杖と魔道技師とゴーレムとコンテスト1
ダナン城砦都市と包む気候は、徐々に暑さが増してきており、初夏と呼べる季節になっていた。
外の往来を行く人々は、涼しげな格好で思い思い行き来をしている。取り出した布で汗を拭きながら歩く男性、肩にタオルを掛けたまま何かを運ぶ男、子供とつれて歩く女性に、暑さなんか気にせず走り回る子供と、様々な人が通り過ぎている。
そんな中、最近は店の経営より、自分達の発明に時間を割いていた。お金に結構余裕があったためである。
鉱山での冠水対応に100万オーロを得たナーリャ達であったが、その後当初の予定通り空飛ぶ箒を、領主の娘であるクリシュにもって行ったのだ。
その反応は、彼女らの想像を超えてものすごいものであった。ドレスのまま箒に乗り、止めようとしたペルラを振り切ってそのまま飛び上がってしまうほどである。
「すばらしい、すばらしいですわ!!」
そんな事を上空でドレスのスカートをひらひらさせながら、クリシュは声を上げていた。その後降りた後にペルラに説教をされていたが。
そして売却額であったが、これまた100万オーロをポンっと払ってくれた。これは良い物ですわ、と言って。
そんなわけで、日本円に換算すると。おおよそ一千万円ほどの資金を得て、少し猶予が出てきた一行は、店の経営より様々な開発を優先するようにしていた。
そうして何時の間にか2ヶ月ほど経過していたのである。
そして今、ナーリャとリューナは、店にある工房の中にいた。それもこれも、トールに呼び出されたためである。
「トール、こっちは大丈夫だよ」
「トールさん、こちらも完了です」
トールにお願いされ、手伝いを行っていたナーリャとリューナは、作業が完了したことをトールに伝える。
「ああ、ありがとう。助かったよ」
トールは2人に感謝を述べると、目の前にある物に視線を向ける。
それは全長2m弱ほどの大きさで、全身を黒い甲冑に覆われており、辺りに威圧感を与えながら立っていた。
「やっと、やっと完成だ……」
トールのいかにも感慨深いといった物言いに、ナーリャとリューナは呆れた様子でトールのことを眺めている。
そんな視線に気付きもせず、トールは歓喜に包まれていた。杖になってから、いや、その前からずっと憧れを持って生きてきた自作の人型のロボットが、今目の前にあるのである。正確にはゴーレムであったが。
「それでトール。これ、どうやって動かすの?」
「私も気になっていました。いつもその話しをすると、はぐらかされていましたので」
「ふっふっふ。諸君、良くぞ聞いてくれた!」
何度聞いても教えてくれなかったのに、と文句を言っているのはナーリャである。
度々機会があれが、色々と聞いていたのに、それについてはほとんどトールは答えてはくれなかったのである。トールには特に深い思慮があったわけでなく、ただ単に出し渋りである。
「まずはゴーレムのおさらいだ。基本的にゴーレムを動かすのには、2種類の方法があるよな」
「そうですね。一つ目は生き物の動作記憶を転写して、その通りに動かすものです」
以前クリシュが来たときに彼女に説明をしていたが、生き物の記憶を転写しそれを持ってゴーレムを動かす方法である。
転写用の魔法陣を刻み込む事により、そこに記憶した動作どおりに動くといった代物である。
「その通り。そしてそれは得てして、製作者の思い通りに動かない事が多い」
馬のゴーレムに、馬の意識を転写すれば動くが、それは馬そのものの動きを模写しているに他ならない。そのため結局馬に乗れる人で無ければ、扱うことは出来なかった。
「そこでもう一つ発明されたのが、動作意思伝達の魔法陣だ」
制御を模写した生き物の記憶に頼るのではなく、動作一つ一つを作業者の思い通りに動かす事が出来るのが、動作意思伝達の魔法陣である。要はリアルタイムで意思を送り、制御するシステムである。
「でもそれって、かなり難しいって聞いたことがあるよ?」
ナーリャが指摘するとおり、この魔法陣には欠陥があった。意思をリアルタイムで伝え動かすというのは、得てして困難が付きまとうのである。それは腕などを動かす時、どの筋肉を使うのか、どう収縮、膨張させるのかといった必要があるという事だ。
人間多くの動作を無意識にて行っている。そういった動作も含めて、自分で制御しなければならないのだ。
「その通り。しかし今回開発したゴーレムは違うぞ? 普段無意識で動かしている箇所はそのまま自動で動かし、その他を自分の意思で動かせるのだ!」
そんな動作は人間には不可能である。そのためトールが新たに開発したのは、そういったものであった。
この開発の裏にはもちろん《知識の泉》の力を使っている。この目次の無い辞書のような知識の塊を、トールは朝晩問わずゴーレムの動作を完成させるべく調べていた。
一個一個単語を問いかけ、反応があったものはメモをとる。一つ一つ調べ上げ、遂には新たなゴーレム制御を完成させていた。
「現在の意識を転写する魔法陣は、ほぼ完成されている。完成されすぎている。全てを移してしまうから問題なんだ。だから動かすのに必要な部分だけ、移すようにすればいい」
「……いうのは簡単ですが、問題はどうやってそれをするかという事です。あの魔法陣は、正直何処がどうなっているか不明瞭なのですが」
リューナが言うには、それこそ学院で長い間研究がされている分野である。実はこの魔法陣、出所が知れない。あるとき急に広まったのだという。
おかげで物流なんかはこれで大きく改善されたが、その後が続かなかった。魔法陣の何処がどうやって作用されているのかが、不明だったのだ。
「だからそこを解明して、今回の開発に取り入れたんじゃないか。苦労したんだぞ? 日夜《知識の泉》との格闘だ」
その言葉を聞いて、リューナは久々にめまいを覚えた。大分慣れてきてはいたが、それでもこの知識の杖の非常識さは健在であった。
「ちなみに一応、紙に纏めてはあるぞ。読むか?」
「……後ほどお願いします」
もうこの杖に突っ込む事が無駄だと思い、リューナは素直にその申し出を受けることにした。知識欲に負けたとも言う。
「それで、どうするトール?」
横で聞いていたナーリャは、トールに問いかける。
実はナーリャ、このゴーレムが動いているところを早く見たいという欲求があった。動作原理については後でトールを問いただせばいいのだと。結構酷い話である。
「取り合えず、動作実験をしてみようと思う。既に必要な分の動作意識は転写済みだ。後は俺が直接意志を送れば、こいつは動くはずだ」
そういってトールは、黒い甲冑に覆われたゴーレムの背を開く。そこにはちょうど1本の杖が入り込むスペースが設けられていた。
「トールさんが中に入るのですか? どうしてわざわざ?」
「気分だ!」
トールのロボットに乗ってみたいという欲求である。如何せん全長数十メートルのロボットといったものは、資材不足に加えて強度計算、保管場所などが不足している。
そういった訳で、今回の人間大の大きさのゴーレムとなったわけである。
「内臓機能については追々ということで、早速動かしてみるか」
呆れた顔で見つめるリューナと、いかにもワクワクとした顔で見ているナーリャの2人に見つめられながら、トールはゴーレムの背から中に入る。
そのスペースは、ちょうどトールを固定するのにぴったりでスムーズに固定を終える。
「さてと」
トールは宝玉部の目の前にある魔法陣へと、意識を集中させる。
すると、トールの意識は一瞬何かに掴まれた感覚となり、その後視界が今までと異なったものになる。そう、まるで兜を被っているような視界だ。
「よし、視覚の接続は完了。あとは各部の動作だが」
トールは自分の右腕を上げるように意識をする。すると、今まで止まっていたゴーレムの右腕が上がった。
「タイムラグはほとんどなし、っと。ナーリャ、すまないが固定を外してくれないか?」
今までゴーレムが倒れないよう、台に固定をしていた。トールはそれを外すようナーリャにお願いする。
要請を受けたナーリャは、台の裏手に回ると固定していた器具を一つ一つ外していく。
全ての固定が外され、自由になったゴーレムはその場で飛び跳ねたり、腕をぐるぐると回したりしている。
「どう? トール」
「いい感じだな。思い通り動く。ちょっと甲冑が動きの阻害いなるが、まあ誤差だな」
黒い甲冑の大男風なゴーレムは動きを止めると、そのまま膝と床に付け片膝立ちの体制をとる。そしてトールはゴーレムへ移していた意識を戻すと、そのまま背中から這い出てきた。見る者によるがかなり怖い光景である。
「もう終わり?」
「まずは、動作確認だけだからな」
「トールさんのことですから、そのまま外に出て、はしゃぐかと思ったのですけどね」
「そ、そんな事ないぞ」
そんな事をちょっと考えていたトールである。実際そのまま外に出てしまおうかと思ったが、ゴーレムに搭載されている、魔力貯蔵槽が空なのを思い出したため留まっただけであった。今まではトールの魔力を使って動いていたのである。
「そうでしたか。私はすっかりトールさんが、魔力貯蔵が空なのを思い出して踏みとどまったのかとばかり」
正解である。
以前ナーリャとリューナが、カルンとイオンと一緒に食事に行った時、帰って来るとトールが魔力切れで床に落ちていた事があった。
これは調子にのったトールが、ゴーレム作成で魔力を使い切ったせいだったのだが、当時いきなり動かなくなっているトールを見て、2人はかなり心配をした。
そういったこともあって、今でもリューナにチクチクと言われているトールであった。




