辛いことがあっても王妃がいるから頑張ってこれたんだよな」

「王妃は生きている、王女殿下の中で確実にいる」


 群衆の口々からそんな言葉が漏れ始めた。

 が、このままシルヴィアが退場し、大成功という訳にはいかない。

 王妃を知らない者――すなわち同盟本部から派遣されてきた幹部にとってシルヴィアはこの組織を破壊した悪魔である。

「あ奴を捕えろ!」

 当然ながらそんな号令が響き、シルヴィアを捕えようと屈強な男たちが集まり始める。

「王女殿下に触れるな!」

「これ以上近づけません!」

 それを阻止するのはイリーナとミディア。

 イリーナは剣で威嚇し、そしてミディアはしびれ薬を塗ったナイフで確実に止める。

「王妃の忘れ形見を護れー!」

 彼女達の働きに触発された群衆が幹部を追い出そうとシルヴィアの元へ駆けつける。

 場内は大混乱へと陥った。

 シルヴィアを捕えようとする者。

 その彼らを阻止しようとする者。

 何をして良いのか分からず戸惑う者。

 三者三様入り乱れ、収拾が付かない有様へと変貌した。

「落ち着け! 皆の者! 落ち着け!」

 このままでは死人が出ると恐れたシルヴィアは何とか事態を鎮静化させようと声を張り上げる。

「無駄です! 王女殿下、ここはミディア共に逃げて下さい!」

 イリーナの言葉通り、もはや手の付けられない状態だった。

 また、見捨てるのか。

 シルヴィアは己の無力さに歯噛みしたその時。


「――やれやれ、意志と言葉を自由に表現できない状況は苦手だよ」


「マルス!」

「ご主人様!」

 いつの間にか。

 まるで瞬間移動をしたかのごとくシルヴィアの後方にマルスが佇んでいた。

「乱れ飛ぶ怒号に曲がり続ける意思、そして互いに傷つけ合う行動……最悪だね」

「すまない……」

 マルスの辛辣な口調にシルヴィアは項垂れる。

 彼女自身、混沌の極致の如き状況は望んでいなかった。

「とにかく、まずは落ち着かそう。王女殿下とその付き人、そしてミディア。少し離れて」

 マルスはそう三人に忠告する。

「ご主人様……」

 名前で呼ばれたミディアが嬉しそうに呆けたのはまた後の話。

「さて! 聞け! 皆の者! これが目に入らぬか!」

 雷鳴の如き強烈な一喝に辺りの時が止まる。

「十二神器の一つ、雷鎚トールハンマー! ジュルジュの後を追いたいか!」

 大きくトールハンマーを振り回したマルス。

 トールハンマーが通った後に雷が落ち、その周囲が黒こげになった。

 このパフォーマンスで三分の一が静まり返る。

「あいつが」

「十二神器の保持者」

「そしてジョルジュ様を亡き者にした仇敵」


「「「殺せ!!」」」


 三分の一はマルスに対する殺意によって襲い掛かろうとする、が。

「一人二人三人、と!」

 あっという間に怪我人が量産されていく。

 一方的な戦いが数分続いた後、もはや誰も騒がない。

 圧倒的な力による畏怖と恐怖で、全員がその場に縫い付けられた。

「ようやく何か言える環境が揃ったね」

 その中で一人マルスは、ご満悦な表情を浮かべた後。

「さあ、王女殿下。最後に一言をどうぞ」

「…………ん、ああ」

 マルスに促されたシルヴィアはぎこちない返事を返してしまったが、すぐに立ち直す。

「コホン……ルスト王国は不滅だ! このシルヴィア=ローゼンハイムが保証しよう!」


「「「おおおおおおお!!!!」」」


 シルヴィアのその言葉によって金縛りが解け、反動だと言わんばかりの怒声が地下の広間に響き渡った。


 場所は変わって反同盟の控室。

 ここにはマルス、シルヴィア、ミディアそしてイリーナが揃っていた。

「ご主人様! わたし……」

 何かを言いかけたミディアだが、かける言葉が思い浮かばなかったのか口を閉ざす。

「最後まで言いなさい、ミディア」

そんなミディアをマルスは優しく後押しする。

「とりとめのない、酷い戯言でも構わない。とにかく言葉にするんだ、僕はそれをずっと教えてきたはずだけどなあ」

 マルスの口調は以前と変わりない。

「はい! ありがとうございます!」

 しかし、その気安げな様子からミディアはマルスに許されたと受け止めたようだ。

「ミディア、君は何を勘違いしているんだい?」

「っ」

 当然ながらマルスからの鋭い一声に彼女は身を竦ませる。

「僕が来たのはあくまで気まぐれ。もしかすると意志も言葉もない大混乱を齎すと懸念したからここに来た。まあ、不幸にも当たってしまったけどね」

 マルスは薄く笑う。

 言外に、マルスはまだミディアを許していないと伝えていた。

「はい、申し訳ありません」

 ミディアがしょんぼりとしたのは当然だろう。

「マルスとやら、貴様はこれからどうするつもりだ?」

 次に口を開くはイリーナ。

 近衛騎士らしい堂々とした口調でマルスを問い詰める。

「まさかこのまま。はい、さよなら。という訳でもあるまいな?」

「残念ながら嫌な予想は当たるもんだよ。いや、嫌な予想しか当たらないと訂正するべきか」

 イリーナの目つきが険しくなるもマルスは肩を竦めて首を振る。

「二回目になるけど、僕が来たのはあくまで気まぐれ。これ以上ルスト王国に首を突っ込みたくはない」

「貴様のせいで更なる混乱が巻き起こるぞ」

 あの集会による混乱は防げたが、それで問題が解決したわけでない。

 全ての元凶である十二神器の保持者を取り除かなければああいった騒動は何度でも起こる。

「けど、それには反十二神器同盟が噛んでいないだろう?」

 しかし、マルスにとって重要なのは同盟が関わっているか否か。

「これ以上部外者である僕が関わるのは不味いと思うんだけどなあ」

 極論を言えば、その同盟の影が無ければルスト王国やシルヴィアなどどうなっても構わないのである。

「そんなわけ。だから後の問題は自分達で解決してね。なあに、ミディアもいるし旗印もある。十二神器の保持者さえ封じれば何とかなると思うよ」

「その十二神器の保持者が厄介なのだろうが……」

 イリーナはそう歯噛みするが、当然マルスは考慮しない。

 笑いながら次のイリーナの言葉を待った。

「――マルス。少し良いか?」

 と、ここで初めてシルヴィアが口を開く。

 ここまでずっと沈黙を保ってきたシルヴィアの言葉にマルスは僅かに目を丸くする。

「その前にイリーナが先だね」

 ただ、それでもマルスは信条に従う言葉を発する。

「いえ、私の言いたいことは全て王女殿下が仰ります」

「フーン……」

 イリーナの言葉に嘘はない。

 それゆえマルスはどうすることも出来ず、大人しく引っ込んだ。

「マルス。明日の夜。月が頂点に来た時にここで会えないか?」

 シルヴィアの言葉には並々ならぬ決意が宿っている。

 それに応えなければマルスは人間失格の印を押されてしまうと錯覚したので。

「行動による強制は認めないよ。あくまで意志と言葉を見せて欲しい」

 と、そう条件づけるだけで精いっぱいだった。


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