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狸谷山の一大事 7

 階段が途切れて開けた空間に出ると、向かって左側の斜面からせり出すように建てられた懸崖造りの本堂が目に入った。格子状に組まれた柱に支えられたその威容は圧巻で、紬はつい目を奪われそうになる。しかし、妖狸たちは本堂に近い階段には向かわず、遠回りの道の方に彼女らを案内した。


「あっちじゃ! あっちじゃ!」

「来て! 早く早く!」

「小さな滝のそばだよ!」


 妖狸たちに急かされてそちらに向かうと、果たして「宮本武蔵修行乃瀧みやもとむさししゅぎょうのたき」と刻まれた石碑の近くに倒れている一人の若い女性の姿が目に飛び込んでくる。


「狸塚さん! ご無事ですか!?」


 紬は慌ててそちらに駆け寄り、彼女を助け起こした。


「ああ……。賀茂さん……」


 血の気のない顔で弱弱しく返事をする狸塚。

 よかった。まだ意識がある! 紬は胸をなでおろし、狸塚の額に慣れた手つきで霊符を張り付けた。


「もう大丈夫ですよ! 今すぐ呪いを解きます! ――って、アレ?」


 ところが、そう言うなり、紬は驚いてピタリと動きを止めた。

 おかしい……。すでに呪いが効力を失ってる!? 紬が瞠目すると、狸塚はふにゃっと力なく微笑んで再び口を開く。


「ありがとうございます~。でも、ついさっき、試しにお不動さんの真言を唱えてみたら、呪いはきれいさっぱり消えてくれましたのでご安心を~」

「お不動さんの真言……? ああ、なるほど! その手がありましたか!」


 紬の表情が困惑から納得に変わった。「真言」とは仏教で用いられる呪文の一種である。そして、ここ狸谷山不動院は、その名からも分かる通り、不動明王を祀っている寺院だ。だからこそ、不動明王の真言が呪いの特効薬として機能したのだろう。

 妖狸たちは狸塚を取り囲み、「苦しくない?」「体調は戻った?」としきりに心配して声をかけている。狸塚はその場に座り込み、彼らの頭を順番に撫でながら言った。


「もう平気だよ~。みんな助けを呼びに行ってくれてありがとうね~」


 それから、狸塚は改めてこちらに視線を戻すと、不安げな顔でこう尋ねてくる。


「――ところで、私に呪いをかけてきたあの犯人は捕まったんでしょうか~」

「ああ……。実は、そのことなんですけど……」


と、紬は自分の不甲斐なさに負い目を感じながら手短に事情を説明した。狸塚はたちまちびっくり顔になり、咄嗟に腰を上げようとしてよろめく。


「それは大変です! 私に構わず、お二人は急いで山を下りてください~! 私は自力で帰れますから~!」


 狸塚は再びその場にへたり込んでしまったが、彼女を助け起こそうとする紬に離れるよう手振りで伝えてきた。紬は心苦しい気持ちで身を引いて、ぺこりと頭を下げる。


「すみません! では、私たちは先に行きます! なにかあったら電話してください!」


 そう言って、紬はすぐさま踵を返して歩き出そうとした。しかし、喬はさっとこちらの進路を手で遮って制止するなり、


「待て! その前に、陰陽師協会のメンバーに注意喚起をしておいた方がいいんじゃないか?」


と指摘してくる。


「あっ! 確かに! おっしゃる通りですね!」


 紬はハッとして彼の意見に同意し、そそくさとポケットからスマホを取り出して起動した。だが、その瞬間。紬は予期せぬ事態に目を見開いて固まってしまう。


「……ん? どうした?」


 喬も怪訝そうな表情を浮かべ、彼女の手元をのぞき込んで絶句した。

 黒い霧だ。黒い霧が紬の手帳型スマホケースからたなびいている。それは本来カードを収納するポケットから流れ出ているようだ。

 紬は震える手でポケットの中から狐型の紙を取り出す。それは他でもない、紬が岡丸の身代わりとして肌身離さず持ち歩いていた形代であった。しかし、今やその紙面は煤で汚れたように黒ずんで見える。

 ――紬の脳裏に思いつく限り最悪のシナリオが浮かんだ。


「岡丸! 岡丸!? どうしたの!? 岡丸! 返事して!!」


 紬は必死の形相で形代に呼びかける。すると、苦しそうな岡丸の声が、耳障りなノイズとともに、途切れ途切れで彼女の耳に届いた。

 

「あ……。つ……ム……。タ、す……ケ……」

「岡丸っ! 岡丸っ!?」


 紬は形代を口元に近づけて叫ぶ。しかし、次の瞬間、形代からブワッとひときわどす黒い霧が噴き出したかと思うと、岡丸の声はピタリと止んで聞こえなくなってしまった。紬が形代を確認してみれば、それはもはやただの狐型の白い紙に戻っている。


「形代の『容量オーバー』ってやつだな……。本体の妖力を、身代わりが繋ぎとめておけなくなったんだ」


 喬が険しい口ぶりで呟いた。

 

「狐坂さん! これって、まさか……」


 紬は蒼白な顔で喬を振り返って言う。


「ああ……」


 喬は頷いた。


「――間違いない。捨道の真の狙いは、みなしごの妖狐と殺生石の欠片を使い、九尾の狐を現世に復活させることだったんだ」

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