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第1話 リヒテンラーデへの出張(出立前)

 「アレク、お前、来週ちょっくらリヒテンラーデまで行ってきてくれや」


 団長の執務室に呼ばれ、いきなりこんな事を言われた。

 まあ、全然驚きはしない。

 まず要点だけ言うのは団長のいつもの事だ。


「リヒテンラーデですか。この時期でのリヒテンラーデ行きという事は――開国祭ですね」


 団長が私の答えにウンウンと頷く。

「お前は話が早くて助かるわ。

 お嬢の初外遊じゃ。つうても青二才(アルベルト)とリンも行くで、家族旅行のようなモンじゃわ」

 

 なるほど、エリシア様にとっては、領主になって初めての外遊か。


「その初外遊に、執政官補佐のアルベルト様と、エリシア様が後見人を務めるリンちゃんも着いて行く――と」


 少し思案する。


「……独りで行くのは、だいぶ不安なのでしょうな」


 団長が私の指摘に笑いを浮かべた。


「お嬢もまだまだ16の娘っ子じゃっちゅう事じゃろ。大目に見たれや」


 まあ、気持ちはわかる。

 祭りとはいえ、国王との謁見式などは相当な緊張の場だろう。

 独りぼっちではなにかと心細いか。


「アルベルト様とリンちゃんがご一緒であれば、淋しくないでしょうね」

 

「お前もイイ息抜きになるじゃろう。誰ぞ娘っ子連れて行ってこいや」


「女性の団員ですか……」


「おう、青二才(アルベルト)がな、お嬢も年頃の娘っ子じゃから、男の護衛だけではいろいろと憚る部分もあろうっちゅうてな。リンもおるで二人連れてけや」


 それは当然の配慮だ。

 さすがに年頃の女性に、男の護衛が四六時中付いて歩くのは無理がある。

 となると、人選をどうするか。


「わかりました。今日中に人選します。

 しかしそうなると2週間ほど不在になりますが……」


 代務者は一応いる事はいるが、代行決裁の権限はない。

 つまり―――


「なんじゃい、なんじゃい。

 心配すな、ちゃ〜んと書類仕事もやっとくわい。気にせんで行ってこいや」


 団長……

 あなた、いつもそう言ってますケド……


 毎回、休暇や長期出張から戻ってきた私を襲う、あの惨状(残務の山)を心に浮かべて、苦々しく笑い、団長執務室を辞去した。



       ❖   ❖


 

 さて、誰を連れて行こうか……。


 自分の執務室に向かいながら、私はいろいろ人選を考えていた。

 

 エリシア様は16歳、リンちゃんは……7歳だったかな。

 歳はエリシア様と近い方がよかろうが、10代の新米では護衛としてはまだまだ……。


 リヒテンラーデは商業立国だ。  

 開国祭期間中の王都は、とにかく賑わう。

 喧騒に紛れてのスリや窃盗、酒やギャンブルでのトラブルが溢れかえる。

 そういう面の対処に強い女性騎士となると……。


 そんな事を考えながら部屋の前まで来ると、廊下を歩いて来る者がいた。


「あ〜、副団長、いたいた〜」


(……ルナか)


 カキッ、カキッ、カキッ……


 この娘は……また胡桃をカキカキと……


「ルナ、またおやつか、胡桃は食べ過ぎるとーー」

 バキバキバキッ……  

 

 言ってるそばから握り潰したか。

 さすが『剛拳』、たいした握力だ。


「え?なんか言いました?副団長」


 砕けた胡桃の中から実を摘んで口に運びながら、ルナがおおらかな笑みを返してきた。


 穏やか“そうな“物腰、常識人“みたいな“言動……。

 うむ……、一見すると思慮深い女性と捉えられる。

 一度単独でエリシア様の隣に立った時は、周囲から有能そうな女性執事と思われ、護衛の騎士団員と知れて驚かれたほどだ。


 なにより、彼女に武器は要らない。

 拳が、身体が、武器そのものだ。

 街なかでの護衛任務にはうってつけだ。


「……ルナ、お前、エリシア様たちの護衛としてリヒテンラーデ開国祭に行く気はないか?」


 ルナは、ああ、という顔をした。

 おや?もう知ってるのか?


「ああ、その任務ですね、私で良ければ喜んでお受けしますよ」


 やっぱりもう知ってる。

 なぜだ、早すぎる。

 

「受けてくれるか。助かる。

 だが、お前、なぜもう知ってるんだ?」


 ルナは胡桃の殻をゴミ箱に捨てながら、私に返してきた。


「団長がさっき吹聴して回ってましたよ。

 アレクがリヒテンラーデにアソビに行くぞ〜、先着2名様ご招待じゃ〜、外れたヤツは土産買ってきてもらえるようしっかりアピールしとけ〜って。

 みんな大騒ぎでしたよ。

 特に約1名……

 だから探していたんです」


「な、なに!?団長が吹聴……!」


「はい、どっかに隠れたほうが――

 ……あ……、ダメだ……手遅れデスね」


 ヒュッ!


「!!」


 カッカッカッ!


 空気を切り裂き、ドアノブに3本、中指ほどの長さの太い針が刺さった。


(宵針か!)


「副団長ーーーーーーー!!」


 ロッテだ!スゴイ勢いで走ってくる!


(クソッ、コレを1番避けたかったのにっ!

 団長……!なんてコトをっ!)

 

 ロッテの特性ーーそれは執着だ。

 この『宵針』もそう。

『コレを投げて、狙い通りに刺す。うん、カッコいい。できるようになりたい』

 そんな執着のもと、研鑽を重ね、そして成した。


 その恐るべき執着が、今向かっているのが――


「副団長!連れてって下さい!私を一緒に!エリシア様と一緒に!リヒテンラーデ旅行!副団長!旅行!エリシア様と一緒に!!」


 エリシア様に対してだった。



       ❖   ❖


「指名して下さい!必ず!絶対ですよ!指名してくれないと!あなたをナキモノにーー!」


 などと物騒な事を喚きながら、ロッテは「やれやれ、またか」顔のルナに羽交い締めにされて連れて行かれた。

 できればロッテは、これを知られる前にどっか遠くに出張を命じて、遠ざけておきたかったのだが……。


 執務席に座り、即席の候補者名簿を見つめ、そして天を仰ぐ。


 開国祭は、初日の式典と最終日の舞踏会以外に公式催事はない。その間はほぼ市中観光になる。

 そうなると、やはり街なかでの護衛が主体か。

 さりげなくそばに寄り添い、街なかのトラブルに秘密裏に対処する……。

 ルナは適材、決まりとして……。


 ロッテ……か。


 ヒゲを撫でながら思案する。


 基本的に彼女も“平時“は穏やかな女性だ。

 人当たりもいいし、周りへの気配りもちゃんとできる。

 おかしくなるのは、自分が執着する対象に対してだけだ。


 今回はエリシア様の護衛任務。

 しかも行程日数10日超。

 

 つまり―――


 彼女にとっては、10日を超える『エリシア様とのお泊り会』!


 無下に断ったら、ソレこそ――


(指名してくれないと!あなたをナキモノにーー!)


 あの去り際の呪詛が現実味をオビる。


 だが……、見方によっては……

 コレは悪くない。


 街なかの護衛だ。武器携帯はなるべく避けたい。


 その点ルナは合格。なにも持つ必要がない。


 ロッテはその真逆だ。


 『暗器姫』


 この二つ名の通り、ロッテは身体中に暗器を仕込んでいる。


 だが、傍目からはそれが見えない。

 彼女の隠密性は希少であり貴重だ。


 それに彼女のエリシア様への執着は、危険察知能力として転用できる。

 エリシア様にそんな意図が向けられたら、彼女はすぐに察知し、対処するだろう。


 ルナが表の抑止、ロッテが裏の察知。

 街なかでは、この組み合わせが最も穴がない。




 ……アリか……



 トラブルがなければ問題はない。

 トラブルがあったとしても、あのふたりならば護衛の任は十二分に果たせる。


 過失には寛容。

 悪意には苛烈。


 相手が前者ならば不問に伏すし、後者なら多少やりすぎても構わない。


 そのあたりの選別能力はキッチリ備えている。

 心配な点がないわけではないが、護衛としては優秀な団員だ。


(いいだろう……)

 

 私は候補者名簿のふたりに、赤マルを付けた。


 







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