ノートを見せると、仲良くなれる……?
すでに、周りのグループ形成は終わっている。
女子は特に仲間意識が強いと聞くし、実際にはたから見ているとそう見えるので、今日初めて学校に来た春山が仲間に入っていくのは無理だろう。
そして、男子連中も、僕が貸したノートをずっと写している春山には声をかけづらいだろうから、彼女は孤立しているだろう。
つまりは、初日という、最も声をかけられやすく、かつ最もグループに入りやすいであろう日を、彼女は棒に振ってしまいそうだということだ。
このままいけば、彼女は教室、ひいては学校に居場所がなくなるだろう。
さてどうしたものか。
とはいえ、僕のように一人でいるのを何ら苦痛に感じない人間である可能性もある。
下手に口を出して嫌われるのも嫌だ。
どうしようか。
考え込むせいで、辞書に集中できない。僕は、一度辞書を閉じた。
春山はどのあたりの席に座っているのだろうか。
そう思い、教室を見渡す。
僕の席は教室の前の扉のすぐそばだから、振り返るだけで教室の全体が見渡せる。
だが、僕の視界に彼女は映らなかった。
「あれ?」
呟き、もう一度教室中を見渡す。
やはり、彼女はいない。
トイレにでも行っているのだろうか。
そう思って、前へ向き直った僕に、背後から声がかけられた。
「なにかあった?」
「いや、春山ってどのあたりの席だったかなと思って……」
と返事をしたところで気づいた。
先ほど見た時には、僕の近くに女子なんて、いや、そもそも誰もいなかったはず。
そして、この声には聞き覚えがある。
僕が一番最近話したクラスメイトの声。
つまりは彼女が、
「え、私の席なら真後ろだよ?」
そう、つまりは、彼女の席は、僕の真後ろの席だった。
しばらくすると、担任が入ってきて、朝礼があった。
その中で、春山は紹介され、自己紹介をした。
これで、数人が彼女に興味を持ってくれるかもと思ったが、僕の真後ろの席ということもあってだろうか、誰一人として寄ってこようとはしなかった。
やっぱり僕は話しかけづらいのか。
たしかに、冷静に考えてみれば、辞書を読むとか、もはや狂気の沙汰だからな。
そうだ。僕が近くにいるから寄りづらいというのであれば、僕は席を立っていればいいのではないか?
そう思い、僕は幼馴染達のいるクラスへ行くために、席を立った。
結論から言おう。僕が戻ってきても、彼女の周囲には何の変化もなかった。
ずっと一人で僕のノートを写している。
やばいぞ。このままでは、彼女もボッチ確定ルートだ。
そう思ったが、すぐに授業が始まってしまったので、何かを話すことはできなかった。
そもそも、そこまで親しくない相手に僕が話せようはずもなかった。
同じ部屋に二人きりにでもされなければ、僕が自分から話しかけることはないだろう。
だが、授業が始まって十分。
僕はとんでもないことに気が付いた。
ノートがない。
そうだ。僕は春山にノートを貸していたんだ。
まずいな。そのうち先生も気づくぞ。
話しかけるしかないか。いや、写している途中だったりしたら、彼女の授業進度がさらに遅れる事になってしまうな。
仕方が無い。
僕は、ノートを忘れてしまった時用に持ってきている白紙を取り出し、そこにノートを取り始めた。
「ごめんなさい! ノートを借りてること、完全に失念してた!」
おお、失念という言葉を日常生活で使ってるやつ、初めて見たかもしれない。
一コマ目の授業が終わると、春山が謝りながら僕にノートを返してきた。
「いや、別に大丈夫だよ。それより、今の授業は大丈夫だった?」
「う、うん。遠山君のノート、すごいきっちりしてたから……」
「それは良かった。ノートはどのくらい写せた?」
「現代文と古典は終わったよ」
「早いね。じゃあ、後は、数学Ⅰと英語、それに日本史と物理基礎かな?」
「うん」
「あ、そういえば、体育の用意持ってきた?」
「え、今日体育あるの?」
「知らないよなぁ。どうしようか。これは僕が貸すこともできないし……」
同じクラスで体操服を貸せば、僕が授業に出られなくなる。それ以前に、男子の体操着を着たいとは思わないだろう。
「あ、そうだ」
僕は、起死回生の一手を思いついた。
「どうしたの? 別に、体育なら今回は休ませてもらってもいいし」
「いや。大丈夫。僕にすでに貸しを作りまくってるやつがいるから。あいつになら借りられるよ。他クラスだし。ああ、もちろん、春山が良ければだけれど」
「アカリ、体操着を貸してくれないか?」
僕の幼馴染共は、毎日のように僕に教科書類を借りに来る。
中学の時からだ。それに慣れすぎて、最近では、何も言わずに僕のロッカーから教科書類を持っていくこともしばしばだ。
だから、向こうも貸してくれるだろうと思ったが、
「は? 何女子に服借りようとしてんの? 変態。てか、借りるならカズ君のでいいじゃない」
言葉と一緒に、拳が飛んできた。
それを頬で受け止めつつ、僕は悟った。
彼女は、僕が自分で使うと思ったのだろう。
いくら何でも言葉が足りなかった。
僕の言葉が聞こえていた全員が、僕を白い目で見ている。
「ああ、悪かった。言葉が足りなかった。この春山に貸してやってくれってことだ」
釈明。
「ああ、それなら最初からそう言いなさいよ……。別にいいけど、そのことそういう関係なのか後で教えなさいよ? 昼休みの時にでも」
というわけで、僕は、幼馴染である前山朱莉から体操着を借りてくることに成功し、春山は三時間目の体育に出ることができた。
「ありがとう。助かったよ……」
「いや、お礼なら、アカリに言ってやってくれ。大丈夫。幼馴染以外には優しい……、はずだよ」
「うん。もちろんだよ。でも、いろいろして貰っちゃったし、遠山君にも何かお礼がしたいな」
「いや、別にいいよ」
と、言ってから、僕はこの一週間の懸案事項を思い出した。ついでに、今日の懸念事項も。
「春山。本は好か? 本じゃなくてもいい。文章は好き?」
「え、うん。まあ、好きかな」
「よし、じゃあ、文芸部に入ってくれない? 実は、人数が足りていないらしくて、このままだと、廃部らしいんだ」
「別にいいよ。文化部に入ろうと思ってたところだし」
「悪いね。ただ本を読むだけの部活なんだけど……」
「全然いいよ。むしろ、あんまり大変そうなのもあれだしね」
「それはよかった」
そう、教室に居場所を作るのが絶望的なら、教室外に、彼女の居場所を作ってやればいいのだ。
こうして、僕の懸念事項は、二つとも解決したのだった。
一日が終わる気配がない……!
あ、彼らの学校は、一日七限授業です。
部活での様子は、シリーズの他作品をお読みくださいませ……。