鴨川デルタの戦い 2
『その声は賀茂さんですか? 莵道さんと無事に合流できたんですね。よかった~』
スピーカーモードの莵道のスマホからは、狸塚の安堵した声が聞こえてくる。その画面には紬のよく知る名前がずらりと並んでいた。突然差し込んだ一筋の光明に、紬は興奮を隠し切れずに答える。
「はい! こちら賀茂です! みなさんご協力ありがとうございます!」
すると、目付け役たちの、「いえいえ~」「気にすんな!」「お礼なんていいのよ!」という声が次々に返ってきた。莵道は優しく微笑みながら、スマホに口を近づけて言う。
「じゃあ、みなさん引き続き、捜索状況を報告してくれるかしら?」
『は~い』
『了解でーす』
スピーカーから流れる声を聞くと、紬の脳裏には声の主の姿がありありと思い浮かぶ。陰陽師協会に就職してからわずか半年足らずで、自分はこんなにたくさんの目付け役と知り合っていたんだという驚きと、彼らの応援を一身に受けている心強さに、紬は胸が熱くなるのを感じた。
『えー。こちら烏番。鞍馬の烏天狗は邪気を感知していないようだ。どうぞ』
この若い男性の声は、古武道の達人の烏丸さん。
『こちら牛番! 北野天満宮付近に目撃情報はなし! どうぞ』
この野太い声はボディービルディングが趣味の牛島さん。
『猫番です! 檀王法林寺の子たちは知らないみたいだから、三条大橋方面には来ていないかも! 他のところにも聞きに行ってみます!』
女子大生目付け役の猫宮さん。
『わしじゃ! 亀番じゃ! 松尾大社の亀どもはそれらしいものを見てないそうじゃぞ!』
お酒大好きおじいちゃんの亀岡さん。
『うち栗鼠番~。平野神社の神使ちゃんたちに聞いてみたけど、さっぱり心当たりがないって~』
ギャルの野栗鼠さん。
『ね、ね、鼠番だよ! 大豊神社の近くにはいないみたい!』
小学生の鼠田くんの声まで聞こえる。
そして、ついに――。
『こちら鳶番! 下鴨神社の金鵄(金色の鳶)が、鴨川デルタで邪気に染まった妖狐を見つけたらしいよ! 早く行ってやりな!』
ロッカーの荒鳶さんから、決定的な情報が飛び出した。
「鴨川デルタ!?」
紬は莵道と顔を見合わせる。鴨川デルタとは、賀茂川と高野川が合流する地点にできた三角地帯のことだ。川に挟まれた何もない場所のように見えるが、実はドラマやアニメの聖地として有名で、立派な観光地の一つとなっている。
「くそっ! あんな街中で事を起こされたらとんでもないことになるぞ! しかも、今夜は五山の送り火がある! あの辺りには見物客が大勢集まるんじゃなかったか!?」
「あっ! 確かに……!」
喬の指摘に、紬はぞっと肝が冷えるのを感じた。「果たして、あなた方はタイムリミットまでにこの計画を止めることができるでしょうか?」という捨道の嘲笑が聞こえるようである。
大文字の点火は午後八時だ。日が暮れてからはいくばくの猶予もない。紬は黄昏の空を見上げてギリッと歯切りした。
「急がないとまずいですね! 早く車に戻りましょう! 狐坂さん!」
紬はそう言って喬の腕をつかむ。
「きっと岡丸ちゃんを助けてあげて! 勝利を祈ってるわ!」
『頼んだぞ! 陰陽師!』
『頑張ってください!』
『やっちまえー! 絶対に負けるんじゃねえぞー!』
莵道に続き、彼女のスマホから一斉に目付け役たちの力強い激励が響いた。紬は胸ポケットに入った御守りを握りしめて頷く。
「みなさん、ありがとうございます! 行ってきます!!」
そして、紬は喬とともに、来た道を鳥居に向かって猛然と駆け戻ったのだった。
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