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37話 武術大会


 通常の学業生活と放課後の軍事学研究会での訓練に、魔力操作の特訓が加わった日々が過ぎ、(こよみ)の上では完全に秋に入った頃。

 吹き付ける風に肌寒さを感じる曇空の下で、エミールは一通の手紙を読んでいた。

 風を避けるべく校舎の陰で目を通すそれは、騎士科の授業を終えた帰路に隠密ノワールがもたらした、セリアからの密書。以前に送り付けた軍事演習廃止への抗議、その返事である。


 エミールは読み進めていくうちに、表情が険しくなるのを自分でも感じた。それだけ酷い内容だった。


 抗議の書状では、大規模軍事演習の廃止によって、部隊間の連携や動員の訓練が行えなくなることによる軍の弱体化という、軍事学研究会でも懸念されていた点を重点的に説いていた。

 だが、その応答はてんで的外れにしか見えない代物である。


 セリア曰く、武術大会は優秀な人材を(すく)い上げ、また内外に武威を示すことで他国への牽制が(かな)う上に大幅な経費削減が見込める──とのことだが、それらに軍人が原則としている集団戦に絡んだ反論は欠片も無ければ、軍の弱体化への懸念に対する答えも見当たらない。

 エミールからすれば、既に銃が普及した世界へ古臭い一騎打ちを持ち込もうとするような錯誤的主張でしかなく、セリアの言い分はあまりにも見当違いとしか思えなかった。


 そんな返書の文脈から察するに、セリアはおそらくゲームストーリーのこともあって、人間同士の戦争より魔物との戦闘に意識を向け過ぎているきらいがある。

 それ故彼女は少数精鋭のパーティ形式が念頭にあり、隊列を組んでの組織的戦闘を軽視あるいは想定から外してしまうのだろう。無意識の内に。

 前世では同じ現代日本人であったとしても、軍人と大貴族がそれぞれ身に付ける常識の違いとその弊害が、ここにきて露わになった。そういうことだと、エミールは結論付ける。


 であるならば、しばらくはセリアと平行線を辿らざるを得ないだろう。密書のやり取りだけではただの応酬に終始してしまい、文章だけで建設的な議論などできようもなかった。少なくとも武術大会が終わるまで、顔を突き合わせる機会も暇も無い以上、どうにもならない。


「今は武術大会に専念するしかないか……」


 ため息と共にそんな諦めたっぷりの言葉が口を突いて出た。


 そして予想通り、セリアと顔を突き合わせる何の糸口も機会も無いまま、武術大会開催の日を迎えてしまう。


 本来なら王国軍の軍事演習が行われる予定だった初冬にて、王立学園を舞台に武術大会が開かれた。

 騎士科の訓練で使用される校舎裏の広場に、木造の客席と魔術によって土を陶器のように固めた闘技場が築かれた上で、客席の安全のために魔術で構築された防御障壁まで用意されている。


「何が経費削減だ、手の込んだ舞台作りやがって」


 軍事演習のために軍部へ回される筈だった予算の一部が注ぎ込まれたであろう立派な会場に、エミールは思わず吐き捨てる。

 対戦を待つ出場者が(たむ)ろする待機所には、エミールの他、同級の騎士科生徒が勢揃いしており、こぼれた言葉を耳にした軍人家生徒は同意の頷きを、騎士や貴族の出の生徒は不機嫌そうな尖った視線を返した。

 それらの反応をなんら気にすることもなく、エミールは片膝ずつの屈伸運動を始めて出場に備える。既に初年生同士の初戦試合が複数終わっており、そろそろ自分の出番も近い。

 また一つ対戦の決着が着いたらしく、まあまあな拍手が闘技場の方から聞こえてきた。同時に教師の一人が次の試合で対決する二人の名を呼ぶ。


「ジャネット・グラスィエル、エミール・セルジョン、こちらへ」


 教師に促されるまま待機所を出て闘技場へ向かう。土属性の魔術で作られたらしいコンクリート染みた無機質なクリーム色の通路を抜け、開放的な空間へと出た。

 まず目に入るのは客席を埋める人集り。学園生徒は勿論、教師や招待客など大人の姿も数多い。ふと目につくのは貴賓席と思しき、バルコニーの如く他より一段高い客席。大貴族や騎士団関係者であろう華やかな格好の人物が見える。

 その中に金髪を伸ばし黒いリボンで纏めた令嬢の姿もあった。セリアだ。鬱憤を込めてひと睨みしてから、教師陣より刃を潰した模擬戦用の武器を受け取り、正方形の大きな石畳が敷き詰められた舞台へ踏み入る。共に段上へ上がった対戦相手と中央にて向き合い、自身の得物である槍を握り直した。


 相対する相手は騎士科では数少ない女子生徒の一人。長い髪をポニーテールにして纏めている。

 彼女は細剣(レイピア)使いらしく、細い両刃剣を片手で顔の前まで持ち上げ、(きっさき)をこちらへ真っ直ぐ突き付けた。

 闘技場の舞台から離れた位置に立つ審判役の教師が、戦いの幕を切って落とす。


「始めっ」


 その声とほぼ同時に若き女性剣士が猛烈な勢いで突きを繰り出す。あまりの速さに一瞬反応が遅れ、手にした槍が持つリーチを全く活かせず、先制攻撃の機会を逸した。

 エミールは下げていた右足の(かかと)を左に大きく移動させることで、左足首を軸に体を回転させ、なんとか彼女の突きを避ける。

 同時にやや浮き上がる形となった槍を、そのまま相手の背中を打ち据えんと振り下ろした。が、それは呆気なく空を切る。エミールは即座に地面へ固定していた左足を魔力で強化し、思い切り後ろに跳ぶ。


「くっ」


 慣性に引っ張られた前髪の先を、唸る細剣(レイピア)が切り取った。はらりと数本の茶色い毛髪が舞う。

 両足で着地し、ずざざっと石畳の上を滑って跳んだ勢いを逃した後、体を起こして槍を構え直す。その時にはもう、対戦相手の女子生徒がこちら目掛けて突っ込んで来ていた。

 刺突の動きを取る彼女へエミールは先んじて槍を突き出す。両手で突進させられた上、左手の中を滑りながら右手で押し出された柄は、元の位置からかなり前進。槍術の持つ最大の間合いが発揮された。

 しかし、女騎士は頭を傾けるだけでこれを難なく回避。姿勢を低くさせて、潜り込むようにエミールの懐目掛け剣を突き付ける。


 ──そいつを待ってた!


 上半身の前面に魔力を集中させて膜を張り、胴体を守る胸甲と成す。恐ろしい速度で進む剣が魔力膜に突き刺さり、がしぃんと人体からとは思えぬ衝撃音を発した。


「いってえ……」


 魔力による防御によって、剣先はエミールの肉体に届かなかったが、その衝撃自体を完全には弾けず、ある程度をその身で受けた。それだけでも殴られたような一撃。しかし耐えられぬ程のものではない。

 口端を勝ち気に歪めるエミールは痛みに無視して、己の得物を相手の背中へ叩き付けた。今度は確かな手応えを感じる。一方でその感触があまりにも堅いことも両手に伝わった。

 強固な魔力の鎧、エミールの胸甲よりずっと厚いそれによって、何の痛痒(つうよう)も感じていないらしい女子生徒が、ぎらりと鋭い視線を飛ばす。


 ばしゃり。


 その顔面に文字通りの冷や水が浴びせられた。彼女は反射的に両眼を(つむ)る。

 先程の一撃を加えた直後に、右手より腰だめの早撃ちの要領で水の魔術を撃ち込んだエミールは、槍の柄から離していた右手を戻すと、槍を左肩へ背負うような形で振り回し石突側の柄を相手の顔に叩き付けた。

 そのまま振り抜いた後、続け様に石突を後頭部へ打ち付け、最後に槍を一気に引いて首元目掛け穂先を突き込もうと構える。が、突きを放つ直前に細い刃がエミールの右横腹を叩いた。


 全身を覆う魔力膜を維持していたために、無防備というわけではなかったものの、半ば不意打ちの反撃に姿勢を崩してしまう。体が左に浮こうするのを、たたらを踏んで耐えた。


「ちっくしょうめ……硬すぎる」


 初級とはいえ(れっき)とした攻撃魔術が、強固な魔力膜の前にはただの目眩しにしかならないことと、隙を突いた最高の状況で叩き込んだ連撃でさえ、十分な有効打とはならない現実に舌打ちをする。

 どの一撃でも石を殴っているような感覚ではあったが、やはり防御力が自分とは桁違いなようだ。


 崩れかけた体勢を立て直し、エミールは主導権を渡さぬよう次の行動に移ろうとする。ところが、それも横合いから来る細剣(レイピア)に機先を制された。


「がぁっ!」


 今度は(きっさき)が右の脇腹を突く。今までで最も重く、また激痛を伴う攻撃に、エミールの口から苦悶の声が飛び出した。

 加えて剣先が突然凍り付き、右上半身があっという間に氷で覆われ身動きできなくなってしまう。足こそ動かせるが、右腕はがっちり固められ、胴体は捻ることもできず、まともに戦うことは不可能な状態だ。


「そこまで! 勝者ジャネット!」


 決着の宣告が無慈悲にも響く──。

 多少の拍手と軍人家生徒と思しき嘆息の数々が会場をどんよりと覆った。


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