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陽だまりの輪

ロアル村近辺の土地に住み着く魔物・ホロの女王が「ルイーネ」という名前を得てから60年以上が経過した。村の職員の一員のような立場となり、村内の監視や図書館の管理などの仕事にあたるようになってからもう随分経つが、未だに他人から言われることがある。


「ところでさあ。ルイーネってぶっちゃけ、オズのことどう思ってるの?」


秋から冬の変わり目の時期に、ティーナにもこう言われた。図書館の中で他の作業にあたっていたレティタとシャドウがこちらに視線を向ける。これは様々な人から散々言われ続けていることなので、もはや溜息をつく気力すら沸かない。この言葉の指す意味は、「ルイーネはオズのことを恋愛対象として見ているのか?」という意味が7割、「オズと一緒にいて気が滅入ることは無いのか?」が2割、残りの1割はその両方だ。ルイーネはティーナに見向きもせずに淡々と答えた。


「どうって、オズさんはいつもだらしないですねえって思ってますよ」


「そういうことじゃなくてさ。その、オズとルイーネって随分長いことこの図書館に一緒にいるみたいじゃん。そのー、ちょっとくらいこう、気になったりとかしないの?」


恋愛話好きの若い女の子は特にこの話によく食いつく。これは「ルイーネ」としての器に小悪魔の少女の姿を選んだせいもあるだろうが、同時にオズの外見のせいでもあるのだろう。


「恋愛云々の話でいきますと、オズさんとはそんな関係ではないですよ。はっきり申し上げますと、そんな関係ではないから、これだけ長く続くんです。わかりますかね」


ティーナは眉間に皺を寄せながら首を傾げた。ルイーネは少しその様子を見て笑う。ティーナはキラやゼオンと比べると内面は大人びているが、こういう感覚を理解できないところはまだまだ子供だ。「共に生活している=相手を恋愛対象として愛している」以外の可能性を想像することもできていない顔をしている。


「あはは、ティーナさんにはまだ難しいですかね」


「むっ、なんか子供扱いされてるみたいで腹立つな」


「若いって素敵ってことですよ。ティーナさんはもっと色々な恋をするといいと思います」


ティーナはぶすっとした顔をしたまま眉間に皺を寄せていた。ルイーネはニコニコ笑いながら、ホロにお茶を淹れさせてティーナに差し出した。ティーナはぶすっとした顔のまま、音をたてて紅茶を飲み干した。今日は偶々オズが村長に呼ばれて外出している。たまには、ティーナの話に付き合ってあげるのも悪くはないかもしれない。

すると、話を聞いたレティタとシャドウが近寄ってきた。


「ははは、ルイーネってば、またそういうこと言われてるのね」


「なんだ、なんの話だぁ?」


「あれよ、シャドウ。ルイーネがオズのこと好きなんじゃないかって話」


「あーそれか。ルイーネ、それ100万回くらい言われてるんじゃないか?」


すると、ティーナは眉間に皺を寄せたまま言った。


「またって……やっぱりあたし以外にも同じこと思う人がいるってことじゃん」


「みたいですね。なんでそんなこと考えるんでしょうね?」


ルイーネが首を傾げると、ティーナは溜息をついた。


「だって傍から見てると、どうしてルイーネみたいな良い子があのクソヤロウに従順なのか不思議で仕方ないんだよ。さっさと逃げちゃえばいいのにさ。だからさあ、オズのことが好きになっちゃったから離れられなかったりするのかなーとか、想像しちゃったわけよ。ほら、あいつ、顔だけは良いし」


その話がおかしくて、ルイーネは思わずまた笑ってしまった。無関係の第三者から見ると、どうやらルイーネは傍若無人なオズに振り回されて、従わされている哀れな被害者に見えるようだ。……実際に枷を付けて相手を縛り付けているのは、ルイーネのほうだというのに。すると、レティタが苦笑いしながら言った。


「言っとくけど、ティーナ。ルイーネが『従順』って認識だけは改めたほうがいいわよ」


「そうなの?」


「そうそう」


ルイーネはニコニコ笑ったまま、反論はしなかった。すると、シャドウが身を乗り出して言った。


「恋とかはよくわかんねーけどさ、たしかにオズはかっこいいよな!」


「まあたしかに、オズさんが村の若い女の子の初恋を掻っ攫った挙句、幻滅させていくところを何回か見たような気がしますよ。背は高いですし、顔は整ってるほうでしょうし、あれでも一応女の子には気を遣いますし。レティタさんとか、そういう人の一人だったんじゃないですか?」


ルイーネがそう言うと、シャドウが口をあんぐり開けてショックを受けていた。レティタは即座に激しく否定した。


「違う違う! 確かに最初来た頃は一瞬だけオズのことかっこいいだとか思ったけど、単純に顔が綺麗だと思っただけで、恋愛って言うほど本気じゃなかったわよ。すぐ中身もわかっちゃったし! もうルイーネ、30年近く前のことでしょ。あまり勘違いさせるようなこと言わないで!」


「あれ、そうなんですか。それは失礼しました」


ルイーネがわざとらしく謝りながら横目でティーナのほうを見ると、ティーナはレティタのほうを興味深そうな目で見ていた。どうやらティーナの興味はルイーネからレティタへと移ったようだ。長いことオズと共にいると、オズの悪癖をつい覚えてしまう。あんまり狡いことを覚えないように気を付けないといけませんね。ルイーネは心の中でそう呟いた。


「それにしてもさあ……30年って、みんな見た目はちっちゃくて子供みたいなのに、あたしより長生きなんだね」


ティーナはしげしげとレティタを見つめながら言った。


「まあ、そこは種族の違いのせいでしょうね。私たち、『小悪魔』なんて呼ばれてるけど、悪魔じゃなくて妖精族の一種だもの」


「妖精族かあ。あたし、妖精って全然馴染みがないんだよねえ」


「魔術師や天使悪魔とはかなり性質の違う種族だからね。魔力の豊かな土地じゃないと生きられないの。魔力が豊富な場所ならこういう若い姿のまま何十年も生きられるし、ヒトより長生きすることもあるけれど、魔力が枯渇すると数か月で死んじゃうのよ」


レティタが詳しく説明している横で、シャドウがぼそりと「マジかよ……知らなかった」と呟いていた。ルイーネが眉をひそめている横で、ティーナが震えあがる。


「ひえっ、知らなかった。そんな儚い種族だったとは……それなのにオズなんかにこき使われちゃって。もっとさあ、嫌なことは嫌って言ったほうがいいと思うよ?」


ティーナは心配そうな表情をしていた。その顔を見て、シャドウは少しムッとした表情になり、レティタは少し寂しそうに笑った。いつだってそうだ。オズの人柄は図書館の外の人にはなかなか理解されない。


「ティーナにはなかなか納得できないかもしれないけど……オズはあれでも優しいのよ」


「…………そうは見えないけど」


「まあ、それならそれで仕方ないけど。少なくともね、この世界での小悪魔……いえ、妖精族の社会的扱いをふまえると、この図書館の中って破格の待遇なのよ」


「そうなの?」


これにはルイーネも「へぇ」と声をあげた。ルイーネも器として小悪魔の少女の身体を使っているが、小悪魔の社会については正直なところあまり詳しくはなかった。


「そうなのよ。ティーナ。あなたたちが村に来たばかりのころ、図書館に妖精を入れた籠があった日のことを覚えてる? シャドウがイタズラして、妖精たちが籠から逃げちゃって、キラとゼオンが捜しにいった日のこと」


「ああー、そういえばそんなことがあったねえ」


「アレが、この世界の妖精族の『普通』の扱いなのよ。妖精族は、まずヒト扱いされてないの」


たしかに、随分前のことだがそのような出来事があった。たしか学校の授業で使うという妖精をしばらく図書館で預かっていたのだ。ルイーネにとっては小動物を預かっていたような感覚だったのだが、もしかするとレティタは同族を檻に入れて閉じ込めているような感覚だったのかもしれない。


「ヒト扱いされてない……まじか」


「そうよ。ティーナ、お店で小悪魔用の服とか食器とか売ってるの見たことある?」


「言われてみれば、無い……」


「でしょ。小悪魔や妖精なんて、基本的にペットみたいな扱いなの。けれど、オズはあたしたちのことをヒトとして扱ってくれるし、欲しい物を言えば買ってくれるし、こんな可愛い洋服だってオーダーメイドで注文してくれる。オズ自体が途方もない魔力を持ってるから、小悪魔が生きていくために必要な魔力も簡単に得られるしね。だから少なくともあたしは、オズには感謝してもしきれないのよ」


レティタが話している間、傍らでシャドウがどこか辛そうに俯いていた。シャドウは小さな手でレティタの指をぎゅっと握り、小さく頷く。


「俺も、そうだよ。レティタと理由はちょっと違うけど……オズには感謝してもしきれないし、俺はオズが大好きだ」


「えへへ、そうよね。オズがいると、毎日退屈しないしね」


二人の姿を見つめながら、ルイーネも思わず二人と一緒に笑っていた。二人がそう思い、オズと共にいてくれることは──きっとオズにとっても何よりも大きな救いになっていることだろう。


「ふふ、全く……オズさんってば、人たらしなんですから。あの人、嫌われる人にはとことん嫌われるけど、好かれる人にはとことん好かれるんですよねえ」


ルイーネがそう言うと、レティタがこちらに視線を合わせてウィンクした。三人の仲の良さを見ると、ティーナは少し困った顔をして肩を竦めた。


「うーん……みんながそれで満足してるなら、あたしがとやかく言う筋合いは無いんだけどさあ……やっぱ、あたしはあいつの良さなんてわかんないなあ」


「まあ、それはそれで仕方ないですよ。オズさんがだらしのないクソヤロウなのは間違いないですからねぇ」


「わかっていて一緒にいるってのが、尚更わかんないんだよなあ。あいつ、他人の感情も命も平気で駒にして弄ぶような酷いヤツなんだよ。赦せないとか思わない?」


ティーナは「ぶぅ」と頬を膨らませた。それを聞いて、ルイーネは「若いなあ」としみじみ思った。若い人は、清らかな聖人を好む。優しくて、倫理観に溢れ、笑い飛ばしたくなるような綺麗ごとを本気で実行しようとひた走るような人をもてはやす。そのような贅沢な若者と比べると、ルイーネはオズのことなど馬鹿にできないほどに汚れた人なのだろう。


「赦せない、ですかあ。正直申し上げますと、オズさんより胸糞悪い人なんてこの世にいくらでもいるので、今更気にならないんですよね」


「えー、そう?」


「そうです。ティーナさんも気を付けてくださいね。ティーナさんがオズさんに対して腹が立つのって、オズさんがわざとらしく悪ぶってくれているから気づきやすいだけですよ」


そう言うと、ティーナは少し機嫌が悪くなり、それ以降オズの話はしなくなった。結局のところ、オズのことを「赦せない」と言えるほど、この図書館の小悪魔たちは清らかな世界に生きてはいなかったのだ。


「でも私、ティーナさんのことがちょっと羨ましいですよ。私も一回くらい、あの憎たらしい顔に『ふざけんじゃねえ、クソヤロウ!』って怒鳴ってみたいんですよね」


「うわ、ルイーネがそんなこと考えてたとは……ちょっと意外。でも、たまにはいいんじゃない? 普段あれだけ振り回されてるんだもん。時々発散しないとやってらんないでしょ」


「ふふ、でも言えないんですよねえ」


「なんで? あんまり我慢しすぎないほうがいいよ」


ルイーネは「違うんですよ」と首を横に振る。


「ちょっと知りすぎたから、もうそんな無神経なこと言えなくなっちゃったんですよ」


そう、知りすぎた。オズの強さも弱さも、優しさも冷たさも、なにもかも。元々出会った時からオズとルイーネは「類まれなる力を持ち、自分とは違う世界の存在に焦がれる者同士」という共通点を持っていた。そのためオズが多くを話さなくても、ルイーネはオズの心中を察し、共感できてしまう──そのようなことがよくあった。きっと、オズも似たような経験があるのだろう。長く共に過ごしていれば尚更だ。


「ああ、でも……ここ十年くらいは、オズさんが何を考えているのかわからないことが増えましたね。それはちょっと、心配です」


すると、ティーナは急に黙り込んで少し俯いた。


「もしかして……それって、セイラとかにも何か関係ありそうなことだったりする?」


「え、なぜそんなことを……?」


「あー、いやぁ、ちょっとね……」


ティーナは視線を泳がせながら曖昧な返事を返した。もしかすると、キラやセイラがその話題に触れたことがあるのかもしれない。


「うーん、やっぱり一度くらいガツンと問いただしてみたら?」


「これが、言っても話してくれないんですよねえ。するりするりとかわされちゃって」


「うわ、あいつらしいや」


「ですから、こればっかりは待つしかないのかなって思ってます」


ティーナは納得できていない顔でぶすっと黙り込んでいた。きっと彼女には理解できないだろう。まだ自分の限界を知らない若人の顔だ。こういう若者の顔を見る度、ルイーネは少し自分の年齢を感じて溜息をつく。悲しいことに、年を重ねると何かを試みる前から自分の限界のおおよその目安がつくものだ。きっと、オズが同じ立場になったならば、こういった若者の若さに目を輝かせ、ニコニコ笑いながら年長者面で相手をからかうのだろう。そういった喜びを見出せるあたり、オズもまだまだ子供かもしれない。けれど、ルイーネはそうではない。少し寂しそうに笑いながら、ティーナに言った。


「ティーナさんもきっと、大人になったらわかりますよ」


「大人」という狡い言葉を持ち出して、ルイーネは少しだけ意地悪を言った。





ティーナが帰った後、返却済みの本の整理をしていた時のことだった。唐突にレティタが不満そうに口を尖らせて声をかけてきた。


「それにしても、ルイーネ。あれはちょっと意地が悪いんじゃない? 最近ちょっとオズに似てきたわよ」


「はい? あれ、とは?」


「もー、惚けないでよ。あたしがここに来たころ、オズが好きだったんじゃないかとか言い出したやつ。急にあんなこと言い出したの、ティーナの気をそらしたかっただけでしょ。違うってわかってるくせに、変な誤解を招くこと言わないでよ!」


レティタは眉間に皺を寄せながらちらちらとシャドウのほうを横目で見ていた。たしかに、これは少し意地悪をしすぎたかもしれない。


「あははー……たしかにそうですね。すみませんでした」


「もう、らしくないわよ。あんなつまらない意地悪するなんて」


「あははー、すみません。オズさんってほんと誤解されやすいんだなあと思って、少し後ろめたくなっちゃいまして……」


「はあ、それはたしかに……オズはもう少し外面良くしたほうがいいわよね。ちょっとはこっちの心配をわかってほしいわ」


二人がそう話していると、シャドウも作業の手を止めて話に混ざってきた。


「俺も、オズが悪く言われるのは悲しいぞ……」


「そうよねそうよね。やっぱり、大事な仲間が悪く言われるのは悲しいわよね」


レティタはそう言いながら、シャドウの頭をぽんぽんと撫でた。二人の様子を見て、ルイーネもうんうんと頷いた。


「ふふ、やっぱり、みんな仲良しが一番ですよねえ。お二人がそう言ってくれるなら、きっとオズさんも喜ぶと思いますよ」


ルイーネの言葉を聞いて、シャドウは嬉しそうにニカッと笑った。シャドウは本当に幼くて無邪気なので、反応一つ一つを見ているだけで微笑ましい気分になる。シャドウの実年齢を聞いたことはなかったが、性格や立ち振る舞いを見る限り、ティーナたちと同じか、それより幼いのではないだろうか。

その時、出入口の扉が開き、オズが帰ってきた。


「ただいまー、俺様のお帰りやで。ほなお前ら、さっさと一人一枚皿持ってこい」


「もう、オズさん。帰ってくるなりどうしたんですか」


ルイーネがそう言うと、オズはニヤリと笑いながら紙袋をテーブルの上に置いた。何やら甘くて香ばしい臭いがする。その臭いを嗅ぎつけたシャドウが早速目を輝かせた。


「おやつ! おやつだな!」


「せやで、おやつや。ペルシアから貰ってきたんや。今日のはすごいでー、おもろいでー」


「そうなのか!? 何がすごいんだ!?」


シャドウはぴょこぴょこ飛び跳ねる姿を見て、オズは嬉しそうにニヤニヤ笑いながら袋を開いた。


「それはな……なんと! 魚の形なんや!」


「魚! まじかよ、スッゲー!」


「せやろ、よう見とき。これがタイヤキっちゅう魚の菓子や。じゃーん!」


「スゲー! ほんとに魚の形だ! はじめて見た!」


オズとシャドウは両手にタイヤキを持って満面の笑みを浮かべていた。ルイーネとレティタは同時に頭を抱えてうなだれる。


「男って……」


「バカしかいないんですかね……」


すると、オズはムッとした顔をしてタイヤキを一匹手に取り、熱く語り出した。


「なんやお前ら、つまらへんやつやなー。魚やで、菓子が魚の形しとるんやで。これは極東地域の伝統的な菓子でな、豆を潰してあまーく煮たアンコとかいうのが入っとるんやで」


「はいはい、オズさんがいい年してお魚さんに大喜びするバカだということはよくわかりました。お茶淹れてきますから、大人しくしててください」


「いーや、お前はこの素晴らしさをなんもわかってへん。今日もらったこのタイヤキはな、アンコだけじゃなくてクリームも入っとるんや。美味そうなのと美味いのが合わさった最強コラボレーションやで」


「もう、バカと極大バカが合わさった最凶コラボレーションを見せつけられる側の気持ちにもなってもらいたいです!」


ルイーネは深い深い溜息をつく。まだ幼いシャドウはまだしも、オズは50年以上もこのレベルの低いバカを続けているのだから始末に負えない。ルイーネが呆れ果てていると、オズは突然丸い缶を一つルイーネに差し出した。


「ルイーネ、茶ぁ淹れるんやったらこれ淹れてみてくれ」


「なんですか、これ」


「タイヤキと一緒に貰った。アンコにはこれが合うんやって。なんや、緑色の茶らしいで」


「へぇ、変わってますね。わかりました。淹れてきますよ」


空中を飛び交うホロたちが缶を受け取り、図書館の奥へと消えていった。カップと、皿……ナイフとフォークも必要だろうか。そう思いながらルイーネ自身もホロの後についていこうとして、ふと後ろを振り返る。

図書館の中は笑顔で溢れていた。オズはタイヤキを三匹繋げて「ドラゴンや!」と言いながらシャドウに見せつけていた。シャドウは「スッゲー!」と声をあげながら自分もタイヤキを手に取って宙を泳がせる。傍でレティタが呆れ果てながら笑っていた。


「ほんと、バカばっかりで困っちゃいます」


そう言いながら、ルイーネの顔にも思わず笑みが浮かぶ。この村に来たばかりの頃と比べると、オズは随分明るくなった。あの頃のオズは自分の強大な力のことにばかり囚われ、他人も自分も全て傷つける修羅のような眼をしていた。それが今では子供のようなバカ騒ぎばかりして、毎日笑いながら遊んでいる。


「こんな小さくて儚い生き物たちに、こうもコロッと人格変えられちゃうなんて、紅の死神さんも大したことないですね」


そう呟きながら、ルイーネはホロと共に四人分のお茶を淹れた。その時、四つのカップのうち、自分のカップの端が欠けていることに気づいた。


「あら、どこかでぶつけたんでしょうか。取り替えないと」


そう言って、代わりのカップにお茶を注いだ。独特の香ばしい香りが広がった。オズたちのところに戻ると、今度はタイヤキを頭から食べるか尻尾から食べるかという議論が始まっていた。バカもここまで極まると、溜息をつく気力すら起きない。ルイーネが無言でお茶と皿を並べると、オズが声をかけてきた。


「お、ルイーネ。おおきにおおきに。ところでお前は……」


「頭と尻尾、どっちから食べるかですか。どっちでもいいじゃないですか、もうっ」


「はぁ? 大地を揺るがす重大な問題やろが。これからこのタイヤキがウィゼートじゅうに広まって国民的菓子になったら、頭から食う派と尻尾から食う派で国が二分されて、東西タイヤキ大戦が始まるんやで」


「何を意味のわからないこと言ってるんですか! そんなくだらないことで二分されるような国はさっさと滅べばいいんです!」


ルイーネとオズが言い争っている間、シャドウがその様子をじーっと見つめていた。そして、シャドウはタイヤキを一口齧りながら、こう言った。


「ルイーネとオズって、なんかお母さんと子供みたいだよな」


シャドウは幸せそうに笑いながら二人の様子を見つめていた。お母さん。その言葉を自分の中で復唱した後、ルイーネは慌てふためいた。


「な、な、なぁ、お、お母さんってなんですか! ひどいです、シャドウさん! 私、人より長生きですけど、そこまで年じゃないですぅ!」


「え? そ、そういう意味じゃねーんだけどな。こう、ルイーネはいつも面倒見がいいってことだよ」


「ほ、ほんとにそう思ってますかぁ!?」


ルイーネが更に抗議しようとしたところ、オズが机をガツンと叩いた。


「せやせや、なんや俺が子供て! 俺はこんなに頭脳明晰でクールでスマートでパーフェクトな大人やろが! 大体、ルイーネなんていつも『私なんでもできますぅ』みたいな顔しながら一人で勝手に物事抱え込むし、全然大人やないで?」


「オズさんにだけは大人じゃないだなんて言われたくないです! 村に来たばかりの頃は、しょぼくれてお膝抱えて転がったりしてたくせに!」


「それ、いつの話や! お前かて、いっつもごめんなさいごめんなさい言うてビクビクしてたやろが!」


二人がお互いの大人になりきれない部分を列挙している最中、レティタがぼそりとシャドウに言った。


「シャドウ。一つ、ためになること教えてあげるわ」


「お、なんだ?」


「争いはね、同じレベルの相手との間にしか起こらないらしいわよ」


「そうなのか!? レティタは物知りだな! スゲー!」


ルイーネは唇を噛みしめながら震えていた。大人扱いされても子供扱いされても、オズと同レベルの扱いをされることも、なんだか無性に気に食わない。そんなルイーネに追い打ちをかけるように、シャドウは嬉しそうな顔で言うのだった。


「そうか、つまり、ルイーネとオズは似た者同士なんだな!」


抗議したくて仕方がないはずなのに、なぜか反論が一つも思いつかなかった。

結局、シャドウの言葉は8割ほど正しかったのだろう。

「怪物」と呼ばれた者同士、己にとって未知の世界で生きる者同士、罪を重ねながら罪を自覚して生きる者同士。ヒトとしては冷徹すぎるが、怪物としては優しすぎる半端者。

嫌でも共有できてしまう感情と感覚があるからこそ、今ここにこの図書館が存在する。


ルイーネとオズの差。それがあるとすれば……我の強さ。その一点なのだろう。


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