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新米陰陽師と怠惰な狐番 1

 妖怪。

 それは、いにしえより日本に息づく、なんとも不可思議でユーモラスな存在。

 時に人を困らせたり、助けたりするが、基本的には毒にも薬にもならない気まぐれなやつらである。

 しかし、だからこそ、妖怪による被害を未然に防ぐには、平時から誰かが彼らの動向を監視していなければならない。

 その仕事を代々受け継いできた者たちのことを「目付け役」と呼ぶ――。


 ***


 京都市上京区の丸太町通沿いに立ち並ぶ、二条城にほど近いビルの地下に、「陰陽師協会京都本部」はひっそりと事務所を構えていた。

 陰陽師協会は、かつての律令制において陰陽道をつかさどっていた役所「陰陽寮」を前身とする公的な組織である。しかし、その存在は一般人には明かされておらず、協会所属の陰陽師たちは、妖怪が引き起こすトラブルを秘密裏に解決し、地域の安寧を守り続けていた。

 だが、それは協会が表立った求人をできないということでもあり、近年は陰陽道の聖地である京都の本部でさえ、深刻な人手不足に悩まされている。だからこそ、二十二歳で京都本部に入所した賀茂(かも)(つむぎ)は、期待の新人として熱烈な歓迎を受けたのであった。

 新年度の入所初日など、


「万歳! ついに『動物の怪係』の欠員が埋まるぞ!」


と、総勢四名の先輩陰陽師たちから大きな拍手で迎えられ、びっくりした紬は事務所の入り口で固まってしまったほどである。

 ちなみに、動物の怪係というのは、文字通り、動物系の妖怪を専門とする係という意味だ。妖怪はその性質により、人間の怪、動物の怪、植物の怪、器物の怪、自然物の怪の五分類に大別されるが、どの分類の妖怪と相性がいいかは陰陽師によって異なるのである。

 紬は幼い頃から動物が好きで、妖怪の中でも特に動物の怪の扱いに秀でていた。そのため、十年以上も動物の怪係が不在だった京都本部にとっては待望の人材だったのである。

 だが、それは同時に、紬が京都本部でたった一人の動物の怪係として、即戦力になる必要があるということを意味していた。

 ゆえに、紬は入所直後から、桜が舞い散る京都の町を、東奔西走する羽目になってしまったのである。


 ***


「ふー……。いきなりこんなに忙しくなるなんて、思っていなかったなあ……」 


 京都市左京区北白川。とあるマンションの来客用駐車場に車を停め、紬はため息交じりに独り言をこぼした。

 フロントガラスの向こうには、毎年八月十六日に大文字の送り火が灯されることで有名な如意ケ嶽が、晴れ渡った空を背にそびえたっている。

 バックミラーに映っているのは、きっちりとスーツを着込み、黒髪をポニーテールにまとめた紬自身の姿だ。現代の陰陽師が狩衣のような装束を着ることは滅多にない。一般人を相手にする時は、「みなし公務員」の身分を前面に押し出し、陰陽師であることを隠すことが多いので、こっちの方がなにかと都合がいいのである。


「くー。さすがに張り切って依頼を引き受けすぎたかも……。明らかに新人が担当する仕事量じゃないよ~」


 紬はゴンと額をハンドルにぶつけて呻いた。しかし、言葉とは裏腹に、その口元には抑えきれない笑みが浮かんでいる。

 充実感。彼女の胸中を一言で表現するなら、これに尽きるだろう。

 紬は物心がつく頃から実家で陰陽師の訓練を受けてきたので、やっと念願の動物の怪係として、自分の能力を遺憾なく発揮できるのが嬉しくて仕方ないのである。


「ま、体力にはまだ余裕があるし、午後も頑張ろう!」


 紬はすぐに顔を上げて気合いを入れ直すと、バッグの中からタブレット端末を取り出して起動した。


「あと残りの依頼は何件だっけ? 陰陽師協会データベースに接続――っと」


 そう呟きながら、協会所属の陰陽師の間でオンライン共有されている依頼の一覧を端末に表示する。

 十インチの画面でも収まりきらない長大な表を細かい文字で埋めているのは全て、陰陽師協会が年中無休で受け付けている妖怪絡みのトラブルに関する依頼だ。その数は、京都市内だけで五十件はくだらない。

 もっとも、依頼は妖怪の五大分類でソートされていて、さらに絞り込むことができるようになっている。今のところ紬が担当しなければならないのは、このうち動物の怪に関する六件だけだった。少ないようだが、依頼は連日のように舞い込むため、なかなかゼロにはならないのが実情である。


 また、一覧には依頼主の情報も併記されており、これは行政機関や、陰陽師協会の存在を特別に知らされた市民の名前になっていた。こうした市民の多くは、「陰陽師ではないが妖怪は見える」という体質の人たちである。その中でも、目付け役と呼ばれる者たちは、陰陽師協会に下請けとして雇われ、給料をもらいながら妖怪の監視に当たっているそうだ。


「陰陽師の仕事は目付け役との連携によって成り立っている」というのは、紬が京都本部の部長から聞いた言葉である。

 目付け役には、それぞれに専門の妖怪が割り当てられており、その妖怪の名前を冠してナントカ番と呼ばれる。河童専門の目付け役は河童番といった具合だ。目付け役は特定の妖怪のスペシャリストなのである。そのため、陰陽師は目付け役とタッグを組んで依頼に当たるのが基本となっていた。



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