杖と魔道技師とゴーレムとコンテスト60
先ほどの話に対して、特に疑問を持っていないナーリャは、純粋に嬉しそうにしている。
「それじゃあ、これから王都をもう一度見て回りたいと思うのですけど、いいですか?」
「ええ、もちろんです。ナーリャ殿にはここに来てから、狭苦しい思いをされていたでしょうから。思いで作りにもなるかと思いますので、行ってこられるといいかと。カルン殿とイオン殿の看護は、我々にお任せください」
「だって! じゃあ王都を見に行かない?」
ナーリャは王都へと繰り出す許可をもらうと、笑顔でリューナとトールへと提案をする。
それに対して、リューナはやれやれといった表情をナーリャに返す。
「仕方ありませんね」
「やった! それじゃあ、もう少ししたら出発しよっか」
ナーリャは飛び跳ねんばかりの勢いで喜んでいる。その様子を見ていると、トールは自分も嬉しく感じるのだった。
「楽しんできてくださいね。では、私たちはこれにて失礼いたします」
クリシュはそう言い一礼すると、ペルラを連れて部屋を出ていった。
残ったのは嬉しそうにしているナーリャと、ナーリャの浮かれ具合にため息をつきながらも少し嬉しそうなリューナ、そして相変わらずふよふよと浮かんでいるトールである。
「それじゃあ準備しないとね。カバンは空間拡張の魔法がかかったやつは問題あるかもだから、普通のにして……」
「浮かれるのはいいのですが、ナーリャさん。その前にお話しがあります」
うきうきといった様相で準備に取り掛かろうとしたナーリャを、リューナは止めるために声をかける。
「なに? リューナちゃん」
「先ほどペルラさんが仰っていたお話についてです。少しナーリャさんにも、お伝えした方がいい事があります」
ナーリャはリューナの言葉を聞いて、頭にはてなマークを浮かべている。彼女には思いつくことが無いようであった。
「さっきの話って、一応の犯人は捕まって、とりあえずわたし達、というよりわたしが狙われることが無くなったから、王都へ観光しに行ってもいいんだよね?」
「ええ、表向きの話はそうです。ですが、色々と面倒ごともありますので、そのことを話しておきたいと思います」
リューナは先ほどペルラが話をしたことについて、自分の考えを話す。
まず、黒幕と思われるレステ侯爵家への対応だ。これはダナン家が明確に自分たちを保護対象とするという事で、レステ家は害を加えるのが難しくなった。そしてそれはダナン家に自分たちが取り込まれている、という事にもなる。
つまりは、保護を得る代わりに、何かしらの代償を支払わなければならない可能性があるという事だ。
「簡単に行ってしまえば、ダナン家からの依頼はよほどのことが無い限り、断れなくなってしまった、という事ですね。保護されているのにそれに報いないのはまずい、といった感じでしょうか」
「相手が勝手に保護すると言ってきているんだから、別にこちらが気にする必要はない、とはいかないからな。このあたりはクリシュ様が関係してそうだしな」
トールがペルラにそういう事になったのかと探りを入れたとき、クリシュは最初驚いていた。そして話を聞くにつれて、納得した様子になっていったのである。
これは、そうなった事を最初は知らなかったが、自身の中で昇華し納得できる事柄があったためと思っていた。つまりは自分で出した命だったとかである。
「なんでわざわざ俺たちに知らせるまで、クリシュ様に伝えていなかったのかは知らないがな。まあ、向こうにも色々とあるんだろうけど」
リューナとトールの話を聞いたナーリャは、真剣な顔つきになっていた。おそらくは自分の頭の中で、今の話をかみ砕いて理解しようとしているのだろう。
「つまりは、守ってもらってるから、それなりに返さなきゃならないってことと、今回保護してくれるっているのは、クリシュ様が何かしら動いてくれたってことかな?」
「そういう事だと思います。まあ、あまり無理難題を吹っ掛けられるといったことは無いとは思います。ですが、私達の当初の予定ですと、貴族様方には極力かかわらない方針でしたが、どうしてこうなったのかと……」
リューナはため息をついた後、トールの方をにらみつける。
大体において、トールが諸悪の根源であるからである。トールの≪知識の泉≫の能力は限定的であるとはいえ、英知をもたらすものである。それを秘密とし、外部に悟らせないように今まで行動してきたとリューナは自負している。
しかし当のトール自身が、結構な割合でボロを出しているのである。
空間拡張と重量軽減、この二つの技術は一応ナーリャとリューナが開発したとしているが、少し調べればトールがやって来たことと関連づけるだろう。そしてトールのゴーレムもある。
あれは見るものが見れば、あっさりとその有用性に気が付く。実際王子もほしいと言っていたからして、リューナとしては頭が痛いところである。
「まったくもってそうだよな。どうしてこうなったのか」
そして当のトール自身がこの態度である。
リューナはもう一度大きなため息をついて、無言でトールの柄を握る。
「うえ!? ちょ、ちょっとリューナさん?」
トールはいきなり掴まれたことに動揺し、変な声を上げるが、柄を握ったリューナはそんな事はお構いなしにそのままトールを振りかぶると、勢いよく振り回し始めた。
「あなたが! 自分で! 色々と! 面倒ごとを引き起こしているからでしょう!! 何を! 他人事のように! 言っているんですか!!」
リューナは一振りごとに叫びながらトールを振り回す。
実際のところ、トールがやらかしているのを気が付けない自分も悪いとはリューナも思っているのだ。空間拡張にしかり、重量軽減にしかり。それらの技術は革新的であり、社会への影響がどれだけのものか、自分が理解できていなかったのも原因だと。
だが、トールがあっけらかんとした、他人事のような態度に対して思わずプッツンとしてしまったのである。これだけ自分は悩んでいるのに、と。八つ当たりであることは自覚しているが、どうにも我慢できなかったのだ。
勢いよく振り回されるトールは、その体をフニャフニャとさせながら、されるがままとなっている。そしていきなりプッツンしたリューナを驚いて呆然と見ていたナーリャは、トールが吐くと騒ぎ始めたのを聞いて、ようやく意識を戻すとリューナを止めようとする。
「リュ、リューナちゃん、落ち着いて!」
「止めないで下さい、ナーリャさん! この駄杖は一回体で分からせないといけないんです!」
「たす、たすけ、たすけ……」
リューナがキレてトールを振り回し、そんなリューナを止めようとおろおろとしながら静止の声をかけるナーリャ。そして体である柄がフニャフニャになってと助けを求める声を出す杖、トール。
このある意味奇怪な光景は、屋敷の女中がお茶を持ってくるまで続いていたのであった。
女中のお茶の差し入れによってようやく騒動が終えると、そのお茶を飲みながら王都見学の準備をしていく。ナーリャとリューナは二人でどこへ行こうかと話しをし、トールは先ほど振り回されたのがまだ効いているのか、nのような形で宝玉部を垂れ下げて部屋の隅っこにいた。
「トールさん、いい加減機嫌を直してください。私もやりすぎましたと反省していますから」
「トール、大丈夫?」
そんなトールを一旦は放っておいた二人であったが、さすがに長時間あの体勢で部屋の隅っこにいられると気になり、トールに話しかける。
「いや、別に気を悪くしているわけじゃなくてだな、ちょっと酔ったというか、気持ち悪いというか……」
うぇ、と唸りながらトールはナーリャとリューナへ返事をする。今までも振られることはあったが、それにもまして酔いがひどく感じていた。
「正直なところ、これだと武器としてトールさんを使うのは無理ですね。……やってしまった自分がいうのもなんですが」
「そうだね。王都を見て回るときに新しい杖を買おっかなぁ」
少し居た堪れない気持ちになったリューナは、トールの背中、柄の部分をなでて介抱する。
暫くの間撫で続けていたのが功を奏したのか、トールは気持ち悪さから解放されていった。
「……ふぅ、すまない。もう大丈夫そうだ」
何とか体調を元に戻すと、トールは体をまっすぐに伸ばし、床から浮かび上がる。
「元に戻ったようですね。体調のは方は」
「ああ。にしても、以前はもうちょっと大丈夫だったんだが、これも契約のせいか?」
「わからないけど、そうかも。ちょっとずつ変化していっているのかも。……一応、気を付けて」
「わかってるさ。自分の事だからな」
トールは体を動かす感覚で、少し飛び回る。確かに以前と比べると、若干体感の違いがある気がしていた。
「それはそうと、王都へと観光はどうしますか?」
リューナは話を切り替えると、王都観光を切り出す。彼女としても、もう一度王都は見ておきたいという意思は持っていた。
それに対して、ナーリャは笑顔で返す。
「もちろん、行くよ。準備はばっちりだし、これから行こっか」
「そうだな。まあ、護衛はたぶん大丈夫だろ。いざという時は俺もいるし」
トール達3人はそのまま部屋の外へと出ていく。
まずはアトラに挨拶をして外出の許可をもらい、その後外へと出かけていく。
「まずは何見よっか?」
「せっかくですし、こちらの生地を見てみたいですね。ローブも新調したいですし」
「ナーリャが着ているような緑色の奴だな。俺としては、鉱石と金属がどんなもんがあるのか、気になるけどな」
「わたしも、もうちょっと魔道具を見てみたいし、杖も気になるなぁ」
2人と1本はそれぞれ見たいものを話し合いながら、屋敷の外へと向かっていく。
空高く、青い空には鳥が飛び交っており、穏やかな温かい風が吹いているのを、トールは感じ取っていた。
これにて「杖と魔導技師とゴーレムとコンテスト」編は終了です。
この後は、幕間を挟んで「杖と魔導技師と少女と魔物」編となります。
また、同時に投稿した次話に舞台となっているクリーオス王国西部地方の地図と、簡単な解説を乗せています。
興味あれば、そちらもご覧ください。




