73話・ライゼリュート、あれ? 人生終わった?
その日、私、ライオネル王国冒険者ギルドギルド長ライゼリュートは急いでギルドへと向かっていた。
本日は各ギルドが集まり日々の収支などを報告するライオネル王国ギルド会があったために各種ギルドが講堂を借りて集まったのだ。
不安しかなかったが、この会合を休むわけにもいかず、上の空ではあるものの、なんとかギルド会議を乗り切った。
商業ギルド長が何度かチャチャを入れて来たが、こちらの反応が薄かったために諦めたようだ。
次に会った時が少々怖いが、今回はなんとか上手く切り抜けた。
問題は、帰ってからだ。
サテラに頼んではおいたが、果たしてちゃんと連絡がいっただろうか?
ペレーラはちゃんと話を聞いてくれただろうか?
もしも、もしも、扉を開いた時、居るならば、私の人生が、終わる。
頼む、頼むから居てくれるなよ?
サテラ。お前の給料弾むからちゃんと話しておいてくれよ。
神に祈りを捧げながらギルド長室の扉を開く。
「あら、ごきげんよう」
悪夢が、居た。
ギルド長室の来客用に設置された長椅子に座り、優雅にお茶を飲んでいる一人の冒険者。
冒険者でありながら侯爵令嬢。
冒険者服に身を包みつつも決して気品を失わない、齢8歳にして流麗な所作を身に付けた威厳ある存在。
こちらを見付け、軽い挨拶を行った少女は、眼光鋭く、邪悪な笑みを浮かべて見せた。
その笑みを見た瞬間、あ、私終わった。
と人生の終わりを悟った。
「も、申し訳ございませんッ!!」
即座にその場に伏して詫びる。
「へ?」 と変な声が聞こえた気がするが、もはやそんな小さな疑問などどうでもいい。
たかが平民の冒険者からの成り上がり風情が貴族を、あまつさえ侯爵家の御令嬢を呼び付け待たせるなどその場で無礼討ちされてもおかしくない失態だ。
幾らギルド長という肩書きがあろうとも、絶対に越えてはならない壁、やってはならないことがある。
それが、貴族を自分の居場所に呼び付けるという無礼。
自分から呼びだしてはならない、貴族に用事がある場合は先触れを出し、自分の方から訪問するのが礼儀であり、絶対不変の事実である。
「あ、あの? ギルド長……さん?」
「こ、このたびは愚かなる平民の分際で貴女様を呼び付けるなどという無礼、さらにギルド会議とはいえお待たせするような失礼を行ってしまい、誠に申し訳ございませんッ、なにとぞ、なにとぞ御容赦をををッ!!」
「……ライゼリュートさん? 何してるんです?」
この声ペレーラか。
くぅ、何も知らないのんきな声なのがイラつく。
お前のせいで、お前のせいで俺の人生はッ。
「えーっと、ペレーラさんでしたっけ、あちらの方は、なぜ謝っているんです?」
「さぁ? ついに頭がおかしくなってしまったのかも……あ、キーリちゃん、お茶追加するわね」
「あー、えっと。良く分かりませんが、お顔を御上げくださいな? 何故いきなり謝ることになったのか、しかも土下座なさる失態? 私にはギルド長さんが頭を下げるような……あ、もしかしてギルドカード発行ミスの話ですか?」
「発行ミスッ!? どういうことですかッ!? おいペレーラ、お前、まだ何かやらかしたのかッ!?」
「え? 私じゃないですよ? それにサテラがロゼッタさんのギルド証発行し忘れたことは既に伝えておいたでしょう?」
「あ、あの馬鹿、なんてことしてんだッ!? もういい、あいつは私もろともクビだ。せめてあいつだけでも道連れにしてやるっ」
「え? ちょっとライゼリュートさん、落ち付いてください。何があったか分かりませんが、ロゼッタさんの前で取り乱すのはどうかと」
「前だから取り乱してるんだぞッ! 侯爵令嬢だぞッ! なぜ呼びだしたんだ馬鹿ペレーラッ! 無礼討ちだぞ、私の人生が今終わったんだぞッ!!」
「はい?」
叫ぶ私を見ていたペレーラは、困ったようにロゼッタ嬢へと視線を向ける。
二人して小首を傾げて再び私を見た。
「あの、とりあえず落ち着いてくださいまし? なぜ私を呼び出すことで貴方の人生が終わるんですか?」
「え?」
「「え?」」
大丈夫……なのか?
本人は理解していないようだが?
いや、ここはごまかすより説明して……もしかして、生き残る道があるのか?
「と、とにかくライゼリュートさん、そんな場所で汚れてないで、一先ずこちらに座ってください」
ペレーラに促され、幽鬼のような足取りで私はロゼッタ嬢の対面に座る。
ロゼッタ嬢を見た瞬間絶望したので今まで気付かなかったのだが、ロゼッタ嬢の隣には魔族の少女が座ってお菓子をひたすら掻き込んでいた。
おそらくロゼッタ嬢の関係者だろう。
今回は紹介されない限りは放置しよう、藪をつついでオロチを出す必要はない。




