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2話 小心者

 シルヴィアが毒蛇に噛まれてから五日が過ぎた。

 それまでの期間、マルスとシルヴィアは山小屋で過ごす。

 ただ、それはマルスが望んだのではなく、シルヴィアが毒による高熱で死線を彷徨っていたからだった。

「君は神の寵愛に感謝すべきだよね」

 ぼんやりと瞳を開けたシルヴィアを確認したマルスは椅子に腰かけたまま感嘆する。

「一時は本気で駄目かと見放したけど持ち直し、噛まれた足も壊死して絶望的だったけど切断せずに済んだ……奇跡と呼んでも誇張ではないよ?」

 旅人として幾たびの修羅場と人の死にざまを見てきたマルス。

 その彼の経験からして諦めかけたのに最後の最後で踏み止まり、こうして五体満足で、気が狂うこともなくシルヴィアは横になっていた。

「……体がだるい」

 久しぶりに意識を取り戻したシルヴィアの第一声がそれ。

「そりゃ五日間もベッド上で呻き苦しんでいたんだ。絶え間ない毒の浸食に体が悲鳴を上げて当然当然」

「そうか……って! まさかお前は私の服を脱がせたのか!?」

 マルスの言葉にシルヴィアは跳ね起きる。

 マルスの言葉通りに五日間も高熱で魘されていたのなら体中が汗をかき、悪臭を放つ。

 なのに特段変な臭いはせず、それどころかドレスから軽装な服装へと着替えさせられていた。

 ゆえにシルヴィアは己の知らない間に好き放題されたのかと恐れるが。

「何処まで僕は鬼畜なんだよ」

 マルスのため息はシルヴィアの推測が間違いだと証明する。

「君の世話をしたのは彼女、だから礼はミディアに言うように」

 マルスがドアの向こうを顎でしゃくりあげる。

 そのドアの先にいたのは、見事な赤髪を持った少女と思わしき人影がこちらを覗き見ていた。

「ひゃうっ!?」

 シルヴィアがじっと見つめると、可愛らしい声をあげて引っ込む。

 そのまま数秒経つとまたそろりと金色の瞳で覗き見、シルヴィアがまだこちらを見ていると知ると隠れた。

「ミディアは人見知りなんだ」

 マルスは苦笑した後、二人の位置に割り込むように移動する。

「心許した相手しか決して姿を現さない。あの分だとミディアは君に警戒心を抱いているようだね」

「どこにあんな少女がいた?」

 謁見中、王都に滞在時も含め、マルス一人しか確認できなかったはずである。

「ミディアはずっとここの山小屋で待っていたからね。シルヴィアが知らなくて当然」

「冗談だろう? こんな場所で一人?」

 魔物が出る森で一人お留守番。

 あどけなさが残るミディアが出来るとは思えない。

 またマルスが己をけむに巻こうとしているのかと考えるが。

「色々考えているようだけど、一つだけ……僕が自分の身すら守れない者を従者にすると思う?」

「……なるほど」

 マルスの言葉で納得がいく。

 ミディアは特別な力が備わっている先天性ではなく、必要に駆られて身に付けた後天性。

 これまでも十二神器の保持者であるマルスの無理難題に付き合わされてきたのだろう。

 あの異常なまでの人見知りはある意味当然と言えた。

「お前は酷いな、あんな子供に試練を与えるとは」

「別に。僕はミディアを君のように無理矢理攫ったわけじゃなく、勝手についてきたんだ。去る者は追わず、付いて来ようが離れようが僕は全然気にしない」

「……」

 マルスにとってミディアはどうでも良い存在。

 交換の効く部品として扱おうとするマルスにシルヴィアは義憤に駆られるが。

「僕とミディアとの関係については君にとってどうでも良いだろう? 大事なことは彼女と君の関係。すなわち君の身の回りの世話をして、僕は君に指一本触れていないことだ」

「……」

 シルヴィアとしては全然納得していなかったが、マルスがそう断言する以上彼の心は変わらない。

「疲れた。少し眠る」

 ミディアを憐れむより先に久しぶりに頭を動かした疲労によってシルヴィアは目を閉じ、思考を放棄した。


「王都に戻せ!」

 シルヴィアは回復するにしたがって声高に喚く。

「私の居場所はルスト王国だ! それ以外のどこにも私の場所はない!」

「……君の父親の苦労が垣間見えるよ」

 マルスは疲れた声を出す。

 当初は苛立ちがあったマルスだが、連日繰り返される要求に彼はついに白旗を上げた。

「あの王はさぞかじ王妃に苛められたのだろうね。なるほど、腰砕けになる理由が分かる」

 シルヴィアは存命中の王より亡き王妃の性根を色濃く受け継いでいる。

 綺麗なバラには棘があるというか、美しき王妃はその美貌の裏で相当苛烈な性格ではなかったのかとマルスは想像した。

「そうと決まれば早速行こうか……ミディア! 旅の準備をしなさい!」

「は、はい!」

 ドアの向こうから素っ頓狂な返事が聞こえたかと思えばバタバタと足音が遠ざかっていく。

「ま、一時間もすれば大方準備が整うだろう。その間、大人しくしておこうか」

「お前は何もしないのか?」

 椅子に腰かけブラブラと足を動かすマルスをシルヴィアは非難する。

「あんな小さな少女を馬車馬のように働かせて……もう少し慈悲を持ったらどうだ?」

「君はミディアを気に入ったようだね」

「私を甲斐甲斐しく献身してくれる者に何故情が移らないのか?」

 シルヴィアが目覚めてから現在まで、身の回りの世話は全てミディアが行った。

 技量は宮廷侍女と劣るものの、それを補って余りあるほどの真心が込められた奉仕。

 シルヴィアの心を動かすのに十分だった。

「けど、肝心のミディアは君をまだ警戒しているようだけど」

 彼女が心を開いたのならドアの向こうに隠れるようなことをしない。

 まだミディアはシルヴィアに心を許していない。

 一方的な愛情、すなわち押しつけであった。

「君はミディアのことを知らない」

 マルスは椅子の背もたれに体を預ける。

「僕にとやかく言う前にまず彼女の本心を探ることが重要。なあに、これから先もミディアと接する機会があるんだ。焦らずじっくりとやればいいさ」

 そう言い終えた後フフフと笑うマルス。

 その余裕ぶった態度にシルヴィアがやる気になったのは言うまでもなかった。



 マルスは口調こそ軽いものの、旅慣れているせいか下準備は完璧に近い。

「二人ともここに乗って」

 全ての荷物を抱えた――総重量は軽く二、三倍を超える荷物の中にマルスは二人分腰掛けられるスペースを作り、そこにシルヴィアとミディアを乗せる。

「揺れるからどこかに掴まっておくように」

 そう前置きしたマルスは十二神器の力によって急加速した。

 その速さはまるで全速力で走らしている馬の背に乗ったよう。

 マルスに言われなくともシルヴィアは硬直し、目を固く瞑った。

 そのまま森を抜けたマルスはようやく速度を緩める。

「もう少しで村に着く。そこで馬車馬を引き取るよ」

 どうやら近くの村に馬車を配備していたらしい。

「どうせならこのまま王都まで行けばいいのではないか」

 と、シルヴィアが口を尖らせるも。

「疲れる」

 の一言で切って捨てた。

「十二神器の力は絶大だけど無限じゃない。底は勿論あるし、使いすぎると寿命が縮むから乱発は御免だね」

 フォローとばかりにそう付け足したのをシルヴィアは忘れなかった。

「君は目立つからこれを被って」

 村に入る直前、マルスはシルヴィアにフードを手渡す。

「君の金髪は酷く目に留まる、くだらないことで時間を消費したくないだろう?」

 そんなマルスの意見にはシルヴィアも賛成だったのでさして異論をはさまずに受け取ったフードを被り、丸一日かけて王都へと辿り着いた。

 夜の帳が降り、闇が世界を支配し始める頃。

「どうだい? しばらくぶりの王都は?」

 門番に通行税を払い、中へと入ったマルスは振り返ってシルヴィアに問う。

「全然変わっていないな」

 対するシルヴィアは何とも言えない微妙な表情。

「本当に我がルスト王国は降伏したのか?」

 旅人こそ減っているものの、大幅な変化はない。

 市場には商品が溢れ、市民が井戸端談義を行っていた。

「ガウェイン皇国の方針なのか、それとも十二神器の保持者の意思なのか、皆殺しはしなかったみたいだね」

 国の存亡をかけた戦。

 負けた方は潔く軍門に下る――のではなく、森や洞窟に隠れてゲリラ兵となる。

 ゲリラ兵は相当厄介な存在ゆえに、都市を攻め滅ぼした場合、女子供例外なく皆殺しを行うのが慣例。

 なのにガウェイン皇国は、少なくとも一般市民の生命と財産を保証していた。

「情報が少なすぎる。まずは情報を集めないと話にならないかな」

 マルスは首を振って思索に終止符を打つ。

 国の情勢より先に、宿の確保が重要だった。

「ここがベターだね」

 ランタンを掲げていたマルスはとある宿屋の前で止まる。

 二階建ての、煉瓦で出来た古めかしい印象を与える宿。

「大事なのは防衛。例え敵に襲われても火攻めに遭うことはないだろう」

「お前、襲われるのか?」

 シルヴィアの疑問に肩を竦めて。

「保持者はただでさえ妬みを買いやすい。しかも最近は十二神器の撲滅を掲げる同盟が出来てね。その同盟に洗脳された輩が命を散らすだけならまだしも、ミディアや荷物を巻き添えにされると困るんだよ」

「……」

 マルスの愚痴にシルヴィアは考える。

 保持者は力を持っているがゆえに悩みなどないと思われたが違うらしい。

 力を持っているならばそれなりの苦労をマルスは味わっているようだった。

「そんなでっかいものを持っているんだ、目立って当然だろ」

「うん? ああ、そういえばこれを小さくしていなかったな」

 マルスは無造作に背負っている十二神器を手に持って念じる。

 大人の背丈ほどもあった大鎚はブルブルと震え始め、数秒も経たないうちに大工が使う金鎚と同じ大きさへと縮小した。

「武器が伸縮自在に変化するのは世界広しといえども十二神器だけ。神でなければ作れない代物さ」

 そうのたまったマルスは目を丸くしているシルヴィアを置いてサッサと中へと入り、二つの部屋を借りた。


「部屋は僕、そしてシルヴィアとミディアの二つに分けるよ」

 ドアの前に立ったマルスは部屋割りを発表する。

「僕は基本的に自由に動く、互いに連絡を取りたいときはこのメモに時間と簡単な要件を記し、ドアの下の隙間に入れておくこと。そして、ミディアはシルヴィアと絶対に離れないこと。無知な王女様を護れるのは君しかいないんだよ?」

「は、はいっ!」

 マルスの念押しにミディアは背筋を伸ばして返事をする。

 その反応にシルヴィアは複雑な思いに駆られたが、それ以上に気になることがあった。

「お前は何をするのだ?」

 マルスがこの王都に何の用があるのか。

「反十二神器同盟のねぐらでも探そうかな。ルスト王国は十二神器によって滅ぼされたので、その同盟の幹部が派遣されてもおかしくない」

 マルスの目的はその同盟の使者の抹殺のようだった。

「僕はどんな思想もどんな言論も守る……けどね、行動までは許容できない。僕だけでなく、僕と関わった人間や物に危害を加えるなら相応の代償を追ってもらおうか」

 マルスは口調こそ静か。

 が、その言葉とは裏腹に発せられる壮絶な覇気はシルヴィアとミディアを沈黙させるに十分だった。

「それではお休み二人とも。お金はここに入っているからルームサービスを取るなり外で外食をするなり好きにしてね」

 と、マルスは財布をミディアに預け、自身は自分の部屋へと戻っていった。


「髪留めにフード、着る物は……これは派手すぎるからあっちの方が良いな」

 翌朝、シルヴィアは街を歩くための変装に余念がなかった。

 腰まで長い髪を一纏めにしてフードの中に隠し、白すぎる肌を地味な衣服で覆う。

 ミディアが見ている、瞬く間に一国の王女から上品な街娘へと変貌した。

「ほわぁ~」

 あまりの変身具合にミディアもポカンと口を開けて呆ける。

「私はこう見えても幼い頃からお忍びで街に繰り出していたからな。この程度の変装はお手の物だ」

 シルヴィアは自慢でもするかのように鼻を鳴らして笑みを浮かべる。

「一国の王女が街に出るのですか……よく王家が許しましたね」

「それは母上の協力の賜物だな。母上は常日頃から庶民の生活を肌で感じなさいと公言してお兄様や私をよく街に送り込んでいた」

「……」

 シルヴィアは何の気なしにそう述べるが、王族が街に行くことがどれだけ重大なことなのか理解していない。

 さぞかし王やその側近たちは心配で仕方なかっただろう。

「……亡き王妃って色々と破天荒だったのですね」

 マルスに白旗を上げさせたシルヴィアの原型。

 ミディアはシルヴィアを通し、王妃の面影を感じた。


 街の中、腕を組んで歩く麗女と少女。

 両方とも衣服こそ市井の代物だが中身は別物。

 一人は気高く高貴な印象を周囲に与え、もう一人は可愛らしく庇護欲をそそらせる。

 道行く人々の視線を集めるのに十分な二人だった。

「……無理しなくて引っ付かなくても良いぞ」

 皆から注目されている理由を、ミディアが近寄りすぎなのだと勘違いしたシルヴィアは小声で囁く。

「もう少し離れた方が互いに気遣わなくて良いだろう」

「いえいえ、大丈夫です。このままでお願いします」

「……」

 ミディアが己の腕に掴まっている様子から彼女の性格について考える。

 見たところ、ミディアは知らない人が大勢いる場所が嫌い。

 そんな場所で一人になるぐらいなら、少しでも気心の知れた自分とくっついていた方が安心するのだろう。

「難儀な性格だな」

 シルヴィアはマルスが森の中にある山小屋にミディアを留守番させた。

 当初、それは最悪の選択だと思っていたが、その実最善の選択だったことを知り、大きく嘆息した。


「大分情報が聞けたな」

 ベンチに座ったシルヴィアは満足そうに頷く。

「いやいや、これだけ買った甲斐があるものだ」

 シルヴィアだけでなく、ミディアの両手にはパンやらお菓子やらが盛りだくさん。

 全て情報収集がてら買ったものである。

「あああ、お金が……ご主人様にどう説明しよう」

 あまりの出費にミディアがめそめそ泣いていたが、そこはご愛嬌。

「ふむ、久方ぶりに庶民の食べ物を食してみたが、中々に旨い。が油っぽくてそう多くは食えんな」

 そんなミディアをよそにシルヴィアは嬉々としてパンにかぶりついていた。

「して、ミディア。この国の状況をどう思う?」

 ミディアは何時までも泣いているわけもなく、今は果物を齧っていた。

「ひゃうっ!? そうですねえ……表立った変化は起きていないようです」

 突然の質問に目を白黒させたミディアだがすぐに気を取り戻し、考えを述べ始める。

「増税とか徴兵とかの庶民の生活を直撃する政令が出ていない。それどころか当分政令を変えないという宣言しているので庶民の生活に大きな変化や不安は見られません」

「……」

 平穏。

 不気味なほどの平穏。

 本当に、国が滅びたのか疑ってしまう程辺りはいつも通りの街並みだった、が。

「国の中枢については分からない」

「はい、かん口令が敷かれているのか王や重臣達の処遇については一向に入ってきません」

「……」

 ミディアの言葉にシルヴィアは唇をかむ。

 ただ一人の肉親である父が生死不明というのはシルヴィアの心に焦りを生ませた。

「何とか情報を得られないものか」

 思わずそう漏らしてしまったのは当然のことである。

「っ、シルヴィアさん」

 心ここにあらずだったシルヴィアを現実に戻したのはミディアの小突き。

「あの近づいてくる連中……彼らは相当怪しいです」

「……そうか、分かった」

 ミディアの警告にシルヴィアは頷く。

 ミディアは小心者で臆病な分危険察知能力が人一倍高い。

 先ほどの情報収集の際、己たちの素性が勘付かれそうになった時も彼女におかげで不審に思われずに済んだ。

「では、行こう……それ!」

 シルヴィアは立ち上がると同時に買った食べ物を周辺にばらまく。

 当然騒ぎとなり、その混乱に乗じて二人は立ち去る。

「おい! 泥棒だ! あの二人を捕まえてくれ!」

 二人をそんな叫びが追いかける。

 彼らはシルヴィア達を捕まえたかったのだろうが、残念なことに市民達は道に落ちた食べ物の方が重要だった。


「こっちです! シルヴィアさん!」

 彼等から逃れるために裏路地へ入ったシルヴィアはミディアの先導に従って駆け抜ける。

 ここに入れば彼らに掴まる可能性は減るだろうが、その代わりに別の危険――浮浪者や無法者に襲われる可能性が現れた。

「ここは……怖い、左にしましょう」

 小さな体を必死に動かして前に進むシルヴィアだが、徐々に不安が頭をもたげる。

「なあ、ミディア。お前、出口を知っているのか?」

 この入り組んだ路地、シルヴィアはもちろん全てを把握していない。

「まずは安全の確保です!」

 その返事からミディアも道を知らないことが判明したが、彼女の言も最もだったのでさして反論しなかった。


「は、はわわ……」

 三叉路の前でミディアは足を止めて震える。

「あ、安全な道がありません……」

 どうやらどこに行こうとも危険が避けられなくなったらしい。

「おい! どうするんだ!」

 さすがのシルヴィアもこの事態に焦る。

 打開策がない、虎口の中にいる事態に知らず汗がにじんできた。

「仕方ない、元来た道を戻るぞ」

 しばらく逡巡したシルヴィアは一つの方策を示す。

 堂々と、凛とした態度で歩けばもしかしたら何も起こらないかもしれない。

 そんな淡い期待を込め、シルヴィアはその美しい顔を上げ、真っ直ぐに行先を見つめて歩き始める。

「グスッ、ううう……」

 そしてそのシルヴィアの足に縋り、泣きそうな顔のミディアがいた。

「……」

 ミディアの危機察知能力は馬鹿にならないらしい。

 つい先ほどまで無人の通路だったのに、今では四、五人が二人の行く手を遮るかのようにたむろしていた。

「ひっひっひ、こんにちはお二人さん」

 彼らと目を合わさず、一歩一歩踏みしめるかのように進んでいた二人に対し、歯の掛けた男が前に出る。

「こんな場所で女二人とか危ないなあ、もしかしたら襲われるかもしれないぜ」

 ニヤニヤと、下卑た笑いを浮かべる男。

「離せ」

 シルヴィアはそんな男を無視しようとしたが、肩を掴まれたのでそちらを見るしかなかった。

「おお、これは活きの良い女だ」

 シルヴィアの凛とした眼光に一瞬怯んだものの、己の優位性を意識して余裕を取り戻す。

「ん~、良いねえ。あんたみたいなプライドの塊を前にすると興奮する」

 その笑みはまるで獣。

 とんでもない上玉を狙う野獣のそれである。

「そちらのお嬢ちゃんも可愛いねえ」

「ひっ!」

 声をかけられたミディアは肩を震わせる。

「俺は興味ないが、ザグなら大好物だろ?」

「おう、俺はもうギンギンだぜ」

 ザグと呼ばれた男は腕をぶんぶんと振るってアピールした。

「なあ、俺はもう待ちきれねえぜ」

「久し振りの女だ、しかもこんな美人さんとくりゃあ、な」

 ザグの言葉を皮切りに口口と欲望を声にする無法者。

 さすがのシルヴィアも顔を蒼くしてしまった。

「おい、お前等。こいつらは後で売るからな、絶対に殺すなよ」

 どうやら彼らはシルヴィア達を傷物にした後、奴隷として売却するつもりらしい。

 なるほど、彼らの表情は人間というより獣に近かった。

「さあて、一番乗りはまず俺か――」

 歯の抜けた男はそれ以上の言葉を続けることが出来なかった。

 何故ならその男の喉仏に深々とナイフが刺さっていたから

 脊髄まで達したことにより、歯の抜けた男は鬼畜の表情のまま絶命した。

「「「「……」」」」

 その場にいた誰もが、目の前に起こった出来事を信じられず呆ける。

 いや、誰もがではない。

 ただ一人、その所行を行ったミディアはカードを切る占い師のように淡々とナイフを取り出し、彼らの喉に命中させていく。

「……え!?」

 シルヴィアが正気を取り戻した時、その場に立っていたのはシルヴィアとミディアの二人だけだった。


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